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【15:ロザリー・ヴェルデの決別】

 ルイスはふらふらとした足取りで、魔法兵団詰め所の最上階にある執務室に入る。

 いつもなら飛行魔術で窓から不法侵入をするところだが、今の彼にはそれだけの魔力が残されていなかった。

 幸い、今は執務室に人の姿は無い。燭台の蝋燭に火をつけるため、ルイスはマッチを探す。この程度の火は魔術でつけるのが癖になっていて、マッチなんて随分と使っていなかった。

 苦労して見つけたマッチを擦って燭台に火を灯すと、ルイスは自身の椅子に深々と腰掛ける。そうして背もたれに背中を預けて片眼鏡を外し、目頭を揉んだ。

 長々と吐き出された溜息は疲労の色が濃く、重い。

 ふと、扉がノックもなしに開かれた。どこの礼儀知らずかと思いきや、ドアノブを握りしめて気まずそうな顔をしているのは、彼の弟子のグレンだ。

「……師匠、選抜はどうだったんすか?」

「魔法戦で〈沈黙の魔女〉に惨敗しました」

「へぁっ!?」

 グレンはギョッとしたように目を見開き、口をパクパクさせる。

 ルイスより優秀な魔術師は幾らでもいるが、こと魔法戦において、ルイスに匹敵する者はそう多くない。なにせ、現役魔法兵団団長なのだ。

 ……そうルイスは驕っていた。

「で、でも、魔法戦の結果が、全てなわけじゃないんすよね?」

「七賢人の選抜結果が出るのは明日ですけどね……あれだけの才能を見せつけられたら、選択の余地はありませんよ。〈沈黙の魔女〉は野放しにしておくべきではない。あれは、七賢人になるべき人間だ」

 単純に戦闘経験や魔力量だけで言えば、ルイスの方が上だ。

 それでも〈沈黙の魔女〉は魔術師としての才能が違う。

「……あれが、魔法戦でなければ、いくらでもやりようがあったのに」

「魔法戦でなければ、って……?」

 魔法戦と実戦の違いが今ひとつ分かっていないグレンに、ルイスは不機嫌さを隠そうとせず吐き捨てた。

「実戦では物理攻撃ができるのですよ。ちまちまと魔術使って攻撃せずとも、目眩しして距離詰めて、あの小娘を殴り倒せば私の勝ちです」

「師匠、それ魔術師の発想じゃないっす」

 思わず半眼になるグレンに、ルイスは肩を竦めた。

「グレン、魔術を絶対的なものだと勘違いしてはいけませんよ。魔術はあくまで、目的を達成するための手段の一つにすぎません」

 とても聞こえの良い言葉だが、言い換えれば「勝つためなら魔術で倒そうが、殴って倒そうが同じこと」と言っているも同然である。

 師匠の暴論にグレンは様々な葛藤を飲み込んだような顔をした。そして、硬い声でルイスに疑問を投げかける。

「師匠は七賢人になるのを、諦めるんすか?」

「まさか。諦めるわけないでしょう」

 即答し、ルイスは片眼鏡をかけ直す。

「現役七賢人の中で一番弱そうなのを襲撃して、無理矢理七賢人の座を空けるか、〈沈黙の魔女〉モニカ・エヴァレットを脅して辞退させるか、今考えているところですよ」

「……じょ、冗談っすよね?」

「そうですよ、面白いでしょう?」

 ルイスは唇に酷薄な笑みを浮かべた。だが、その目が笑っていないことに気づいたグレンは、ゴクリと唾を飲む。

「……師匠は、どうしてそこまでして七賢人になりたいんすか」

「それは、お前の知る必要はないことです」

 グレンの問いを一言で切り捨て、ルイスは顎をしゃくってドアを示した。

 話が済んだのなら部屋を出て行け。そう態度で露骨に示せば、グレンは引き下がるどころか、真っ直ぐにルイスを睨んで、更に踏み込んだことを口にする。

「……じゃあ、ロザリーさんとの婚約は……どうなるんスか?」

 ルイスは緩慢な動きで立ち上がると、壁に立てかけた杖を手に取り、グレンに歩み寄る。

「どうなる、とは?」

「婚約、続けるつもりなんすか」

 師に立てつくとは、生意気な。

 ルイスはフンと鼻を鳴らした。

「続けない理由がないでしょう?」

「でも、ロザリーさんには、他に好きな人が……っ」

 グレンは最後まで言い終えることなく、言葉を飲み込む。その喉元にルイスが杖の先端を突きつけたからだ。

「他に好きな人? …………それが自分だとでも言うつもりですか、グレン・ダドリー」

「ちが……」

 否定しかけたグレンの喉を、杖の先端が圧迫した。

 ルイスは冷たい敵意でグレンを射る。

 彼は静かに腹を立てていた。自分の不甲斐なさにも、この弟子がしでかした「不始末」にも。

 ルイスは低く重い声で、軋む歯の隙間から呻く。

「だったら、何故、お前はロザリーに……」


「そこまでよ、ルイス・ミラー。グレンを解放しなさい」


 静かだが、凛と響く声に、ルイスの背中が震える。

 馬鹿な、何故、彼女がここに。

「……ロザリー」

 かすれた声で呟くルイスを見るロザリーの目は、恐ろしく冷ややかだった。



 * * *



 ルイスが七賢人候補に選ばれていることを知ったロザリーは、七賢人選考の場に乗り込んでいって、この婚約の無意味さを訴えてやろうと本気で考えていた。

 だが、七賢人選考の会場は王宮ともなれば、ロザリーは正当な理由もなく出入りすることはできない。

 そこで、ロザリーは作戦を変えることにした。

 グレンとリンを説得したロザリーは魔法兵団の詰め所に赴き、ルイスが戻るのを待つ間、ひたすら情報収集をしていたのだ。

 〈ミネルヴァの悪童〉については、誰も教えてくれなかったけれど、詰め所の人間達に話しかければ、自然とルイスとロザリーがどんな関係だったかは見えてくる。

 ルイスとロザリーは、決して相思相愛の関係ではなかった。二人の間の空気はいつもピリピリしていて、特にロザリーはルイスのことを毛嫌いしているようですらあった。

 ……魔法兵団の人間達は、上司であるルイスに遠慮している風ではあったけど、それでもおおまかな意見は一致していた。

 唯一、温厚な副団長だけが「団長は婚約者殿を愛しておられますよ」だなんて、ルイスのフォローをしていたけれど、それ以外は誰もがルイスとロザリーの不仲を認めていたのだ。

 ルイスとロザリーは確かに不仲だった。そんな中、ロザリーは転落事故で記憶を失った。ルイスはそれを好都合と捉え、ロザリーと自分は相思相愛の仲だなんて嘘をついた。

 ……全ては、七賢人になるために。

「好きでもない女と婚約までしたのに、七賢人になれなくて残念だったわね」

 冷ややかな声でロザリーが告げれば、ルイスはグレンに突きつけていた杖を下ろし、オロオロと狼狽えてみせる。

「誤解です。私はあなたを愛しています、ロザリー」

「私の父は七賢人を引退した後は、魔術師協会の会長職に就くと聞いたわ。引退しても、魔術師界の重鎮であることに変わりはない……私と婚約するメリットは、まだあるってわけね」

 あぁ、どうして記憶を失う前の自分はルイス・ミラーとの婚約を解消しなかったのだろう。

 こんな、いかにもお上品で貴族ぶった優男なんて、これっぽっちもロザリーの好みではないのに。

 寧ろ、ルイスの姿を見ていると酷く胃がムカムカする。その怒りに任せて、ロザリーは低く吐き捨てた。

「……婚約は解消しましょう」

 ルイスが目を見開いて硬直する。

 甘い言葉を囁いて、ちょっと優しくしておけば、ロザリーが絆されるとでも思っていたのだろうか。

(……なんで、こんなに苛々するのかしら)

 ロザリーは服の胸元をギュッと握りしめ、ルイスに冷たい一瞥を投げかける。


「さようなら」


 冷たく告げて、ロザリーは執務室の扉を閉ざす。

 扉の向こう側から「ロザリー!」とルイスの悲痛な声が聞こえたが、ロザリーは聞こえなかったフリをした。



 * * *



 ロザリーを追いかけようとしたルイスのマントを、誰かが強く引っ張った。誰か……なんて言うまでもない。

「離しなさい、馬鹿弟子」

 ルイスが、もはや敵意を通り越して殺気に満ちた目を向けると、グレンは半泣きでぶんぶんと首を横に振った。

「いやっす! ダメっす! だって……だって、このままじゃ、あまりにもロザリーさんが可哀想っす……!」

「お前はどこに目をつけているのです。可哀想なのは婚約者に振られた私でしょう!?」

「ロザリーさんの方が絶対に可哀想っす! だって……だって……っ」

 何かを言いかけて、グレンはグッと言葉を飲み込む。

 その僅かな躊躇にグレンの葛藤を感じて、ルイスは振り上げかけた拳を下ろした。

「お前は、何を見たのです。グレン・ダドリー」

 ルイスの遠回しな問いかけに、グレンは俯いたままゆるゆると首を横に振る。

 いつもなら快活に笑う顔を苦悩に歪め、目に涙を浮かべて。

「オレは、ただ、師匠にもロザリーさんにも幸せになって欲しくて……だから……だから……っ」



「……だから、不完全な魔術を使って、ロザリーの記憶を封印したと?」



 師の冷ややかな一言に、グレンの顔から血の気がひいた。


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