第05話 大浴場での受難
ルウェルに案内される形で見た事も無い、しかしどこか既視感のある通路を歩いた事で、レジーナはやはりここが虚空帝宮城塞プレアデスであると言う確信を得る。
しかし、そのまま案内されて行き、一度転移装置で転移してから再び見た事も無い通路を歩いて辿り着いたのは、本来虚空帝宮城塞プレアデスには存在しない筈の大浴場だった。
「SFな世界が再現して作り上げた中世ファンタジー風の浴場」と言うコンセプトで創る筈だったこの大浴場は、レジーナの寝室同様に優先順位の都合で創られなかった施設だ。
一応設定とデザイン自体は製作されていたのだが、その時点で創る場所の余裕が無い事が判明したのでお蔵入りになってしまっていたのだ。
しかし現在、レジーナの目の前には、デザインしか存在しなかった筈の大浴場が、デザイン通りの姿で、いや、デザイン以上の豪華さで存在していた。
それはまるで、子供向けの雑誌の企画で読者が考えた落書きのようなデザインを、一流のデザイナーがデザインし直して完成させたかのように、実際に目の前に広がる大浴場は洗練された華やかさを獲得していた。
それこそ、素人がDIYで創り上げた犬小屋と、一流の建築家の作り上げた豪邸くらいの違いがあるように思える。
そんな大浴場に連れて来られ、ルウェルと寝室からそのままついて来たメイドにされるがままに化粧着とたった一枚着ていたネグリジェ風の寝間着を脱がされてしまったレジーナは、ここで初めて自分の新たな肉体の隅々までを確認する事になる。
大浴場に併設された脱衣所、そこに設けられている大きな鏡に映った人化したレジーナの裸身は、リアルでは女性経験など皆無のレジーナには刺激が強いモノだった。
当然、以前にも説明したように『UPN』は十八禁ゲームでは無いので、いくら自由度が高くてもキャラクターを全裸にする事は出来なかった。しかし今は、紛れも無くレジーナの肉体は一糸まとわぬ姿となっており、レジーナがキャラメイクの際に設定すらしていない本来表示される事の無い筈の部分すら、はっきりと鏡に映ってしまっていた。
そもそも、レジーナの肉体は、『UPN』を始めた頃の当時高校生だったレジーナが、キャラクターの種族が進化する度に時間をかけて創り直し、細部を洗練させていった努力の結晶なのだ。
特に胸は、当時のレジーナの趣味で、とにかく出来る限り巨乳にしようとそのバランスを追求し、最終的に張りのあるPカップの巨乳と決して太って見える事の無い細く引き締まっていつつも女性的な絶妙な丸みを残した細い肢体、と言う奇跡のようなバランスで創り上げた傑作なのだ。
そのこだわりは当然のように人化状態の姿と異形の姿の両方に注がれており、特に両方の基礎となる人間の部分に対するこだわりは半端なモノでは無かった。
その容姿も、レジーナの理想を色濃く反映したものとなっている。
鏡に映るレジーナの姿は、187cmの長身に闇夜のような漆黒の髪と瞳と言う風に、まずその黒が印象に残る。
それに対して肌は、新雪のように無垢な白さを持ち、細やかな肌理と張りがある。
顔も女性の理想と言われる卵形の小顔で、それを構成するパーツは完全なシンメトリーとなっていて、まるで人形のように少女から大人の女性へと変わる一瞬の輝きを閉じ込めたかのような、この世ならざる美しさを放っている。
その顔を顎までの長さのショートボブの髪が縁取り、その下ではPカップの巨乳がこれでもかと自己主張している。その胸には瑞々しい張りがあり、全裸で何にも支えられていないにもかかわらず、全く垂れる様子が無い。そしてその形は、かなりの丸みを帯びたロケット型だ。
その巨乳を支える肩から腰に掛けてのラインは、その大きな胸と比べてとても華奢な印象を受ける。
しかし、それは決して貧弱である訳では無く、しっかりと引き締まっていつつも程よく肉のついた理想的なボディだった。
腰は程良くくびれていて、胸と比べて控え目なボリュームのお尻と合わせて魅力的な曲線を描いている。
そこから延びる手足も細長く引き締まっていて、それぞれの指先から爪先に至るまでが、体全体のバランスを完璧に整えていた。
頭の天辺から四肢の先端に至るまで、当時のレジーナが自身の感性のままに完璧を追求した結果がこの姿にはあった。
いや、実際にはレジーナの肉体は、その肉体が現実のモノとなった事で、さらに神秘的なまでの完璧さを獲得していた。
そしてその放つ雰囲気は見る者を圧倒し、魅了する神々しさすらも獲得している。
それらは、人化状態も異形形態も区別なく、いくら時間をかけたとは言え、素人のレジーナが創ったモノでは決してありえない領域の完成度へと昇華されていた。
さらにそれは、レジーナ以外の存在も同様だった。
その筆頭と言えるのがルウェルだろう。
レジーナが友人たちと共に創り上げた特殊本拠地防衛NPCたちの中でも、最も早くに創られ、度重なる強化とバージョンアップを繰り返して来た彼女は、レジーナにとっても最も愛着のあるNPCだ。
そんなルウェルの姿も、レジーナの姿と同様にレジーナたちのこだわりが色濃く反映されている。
そのコンセプトとなった設定とイメージは、レジーナの最も信頼する腹心の中の腹心と言うモノだった。なので、ルウェルの姿もまた、そのイメージに沿ったモノとなっている。
そのイメージ通りに、まるで秘書か何かを連想させるような雰囲気を放っているルウェルは、グレーのスーツと軍服が合わさったような上着を、白いブラウスの上から羽織っている。その下半身には、同じくグレーの長ズボンを合わせ、その中の脚はデニール数の高い黒いストッキングで覆われていた。
そんな服装とは対照的に、ルウェル本人の肌と髪は、何物にも侵されていないかのような透き通った白さを持ち、まるでアルビノのようにも見えた。
しかし、その瞳は黄金色に輝き、高い知性を感じさせる光を宿している。
その知的な美貌は、胸まで届く長さのロングヘアーで囲われていて、レジーナ程ではないがかなり大きめの胸にかかる白髪と合わせて、氷のような冷静な性格が窺える。
そして、それらの要素が現実のモノとなった影響で、ルウェルはまるで女神のように幻想的な雰囲気を手に入れていた。
そんな自分やルウェルの姿に呆けてしまっていたレジーナは、いつの間にか裸になっていたルウェルに連れられてようやく大浴場へと移動を開始する。
(あ、レジーナって生えてなかったんだ。ルウェルは白いから生えてても綺麗だな。綺麗に整えてもあるし)
あえてどことは言わないが、とある部分を見ながらそんな事をレジーナが考えながら移動した大浴場には、まるでプールと見まごうかのような巨大な湯船がその中央に設けられていた。
そのままレジーナはルウェルによってその中へと誘導されて行く。
湯船の中は腰かけるのに丁度良い深さに調整されていて、レジーナはゆっくりとその中へと腰を下ろす。そうして、実際に湯船に浸かって見ると、レジーナの心はそのあまりの心地良さによって驚愕で支配されてしまう事になるのだった。
リアルでのレジーナは、風呂はほとんどシャワーで済ませていたし、たまに入るのも狭いバスタブでの入浴だった。温泉などには当然のように行った事は無く、そんな経験しか持ち合わせていなかったので、この大浴場での入浴はレジーナにとって初めての経験だった。
しかも、先ほどまでその存在を激しく主張していた胸部の錘は、浮力によってだいぶその存在感が薄れている。
(なにこれ……、やばいな。癖になりそうなほど気持ち良い)
そうやって、開放感と心地よさに身をゆだねて完全に油断していたレジーナは、この場にもう一人の存在がいる事を完全に失念していたのだった。
「ひゃん!? ちょ、ちょっとルウェル! 何するの!?」
「レジーナ様の御体と御髪を洗わせていただくだけですよ。そのように驚かないで下さい」
完全にリラックスしていた所に、不意に与えられた体を揉みしだくような刺激に、人化した事で緩和しているとは言え、ただでさえ五感が敏感になっていたレジーナは、思わず変な声を上げてしまう。
慌ててその実行犯であるルウェルを問い質すが、それに答えたルウェルは当然の事をしただけと言った態度を示すのみで、レジーナの言葉を柳に風と受け流す。
しかし、レジーナの見る限り、ルウェルの手には体を洗う為の道具などは全く見当たらない。
「ええと、それでどうやって僕の体を洗うの?」
「ここの湯は浄化、美容効果のある魔法水です。浸かっているだけでも効果はありますが、こうして手でマッサージするように洗う事で肌に馴染ませるのが一番良いのです」
レジーナには、この大浴場の湯がそんなモノに設定されていると言う記憶は無かった。
しかし、確かに設定上この大浴場のお湯にはそのような効果が与えられている。
ルウェルにそこまではっきりと言われてしまっては、レジーナにはそれを否定する根拠も、文句を言う理由も存在しなかった。
(ああっ、ちょぉっ、これぇ……やばいぃ……)
そうして、レジーナは体の隅から隅までを、それこそまだ自分で触った事の無い部分まできっちりと入念に洗われ、さらにその後に人化を解いた状態でもう一度洗われてしまったのだった。
人化を解いた事でさらに鋭敏になった五感、その上でルウェルに体中を洗われてしまったレジーナは、完全に腰砕けになってしまい、しばらく自分で立つ事すら出来なくなってしまったのだった。
◆◇◆◇◆
入浴を終えた後もレジーナの受難は続いた。
まず、いつの間にか浴場の中で待機していたメイド達によって、本来の姿のまま脱衣所まで運ばれたレジーナは、そのまま肌触りの非常に良いタオルで髪と体を隅々まで丁寧かつ念入りに拭かれきっちりと水気を拭われる。
その後、柔らかなマットを敷きその上から清潔なシーツを被せた台の上に寝かされると、人肌の部分には何か良い匂いのする液体をさらに念入りなマッサージと共に練り込まれ、甲殻に覆われた部分にはこれまた良い匂いにするクリームのようなモノを丁寧に塗り込まれた後で、乾燥した布でピカピカに磨き上げられたのだ。
それらも非常に心地の良い体験だったとは言え、女性に慣れていないレジーナには、全員が非常に美人なメイド相手に奉仕されると言うのは、その小市民的な感性も相まってやはり抵抗がある体験だった。
その後も、風呂上がりのメンテナンスは続き、それらが全て終わると今度は用意されていたドレスに着替えさせられた。
レジーナの異形の姿にしっかりと合わせて仕立てられたそのドレスは、レジーナと言うおよそ人間には理解出来無い異形の美をそのままの形でさらに美しく引き立たせていた。
そんなドレスを着せられたレジーナは、メイド達の手によってきっちりと美しく身嗜みを整えられて行く。
現実にいた頃には考えられない程に綺麗に着飾る事になったレジーナは、ようやく完成した自分の姿に思わず息をのむ。
自分でもある程度は美しいとは思っていても、人化した姿の美しさには敵わないと思っていた異形の姿。それが今、完全にその評価を逆転させるのに十分な姿が鏡には映っていた。
人化した姿を同じように整えても、ここまでの美しさには決してならないだろうとすら思えてしまう。
これが人化した姿であれば、その変化は宝石の原石の美しさが、きっちりと磨き上げられカットされた宝石の美しさへの変化に例えられた事だろう。
しかし、このレジーナの異形の美の変化は、そんな風な人間に理解出来るような単純な変化では無かった。
その異形の美は、人知の及ばない過程を経て、人外の領域にある至高の美へと昇華されていた。
この時、初めてレジーナは、自分が創造した筈のレジーナと言うキャラクターの美しさが、自分の創造以上のモノへと昇華されている事に気が付いた。
そして、そんな風に異形の姿の美を理解出来る自分の思考様式が、人間のモノから乖離し始めている事を意識した。
「さあ、レジーナ様。準備も整いましたので玉座の間に向かいましょう」
「う、うん」
しかし、その気付きに関して深く思考する暇も無く、ルウェルに促されたレジーナは、玉座の間に向かって歩き出す。
すると、しばらく歩いた事で大浴場でのあれやこれやでのぼせ気味だった精神が落ち着いて来たレジーナは、今更になって緊張を感じ始めた。
これから謁見する特殊本拠地防衛NPCたちは、レジーナがその半生を懸けて友人たちと共に創り上げた宝物たちだ。
それが自我を持ったと言う事実に期待している反面、特殊本拠地防衛NPCたちがレジーナを蔑ろにするような態度を取った場合に、どのように対応するべきかと考えると、今から胃が痛くなるような心境になってしまうのだ。
一応、レジーナの記憶にある限り、特殊本拠地防衛NPCはその設定上レジーナへと忠誠を尽くすようにはなっている筈だ。しかし、それが現実のモノとなった今、一体どこまでが有効になっているのかが不安なのだ。
そんな不安で周りの様子をよく観察していなかった故に、レジーナは気が付く事が出来なかった。
また、レジーナにとっては玉座の間と言えば、宝物殿の入口を防衛する為の部屋としか認識していなかった為に、気付けなかったとも言える。
ルウェルが案内している通路が、レジーナの全く知らない通路のままだったと言う事に。
そもそもルウェルの言う玉座の間と言う場所が、レジーナの認識している場所とは全く違う場所であったと言う事に。