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【16:グレン・ダドリーの告白】

 リディル王国第一王子、ライオネル・ブレム・エドゥアルト・リディルは、その日の公務を終えると、ルイスへの手土産である酒瓶を片手に、魔法兵団詰所を訪れた。

 今日は七賢人の選考会が行われたと聞く。結果はまだ出ていないが、きっと優秀なあの友人なら、良い結果を残したに違いない。手土産の酒はいわゆる前祝いというやつだ。

 ロザリーの怪我が完治していないのに、派手に祝いをするのは不謹慎かもしれないが……酒の一杯を飲み交わすぐらいなら、ロザリーもきっと許してくれるだろう。

 ライオネルは、ルイスが七賢人になるために血の滲むような努力をしてきたことを知っている。だからこそ、友人としてルイスを労ってやりたかったのだ。

 慣れた足取りで階段を上ったライオネルは、執務室から明かりが漏れていることに気がついた。やはり、ルイスはまだ執務室にいるらしい。

「夜分遅くにすまない。失礼する」

 一声かけて扉を開けると、執務室では友人のルイスと、その弟子である少年が無言で睨み合っていた。師弟喧嘩だろうか?

 ライオネルは毛虫のように太い眉をひそめて、遠慮がちに声をかける。

「あー……突然の訪問、誠に申し訳ない。取り込み中か?」

 ルイスは目線だけを動かしてライオネルを見ると、低い声で言った。

「取り込み中ですが、引き返さなくて結構。寧ろ、貴方には証人になっていただきたい」

「……む? どういうことだ?」

 ライオネルはルイスとグレンを交互に見る。

 ルイスは静かに怒りのオーラを撒き散らしていて、一方グレンは青ざめた顔で俯き、何も言わない。

「ライオネル殿下、貴方は以前、ロザリーの記憶喪失は魔術によるものではないかと仰いましたね?」

「う、うむ」

「ロザリーの記憶をどうこうしたところで、メリットのある人間などいないからと、私はその可能性を排除していました」

 あえて言うなら、ロザリーが記憶を失ったことでメリットがあった人間は、ロザリーを自宅に招くことができたルイスぐらいのものである。

 だからこそ、ルイスはその可能性を視野に入れていなかった。

「ですが、動機はさておき、誰ならそれが可能か……という点を考えてみたのですよ。精神関与系の魔術は準危険魔術。誰にでも使えるものではありません」

 準危険魔術の使用には魔術師協会の許可と立ち合い人がいる。無断使用は魔術師資格の永久剥奪なんてこともあり得るのだ。だからこそ率先して習得しようとする者は、さほど多くない。使い手は国内でもほんの一握り程度だろう。

 ルイスはライオネルとグレンを交互に見ると、懐から二つ折りにした紙を取り出し、ニコリと微笑んだ。

「ところで私、こう見えても勉強家でして……国内で魔術書を所有している図書館は一通り網羅しているのですよ。無論、その蔵書も」

 グレンの肩がピクリと震える。

 ルイスは獲物を前にした猫のような目でグレンを見つめ、二つ折りにした紙を開いた。

「ここ数日、図書館を渡り歩き、精神関与系魔術書の貸し出し記録を片っ端から調べました。そうしたら、興味深いことが分かったのですよ」

 ルイスが広げた紙に記されているのは図書館名、魔術書名、それと日付だ。

「王立図書館の精神関与魔術に関する書物……その閲覧記録に、お前の名前があるのですよ。グレン・ダドリー」

 閲覧記録に記載されている日付は、ロザリーが転落した日の三日前だ。三日あれば、腕の良い魔術師ならば、本の知識を元に術を再現することはできるだろう。

 ライオネルは生真面目に挙手をして口を挟んだ。

「待ってくれ、ルイス。私も魔術を少しかじったから分かる。精神関与魔術は大量の魔力と繊細な技術がいる、上級魔術だ。こういう言い方は失礼だが……お前の弟子が、三日で習得できるものではなかろう」

「仰る通り、うちの馬鹿弟子は魔力こそ有り余っているものの、制御に関しては初級魔術師以下。完璧に使いこなせる訳がありません……だが、この馬鹿弟子は不完全な部分を膨大な魔力でゴリ押して、発動してしまった」

 グレンの顔はもはや青を通り過ぎて、真っ白になっていた。頬には冷や汗が浮かび、体の横で握られた拳が小刻みに震えている。

 そんなグレンに向けられるルイスの眼差しは、侮蔑に満ちていた。

「お前が封印したかったのは、特定の出来事に関する記憶だったのでしょう? 本来は、ほんの数分程度の記憶を消すつもりだった……が、未熟なお前は不完全な術でロザリーの記憶全てを封印してしまった」

 もし、グレンが初級魔術師程度の魔力しか持ち合わせていなかったら、そもそも術は発動しなかっただろう。だが、グレンの持つ膨大な魔力がそれを可能にしてしまった……術者も想定しなかった形で。

「ロザリーが医務室に運び込まれてから、私が駆けつけるまで、それなりに時間がありましたからねぇ。魔法兵団の人間なら、誰でも医務室に出入りできる。お前は医務室の人間の目を盗んで中に忍び込み、ロザリーの記憶を封印したのでしょう。違いますか?」

 グレンはやはり何も言わない。

 ルイスは一片の慈悲も無い目で弟子を一瞥し、その喉に杖の先端を突きつけた。

「弁明があるなら言ってごらんなさい、グレン・ダドリー。沈黙は肯定とみなします」

「…………」

 グレンは泣きそうに顔をグシャリと歪めたが、やはり一言も喋らなかった。

 やはり、グレン・ダドリーは独断で精神関与魔術を使い、ロザリー・ヴェルデの記憶を封印した……それが、真実なのだ。

「ロザリーにかけた術を解除なさい」

「……い、嫌っす。ダメっす」

 グレンはぶるぶると震えながら、首を横に振る。

 頑なな弟子の態度に、ルイスの目がギラギラと底光りする。学生時代から付き合いのあるライオネルは、ルイスが爆発寸前であることを悟り、ルイスの肩に手を乗せた。

「ルイスよ、少し落ち着け。グレン・ダドリーの言い分も聞くべきだ」

「いいえ、この馬鹿弟子を締めあげて、一刻も早く術を解除させるべきです。グレン、お前は自分が何をしたか分かっているのですか? 精神関与魔術は人間の精神に重篤な後遺症を残すこともあるのです。一歩間違えれば、ロザリーは廃人になっていたのですよ」

 グレンは鞭で打たれたかのように、ビクリと体を竦ませた。大柄な体を縮めて震わせ、大きな目には涙を浮かべて。

 その姿は、とても悪意があってロザリーの記憶を封印したようには見えない。

 ライオネルはグレンに向けられていたルイスの杖を下ろさせると、グレンと正面から向かい合い、訊ねた。

「グレン・ダドリーよ。お前は、誰を庇っているのだ?」

「……!」

 グレンはハッと目を見開いてライオネルを見る。その目からボロボロと涙がこぼれ落ちるのを見て、ライオネルは確信した。

 この少年は誰かを庇うために、ロザリーの記憶を封印したのだ。

「事と次第によっては、情状酌量の余地があるやもしれん。どうか、正直に話してはくれまいか」

 そこで言葉を切り、ライオネルはグレンに深々と頭を下げる。

「これは、リディル王国第一王子としての言葉ではない。ルイス・ミラーの友人としての頼みだ。ルイスの大事な婚約者の記憶を……元に戻してほしい」

 王族に頭を下げられたグレンは、酷く混乱した様子だったが、やがてブンブンと頭を横に振ると、悲痛な声で叫んだ。

「嘘っす! だって、だって……師匠は、ロザリーさんのこと、全然大切にしてないっす!」

 ライオネルの背後で、ルイスが殺気立つ。魔力が底をついていなければ、大型魔術の一つや二つはぶっ放していただろう。

 ライオネルは殺気を撒き散らしているルイスを背中で隠し、グレンを興奮させぬよう穏やかな声で訊ねた。

「グレン・ダドリーよ。どうして、そんなことが言い切れるのだ。ルイスは確かにロザリーのことを……」

「だって!! だって、オレ、聞いちゃったんす! 師匠が……師匠がぁ……」

 グレンは鼻を啜りながら、みっともなくしゃくりあげる。

 ルイスは殺気を引っ込めて、溜息を吐いた。


「……話しなさい、グレン。お前は何を聞いたのです?」



 * * *



 グレンは魔法兵団の人間ではないがルイスの弟子なので、特別に魔法兵団の団員達に訓練をつけてもらっている。そのことに感謝しているグレンは、空いている時間があれば、率先して魔法兵団の雑用を手伝うことにしていた。

 その日も、何か手伝えることはないかと廊下をウロウロしていたグレンは、木箱を抱えて歩いている軍医ロザリー・ヴェルデを発見した。

 ロザリーは基本的に騎士団の詰め所内にある医務室に勤めているのだが、魔法兵団の方で怪我人が出た時はこちらに出張してくる。

 魔法兵団の訓練は団長ルイス・ミラーがとにかく鬼のように厳しいので、騎士団以上に怪我人がでることも珍しくなかった。

 グレンもまた、魔術の暴走で怪我をしてはロザリーの世話になっており、ロザリーのことを命の恩人のように思っている。

「ロザリーさん、こんにちは! その荷物、騎士団に持っていくんすか?」

「えぇ、騎士団の医務室まで」

「オレ、持つっす!」

 ロザリーは「悪いわ」と遠慮したが、グレンはロザリーの手からヒョイと木箱を取り上げた。木箱はそこそこに重くて、中からはカチャカチャと硝子瓶のぶつかる音がする。

「重っ! ていうか、これって中は薬瓶?」

「えぇ、そうよ。だから、慎重にお願い」

「了解っす!」

 グレンが両手に力を込めて慎重に歩き出すと、ロザリーは小さく笑ってグレンの隣を歩き出す。

「正直助かったわ。あんまり重いものだから、指が痺れてたの」

「そういう時は、いつでも言ってくださいっす! オレ、体力には自信あるんで!」

 快活に笑うグレンに、ロザリーは「ありがとう」と言って小さく微笑んだ。

 初めてロザリーに治療してもらった時、グレンは魔術を暴走させたことをロザリーに厳しく叱られたので、怖そうな人だと勝手に思い込み、苦手意識を持っていた。

 だが、何回も医務室に運び込まれ、言葉を交わす内に、少しずつ打ち解けてきたように思う。

 ロザリーは厳しいことも言うが、それはグレンの身を案じてのことだ。いつも小言を言いながら、それでも丁寧に手当てをしてくれる。

 世間話をすれば、淡々とだけど言葉を返してくれるし、たまに小さく微笑んでくれると素直に嬉しい。

「医務室に着いたら、お礼にお菓子をあげるわ。友人から美味しい焼き菓子を貰ったの」

「やったぁ!」

「他の人には内緒よ」

「勿論っす!」

 弾む声で頷きながら、グレンは軽やかな足取りで廊下を歩く。

 だが、その足は、廊下の奥から聞こえる声にピタリと止まった。


「〈治水の魔術師〉殿の御令嬢と婚約されたそうで。おめでとうございます。ルイス・ミラー殿」

「えぇ、ありがとうございます」


 先に聞こえた中年男性の声はグレンの知らない声だ。だが、それに応じる声は聞き間違える筈もない。

 グレンの師匠ルイス・ミラーの声だ。

 グレンが足を止めると、隣を歩くロザリーもまた、同様に足を止める。その顔はいつになく強張っていた。

 ルイスはロザリーに対して丁重な態度を見せているが、ロザリーが婚約を良く思っていないのは誰の目にも明らかだ。

 ロザリーはいつだって、ルイスのことを「ミラー団長」としか呼ばなかったし、ルイスが世間話を振っても「ミラー団長、今は職務中ですので」と素っ気なく会話を打ち切ってしまう。

 この婚約はルイスが次期七賢人になるべく仕掛けたもの……というのが、もっぱらの噂だった。

 なお、婚約を知ったグレンが「師匠、結婚なんてできるんすか?」とうっかり口走り、ルイスに窓から叩き落とされた……という心温まらないエピソードもあるのだが、それは日常茶飯事なので割愛する。


「これで、あなたの地位は安泰ですなぁ。はっはっは。いずれは、七賢人の座も間違いないでしょう」


 廊下の奥から聞こえる声に、グレンは狼狽えた。

 これは、ロザリーに聞かせてはいけない会話だ。そう察したグレンは方向転換して、別の階段から移動しようとした……が、ロザリーはその場に立ち尽くしたまま動かない。


「しかし、あなたも大変ですなぁ。そのために、あんな愛想の無い娘と婚約だなんて」


 その言葉に、グレンはカチンときた。

(ロザリーさんは確かに愛想悪そうに見えるけど、本当は優しいんだぞ!)

 声に出さずに叫びつつ、グレンは師匠に念を送った。

(相手がどこのどいつか知らないけど、師匠、ガツンと言っちゃえ!)

 きっとルイスなら、相手が涙目になるぐらい辛辣な毒舌で言い返してくれる。そうグレンは信じていた。

 ……それなのに。


「彼女が〈治水の魔術師〉の娘でなければ、わざわざ婚約なんてしませんよ」


 その一言に、グレンは絶句した。

 目だけを動かしてロザリーを見れば、ロザリーは俯き小さく震えていたが、すぐさま来た道を早足で引き返す。グレンは慌ててその後を追いかけた。

「あ、あのっ、ロザリーさんっ、あの…………えっと……」

 そのまましばし歩いたところで、ロザリーは足を止めた。グレンが恐る恐るロザリーの顔を覗きこめば、ロザリーの目からポロリと小さな雫がこぼれ落ちる。

 ロザリーはそれをサッと白衣の袖で拭い、グレンに苦笑を向けた。

「……心配させてごめんなさい、大丈夫よ」

「ロザリーさん……」

 途方に暮れたような顔をするグレンに、ロザリーは「大丈夫」と静かな声で繰り返す。

「……自分がどう思われてるかなんて、分かっているわ」

「オレ、七賢人の娘とか、そういうの関係なしで、ロザリーさん好きっすよ。優しいし、親切だし……それに……」

 不器用に慰めようとするグレンに、ロザリーはグレンの頭を軽く撫でて「ありがとう」と囁き、微笑んだ。



 * * *



「ロザリーさんは自分が愛されてないのを分かってて、婚約を受け入れてたんっす……だから、オレ、あの時の出来事だけでも忘れさせてあげたくて……」

 そうして、グレンはその日の内に図書館に駆け込み、記憶を封印するための魔術について調べだした。だが、調べてすぐにそんな高度な術が使えるようになるなら苦労は無い。

 なにより、勝手に他人の記憶を弄るなんて良くないことだと、グレンは葛藤していた。

 そんな中、起こったのがロザリーの転落事件である。

「師匠がっ、あんな酷いこと言ったから、ロザリーさん、飛び降り自殺しちゃったんだって、思って……」

 医務室に駆けつけたグレンは、ロザリーが一命をとりとめたことに安堵すると同時に、こう考えた。

 このままでは、目を覚ましたロザリーはきっとまた、自ら命を絶とうとしてしまうに違いない。それならば……

「それならばと、お前はロザリーの記憶を封印したのだな」

 ライオネルの言葉に、グレンは泣きじゃくりながら、ぶんぶんと頷いた。

「あの時の出来事を思い出したら、きっと、ロザリーさん、ショックでまた、自殺しちゃうと思ってぇぇぇ……うっ、うぇぇぇぇっ……ひぐぅっ……」

 ルイスは片手で顔を覆ってうなだれている。そんな友人を、ライオネルは泣く子も黙るような迫力で睨みつけた。

「ルイスよ、何か言うことはあるか」

「反省してますごめんなさい」

「謝る相手が違うっ! お前が謝るべき相手はロザリーだ!」

「返す言葉もありません……」

 つまり、グレンが庇っていた相手とは、他でもないルイスのことだったのだ。

 ロザリーの記憶を封印した理由を話したらルイスが悪者になってしまうから、だからこの少年は葛藤し、誰にも相談できぬまま一人で抱え込んでいた。

「オレ、師匠にもロザリーさんにも幸せになってほしいのに……師匠が、師匠があんな酷いこと言って、ロザリーさん泣かせるなんて……うっ、うぇぇぇぇん、師匠のひとでなし! 酷いっす! ロザリーさんが可哀想すぎるっすーーーーー!!」

 わんわんと号泣するグレンと、険しい顔をしているライオネル。そんな二人に、ルイスは降参とばかりに両手を上げた。

「認めます。えぇ、認めますとも。全面的に私が悪かったです」

「師匠の馬鹿ぁっ! ロザリーさんと婚約しなくても、師匠なら実力で七賢人になれるじゃないっすか、それなのに、どうして……」

「順番が逆です」

 ルイスの一言に、グレンは泣きはらして赤くなった目を丸くする。

 ルイスは深々と溜息を吐くと、暗い目をしてボソリと呟いた。

「ロザリーと結婚したいから、七賢人になりたいんですよ、私は」

「……へ? ……え?」

 言葉の意味を理解できず、パチパチと瞬きを繰り返すグレンに、ルイスはしばし言い淀んでいた。だが、このままでは埒があかないと判断したのだろう。ルイスは渋い顔で言葉を続ける。

「『七賢人になるぐらいの実力者でなければ、ロザリーとの婚約は認めん』と、ロザリーのお父上……〈治水の魔術師〉殿に言われてるんですよ、私は」

 グレンはパクパクと口を開閉させていたが、師匠が大真面目な顔をしているのを見て、恐る恐る訊ねた。

「師匠はロザリーさんのこと、愛してないんっすよね?」

「愛してると何回言わせるんですか。どいつもこいつも」

 ぼそりと付け加えられた一言は怒りに満ちた低音だった。しかし、まだグレンはルイスの言葉が信じられないらしい。

「でも、師匠言ったじゃないすか! 『彼女が〈治水の魔術師〉の娘でなければ、わざわざ婚約なんてしませんよ』って!」

「えぇ、そうですね。〈治水の魔術師〉の娘でなけりゃ、婚約なんてまどろっこしい行程かっ飛ばして、さっさと嫁にしてます」

 唖然とした顔をしているグレンに、ライオネルが腕組みをしながら言う。

「ルイスの言っていることは本当だ。こいつは学生時代からロザリーに惚れていた。ライオネル・ブレム・エドゥアルト・リディルの名に誓ってもいい」

 グレンはしばし呆けたように黙り込んでいた。だが、唐突に何かを思い出したように顔を上げると「やっぱダメっすよ!」と早口で言い募る。

「師匠っ、ロザリーさんは好きな人がいるんっすよ! 師匠の横恋慕っす!」

「そういえば、さっきもそんなことを言っていましたねぇ……で、ロザリーの好きな人というのは、どこの馬の骨ですか? お前というオチだったら……分かってますね?」

 二度とロザリーの前に出られないような体にしてやる……と物騒なことを呟くルイスに、グレンは少しばかり気まずそうな顔でボソボソと答えた。


「……オレじゃなくて……〈ミネルヴァの悪童〉って人っす」


 ルイスとライオネルは、なんとも言い難い顔で黙り込む。

 グレンはしかめっ面で言葉を続けた。

「なんか、すっごいやばい不良だってのは、オレも噂で聞いたんすけど……ロザリーさんは、その人に会いたいって言ってて……」

 グレンの言葉に、ルイスは両手で顔を覆って項垂れた。そんなルイスの肩を、ライオネルが神妙な顔でポンと叩く。

「……ルイスよ」

「……何も言わないでください」

 ルイスとライオネルの奇妙な反応に、グレンは泣きじゃくっていたことも忘れて、首を捻る。

「師匠は知ってるんすか? 〈ミネルヴァの悪童〉って人のこと」

 両手で顔を覆っていたルイスは、いよいよその場にしゃがみ込み、死にそうな声で呻いた。

「……知っているも何も…………」

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