ドアの前に立つ男
あなたが住んでいるのがアパートでもマンションでも一軒家でも、なんでもいい。
場所も時間も問わない。
ドアの前にその男は立っている。
異様に背の高い男だ。卵のように丸く、産毛一本もないつるつるの顔に、カミソリで切り裂いたような細い目がついている。鼻は鷲鼻で、薄い唇は真一文字に結ばれている。
男はパリッとしたスーツを着ている。どんなに蒸し暑い日でも、きっちりと襟元まで真紅のネクタイを締め、汗ひとつかかずに、直立不動であなたの家のドアの前に立っている。
スーツはオレンジ色であり、なぜオレンジ色かというと、今日のラッキーカラーだからだ。
男は毎日、新聞、テレビ、あるいは雑誌の占いコーナーをチェックしてスーツの色を決めているのだ。
スーツ以外の色は、すべて決まっている。例えば、ネクタイは真紅、シャツは白、靴下は黄色、などなど。スーツの色だけが決まってないとも言える。
なぜスーツの色を決めないのか、その理由は男にしか分からない。
セキュリティは、何の役にも立たない。中東におけるアメリカ大使館並の警備をもってしても、男がドアの前に立つことを防ぐことはできないのだ。
あなたが部屋に入り、ドアを閉め、鍵をかけた瞬間、男は隣の部屋から無言で出てくる。あるいはイモリのように貼りついていた天井から降りてくる。あるいは切れた蛍光灯のせいでできた影から立ち上がる。
ありとあらゆる方法で男はあなたのドアの前に立つ。
立って、男は何をしているのか。
男は、ドアにほとんどくっつかんばかりに接近し、瞬きもせずに、凝視している。
それだけである。
ときおり異国の言葉をつぶやくことがあるが、その意味を理解する必要はないだろう。
他愛もないといえば他愛もなく、実のところ、害はない。
警告しておく。
ふと、ドアを開けて男と対面したくなるかもしれない。
しかし、当然のことではあるが、絶対にしてはならない。
なぜ、してはならないのか、その理由を聞いてもいけない。
あなたがしていい唯一のことは、ひんやりとした扉に耳を押しつけて、男のつぶやく声を聞くことだ。
そして、ベッドに戻り、異国の呪文のようにうねる言葉を子守唄代わりにして、安らかに眠ることである。
あなたは驚くほどぐっすり眠ることだろう。
なぜ、私が、ドアの前に立つ男について詳しいのかといえば、私がドアの前に立つ男だからである。
剥いたばかりの卵のようにつるつるで滑らかな私は、あなたの家のドアの前に立ち、瞬き一つせず、あなたがドアを開けるときを待ち続けている。
ずっと、待ち続けている。