第04話 寝室での状況確認
コンコンと扉が叩かれる音にレジーナが返事をすると、ゆっくりと静かに扉が開かれる。すると、その存在はつかつかと素早くレジーナの腰かけているベッドの横までやって来て、綺麗に片膝をついた姿勢になると真剣な表情でこう告げた。
「お目覚めになられたのですね。レジーナ様! 急にお倒れになったので心配しておりましたが、無事に目覚められたようで何よりです」
やって来たのは、レジーナと共に玉座の間にいたNPCである筈のルウェル。
それが、レジーナの指示も無しに持ち場を離れてこの場所にやって来ただけでも、レジーナにとってはありえない事であるにもかかわらず、あろうことかルウェルは、まるで人間のようにレジーナの事を心配していたと言い、豊かな表情でレジーナの目覚めを喜んでいるようだ。
現代のAI技術では人間とほぼ同じような知性を感じさせるAIは創れても、本当の知性を持ったAIはまだ生まれてすらいない。当然、ただのゲームに過ぎない『UPN』に使われるようなAIは、それよりも数段性能が落ちるモノが使用されている。その程度のAIでは話しかければ人間と話しているような受け答えは出来るだろうが、AIの方からは決して話しかける事など出来ないし、このような表情豊かな感情表現なども自発的に出来る筈も無い。
それなのに、ルウェルの様子はまるで人間と遜色ない程に高度な知性を感じさせるに十分なモノだった。
そこでふと、大型アップデートでAIの性能が飛躍的に上昇したと言う可能性が頭をよぎるが、すぐにそんな事がある筈が無いとその予測を否定する。
そもそもそんな予告は無かったし、サプライズであったとしても、ここまで高性能なAIをゲームに導入するメリットは多くない。
それにさっきまでに散々この世界が『UPN』であるはずが無いと言う根拠を確認したばかりだ。そんな状況ではルウェルのこの知性をアップデートが原因であるとするのは無理があるだろう。ただし、ルウェルがいる事でこの場所が『UPN』と何らかの関係がある事がはっきりした。
(ルウェルが自分から話しかけて来た? それに、玉座の間からここまで勝手に移動もしてきている。これだけの判断能力は『UPN』のNPCのAIには無かった筈だ。これはやはり、この世界が現実となった事で、NPCであるルウェルに人間と同クラスの知性が生まれたと考えるべきだろう。いや、すぐにそう考えるのは早計だ。ここは慎重に確認しよう)
レジーナは自分でも信じられない程に冷静に状況を分析する。そしてルウェルの反応を見る為にも今度は自分から話しかけてみる事にした。
「ルウェル……心配をかけましたね。目覚めたらいきなりここにいたので少し混乱しています。出来ればここがどこか教えて貰えますか?」
知性を持ったかもしれないルウェルが、どのような性格なのかはレジーナには判断出来なかった。なので、念の為に丁寧な言葉使いで話しかけてみる事にする。
これなら、仮にルウェルが反抗的な性格でも、いきなり敵対的な関係になる事は避けられるだろう。
この世界で目覚めてから初めて出したレジーナの声は、レジーナが『UPN』をプレイしていた時に使用していたボイスチェンジャー機能で、好きな声優の声のように改変していた声そのままだった。いや、レジーナの冴えわたった耳で捉えたその声からは、元のボイスチェンジャーのような機械的な響きが抜けて、どこか神々しいような神秘的な響きが加わった極めて自然な声になっている事がはっきりと感じ取る事が出来ていた。
その声に反応したルウェルは、驚きの表情と共に今にも平伏しそうな勢いでレジーナの言葉に答えたのだった。
「勿体無きお言葉です。レジーナ様。ここはプレアデス内のレジーナ様の寝室でございます。それと、どうかそのように畏まらず、以前のようにお話しになって下さい」
ルウェルにそう言われて、レジーナは『UPN』でキャラをロールしていた時の事を思い出す。確かにその時は、もっと砕けた口調でルウェルに話しかけていた。
その事を意識しながらレジーナは、ゲームの時と同様に振る舞うように努める事にする。
――しかし、と、レジーナは考える。
ルウェルの言葉通りなら、ここはレジーナの寝室らしい。
しかも、プレアデスとルウェルは言った。プレアデスと言う名前でレジーナが知っているのは、レジーナが友人たちと共に作り上げたレジーナの居城、虚空帝宮城塞プレアデスのこと以外だと、一般的な知識しか持ち合わせていない。
なので、ルウェルの言うプレアデスが示しているのは、レジーナの居城たるプレアデス以外の可能性は考えられなかった。
しかし、そんな事はありえない。なぜならば、虚空帝宮城塞プレアデスとは、レジーナの所有する本拠地世界の最下層、その宇宙空間に輝く恒星スバルツヴァイを覆うダイソンスフィアの名前なのだから。
そして、その移動可能エリアの中には、レジーナの寝室など存在しないのだ。
レジーナの記憶では、一応友人の一人が創った設定上の設計図にそのような生活用の区画も存在していた筈だったが、エリアの容量と配置の優先順位の関係で、実際には創られなかった筈の場所なのだ。
にもかかわらず、今、レジーナがいるのはその存在しない筈の場所らしい。
そんな新たな疑問が生まれたレジーナだったが、ここで考えても埒が明かないと思考をいったん打ち切る。
取り敢えずは今いるのが本拠地世界のプレアデスの中であると仮定して、ルウェルへの対応に意識を戻した。
「ああ、そうだったね。それで、どうして僕はここで寝ていたの? 前後の状況がちょっと曖昧だから教えて欲しいんだけど」
口調をいつものロール時のモノへと戻したレジーナの様子に、ルウェルは満足そうに頷くと、丁寧な口調でレジーナの疑問に答える。
「はい、レジーナ様は数時間前に発生した謎の衝撃の際に突然倒れられたのです。すぐにわたくしがレジーナ様の状態を確認したのですが、特に異常も見られなかったので念の為に寝室へとお運びしました。現在はわたくしの指示で孤高の帝国内は警戒態勢を取っておりますが、レジーナ様がお目覚めになられたので、もうその必要も無いでしょう。警戒態勢と同時に謎の衝撃による被害の調査も行っておりますので、その報告も順次上がって来る筈です」
そう言って深々と頭を下げるルウェル。その様子と話の内容に、レジーナはかなり驚いていた。
ルウェルと言うキャラクターは、レジーナの腹心の中の腹心というコンセプトで作られたキャラクターであり、その立場は設定上、レジーナに次ぐ孤高の帝国のナンバー2だ。
今のルウェルの姿は、もはやただのNPCでは無く、その設定を反映された一個の知性体としかレジーナには思えなかった。
そう認識してしまえば、もはやこの世界はまぎれも無く現実であり、ルウェルを筆頭にしたレジーナが友人たちと共に作り上げたNPCたちも知的生命体として命を得たのだと言う事を、確定情報として扱う事に何のためらいも存在しなかった。
(もう完全に確定だな。間違いなくこの世界は現実だ。なら、今後の行動指針もそれに沿って考えないとな。しかし、そう考えると、意識を失っていたのが数時間で本当に良かった。これがもし、何年も何百年も目覚めないとかだったら、この孤高の帝国がどうなっていたか分からない)
レジーナが懸念している通り、確かにレジーナの目覚めまでの期間は、最悪数百年もの長い期間を必要とする可能性もあった。それは、レジーナのようにこの世界の再誕に巻き込まれる過程で、人間の体から人外の肉体へと精神が適応するのにある程度の期間が必要だったからだ。
しかし、レジーナの肉体は、レジーナにとっては自身の理想を追求したモノでもあり、レジーナ自身の性格などの様々な要素が偶然にも噛み合った事で、僅か数時間で目覚める事が出来たのだ。
これがもし、ゲームのキャラクターを気に入っていなかったり、精神的に嫌悪していたりすると、その適応に結構な時間がかかってしまうと言う結果になった事だろう。
レジーナがこの世界の認識を新たにしたのとほぼ時を同じくして、レジーナの寝室の扉が控えめにノックされる。
それを受けてルウェルが対応に当たり、扉の向こうの相手と二、三言葉を交わしたルウェルは、一旦扉を閉めてレジーナの元へと戻って来た。
「レジーナ様、たった今謎の衝撃による被害についての報告が上がって来たようです。レジーナ様がよろしければ、ここで報告をさせますが、いかがなさいますか?」
どうやらもう調査の結果が出たらしい。レジーナもその内容には興味があったので、ルウェルにここで報告をして貰うように頼み、レジーナは居住まいを少し正した。
レジーナの許可を受けて寝室へと入って来たのは、レジーナにも覚えのある顔だった。
「…………」
まるで忍者のような印象を受ける格好をした無口な女性が、レジーナの下へとやって来ると静かに跪く。
そんな彼女もNPCであり、レジーナが気を失う前にいた玉座の間に配置されていたNPCの一人だった。
(たしか、マシコットって名前の三相守護蟲の一人だった筈だけど、どんな設定のキャラだったっけ?)
見覚えこそよくあったレジーナだが、その詳しい設定に関してははっきりとは覚えていなかった。
なので、どうして報告に来たのが彼女なのかレジーナには良く分からなかった。
レジーナの記憶している限り、マシコットは三相守護蟲と呼ばれる孤高の帝国における軍事面でのトップの一人だ。
普通の軍で言えば、元帥だとかそれに準じる階級である筈だ。
そんな最上級の階級を持つ存在が、レジーナに直々に報告に来ると言う事実は、現状のこの世界でのレジーナの立場の強さを推し量るには、十分すぎる程に確実な情報だった。
「……報告します」
そんな言葉と共に始まったマシコットの報告は、彼女の口数の少なさを反映して端的で言葉少ないモノだったが、それでいて不思議と必要な情報を余さず理解出来る解りやすいモノだった。
そんな説明を聞きながら、レジーナはマシコットの設定に付いて少し思い出して行く。
(そう言えば、マシコットは情報軍のトップと言う設定だったな。ああ、だから緊急事態での調査の報告に来ているのか)
孤高の帝国の軍事面でのトップである三相守護蟲には、その名の通り他にも二人メンバーがいる。それぞれ戦闘軍と魔法軍のトップであるその二人では無く、マシコットが報告にやって来たのは、彼女が諜報や調査、索敵などを主な任務とする情報軍のトップである為だろう。
そんな彼女が齎した報告は、今の所謎の衝撃による被害は見つかっていないと言うレジーナにとっても安心出来るモノだった。
「……ただ、一つだけ、問題発覚、孤高の帝国の出入口、世界間転移門、通行不能、原因不明」
しかし、それで全く問題が無いと言う訳では無かった。
その問題とは、この本拠地世界――孤高の帝国と『UPN』の世界である二十八の世界への唯一の出入口である世界間転移門の通行が、謎の衝撃以降完全に不可能となっていると言う事実だった。
「世界間転移門が通れない? てことは孤高の帝国から出られないって事?」
「……肯定、現在調査中、原因として、謎の力場を確認、検証開始、指示済み」
マシコットの話では、世界間転移門が謎の力場に覆われていて、現状全く近づく事が出来ない状態だと言う。
その力場に付いては既に調査と検証を開始しているようだが、その結果が出るまでには、まだしばらくの時間がかかると言う事だった。
「うーん、しばらくは孤高の帝国が孤立状態なのか。まあ、考えようによってはそれも好都合かな」
レジーナの所有している本拠地世界である孤高の帝国は、二十八の世界の一つに唯一の出入口が存在していた。その世界、真空の世界スバルビルゴは、二十八の世界の中で唯一の宇宙空間を冒険の舞台にしている世界だ。
宇宙空間は『UPN』において、行動に伴うペナルティが多く、相応の準備をしなければまともに探索をする事すらままならないままに死ぬと言う、かなり上級者向けのフィールドが広がる世界だ。その為、真空の世界スバルビルゴは、上位プレイヤーでも極めて戦闘行動が行いにくい世界となっている。
そして、レジーナの所有する本拠地世界――孤高の帝国の唯一の出入口がこの世界に存在しているのは、レジーナが初めて手に入れたのがこの世界に隠されていた《世界超越珠》だった事に由来する。
この宇宙空間に出入口が存在すると言う事実が、レジーナが友人たちの力を借りる事があったとは言え、ほとんどたった一人で《世界超越珠》を多数のプレイヤーやギルドを相手にしても守り抜く事が出来た大きな要因の一つだったと言えるだろう。
ともかく、そんな難攻不落なレジーナの本拠地世界――孤高の帝国だったのだが、それはあくまでも『UPN』がゲームだった頃の話だ。
しかし、そのゲームが現実となってしまっているらしい現状、孤高の帝国が以前と同じように難攻不落である保証は全く無かった。最悪、どこか全く別の場所に入口が繋がっていて、そこからどんどん敵がやって来ると言う可能性も考えられる。
だからこそ、現在その出入口が原因不明とは言え封鎖されていると言う状況は、外敵の侵入を気にする事無く、レジーナが現実となった孤高の帝国の状況を確認し、改めて孤高の帝国を掌握するまでの時間を与えてくれると言う意味で、好都合だと言えた。
幸い、この孤高の帝国は、レジーナの友人の一人である&賽子ペディアの手によって、その維持に必要な各種のリソースやコストと孤高の帝国内で入手できる各種資源とのバランスが、しっかりと整えられているので、仮に永遠に孤立状態となったとしても現状を維持さえ出来れば、何の問題も無く存続出来る筈だ。
報告を終えたマシコットが退出し、レジーナはルウェルと会話しながら現在の自分の認識とルウェルたちNPCの認識の差をすり合わせて行く。
やはりルウェルの受け答えはAIのそれでは無く、完全に自我のある高度な知的生命体のそれだった。
そんなルウェルは、どうやら自分たちがゲームのNPCだった事自体を認識していないようで、ルウェルの感覚では、ルウェルとレジーナは千年単位での主従関係にあるらしい。
これは、どうやら『UPN』においての出来事を実際の出来事として認識していると言う事らしく、その時間感覚が拡張され二五六倍となった一三年を拡張された時間で認識していると言う事のようだった。
色々と確認してみたところ、『UPN』におけるイベントなどの出来事はルウェルにとっては実際に体験した歴史的事実のような認識となっていて、さらにどういう訳かレジーナがログインしていない筈の時間にも、ルウェルにはレジーナと共に過ごしたと言う記憶が上手く辻褄の合わさった形で存在しているらしかった。
また、ゲームの時のシステム的な要素はこの世界にも存在しているようで、ルウェルも普通にステータスなどのゲーム用語を使用していた。
ここまで来ると、もう『UPN』の世界が現実となった事を疑う方が馬鹿らしい考えのようにレジーナには思えてしまった。
となると、次に確認するべきなのは、この孤高の帝国の状況だ。
孤高の帝国が現実となった事で発生している変化や問題は、おそらくレジーナでなければ認識すら出来ない。ルウェルを筆頭としたNPCたちにとっては、それは元々そう言うモノだったと言う認識になってしまうからだ。
だから、そのあたりの確認も早急に行う必要があるだろう。
また、今のところは大丈夫なようだが、NPCたちに自我が芽生えた事で、レジーナに対して反抗的な者が現れる可能性も考える必要があるだろう。
既に会話を交わしたルウェルとマシコットは、レジーナに高い忠誠心を向けてくれているようだが、それを無条件に他のNPCにも当てはめるのは危険だ。
それが思わぬ落とし穴となって、レジーナの身に危険が降りかかると言う事態は避けねばならない。
ゲームの時は死んでも多少のデスペナルティで済んだが、この現実となった世界では、死は絶対のモノかも知れない。
そう考えると、この肉体を十全に扱う練習もした方がいいだろう。ゲームの時とは感覚が変わっている要素がかなりありそうだ。そもそも、既に肉体を扱う感覚からしてかなりの違いがあるので、それは間違いないだろう。
今後の方針についてレジーナが考えをまとめ終えると、それを見計らったかのように、ルウェルからとある提案を持ちかけられた。
「レジーナ様。お体の調子がよろしいのでしたら、玉座の間にて最上位配下と謁見を行っていただけないでしょうか? レジーナ様が突然お倒れになった事で、皆不安に思っております。レジーナ様の元気なお姿を目にすれば、皆その不安を払拭出来る事でしょう」
そのルウェルからの提案は、レジーナにとっても渡りに船だった。
多少「何で玉座の間?」と言う疑問も覚えはしたが、その提案は現状を確認しつつNPCたちの様子を窺うのに最適だった。
ルウェルの言う最上位配下と言う言葉には聞き覚えは無かったが、レジーナの知識に照らし合わせれば、おそらくそれが特殊本拠地防衛NPCたちの事を指していると言うのは、容易に推測出来る事だった。
本拠地防衛NPCと言うのは、所有する本拠地の管理防衛をプレイヤーから肩代りさせる目的で製作されるNPCの総称だ。基本的に本拠地を所有していれば、プレイヤーはその本拠地の規模に応じた数の本拠地防衛NPCを製作する事が出来る。
しかし、《世界超越珠》を入手し、その恩恵で本拠地世界を所有する事になったプレイヤーは、通常の本拠地防衛NPCとは別に、《世界超越珠》の所有数に応じた数の特殊本拠地防衛NPCを製作する事が可能となっている。
この、特殊本拠地防衛NPCは、プレイヤーキャラクターを製作するのに準じた自由度を持つ独自のキャラメイクが可能であり、さらにアップデートによって実装された特定条件を満たす事で、プレイヤーのテイムしたモンスターをNPC化する事が可能となると言う機能にまで対応していた。
また、その戦闘用AIのアルゴリズムにも手を加える事が可能となっており、創り込み次第では、プレイヤーキャラクターと同等かそれ以上の性能を発揮させる事すら可能だった。
もちろん、一定以上のプレイヤースキルを持つプレイヤーに敵う程では無かったが、そのAI独自の反応速度を利用した戦闘方法は、上位プレイヤーにとっても十分に脅威と言えるモノだった。
その結果、十分に創り込まれた特殊本拠地防衛NPCは公式チートな存在として認識されており、ルウェルなどは一度として実際に防衛にあたる事が無かったにもかかわらず、ルウェルのAIアルゴリズムを手掛けたプラネタリ・ギアが公開した動画データが注目を集めた事によって『ファントム』と言う異名が付けられてしまう程に有名になっていた。
そんなルウェルやマシコットを筆頭とした特殊本拠地防衛NPCたちを、レジーナは友人たちと共にあれこれと相談しながら、その製作可能限界数である四十体まで製作していた。
その特殊本拠地防衛NPCたちが、各々自我を獲得した今、レジーナの事をどう思っているのかを確認するには、やはり実際に会ってみるのが一番だろう。
「うん、わかった。僕も皆に元気な姿を見せたいしね」
そう言って、レジーナはベッドから降りる。寝ていた時のレジーナは素足――と言っても、足首から足の甲までを甲殻が覆っていてその先の足は人間のそれと言う姿。また、その後ろには先端まで甲殻に覆われた鋭い蜘蛛脚が三本ずつ隠れている――だったのだが、ベッドの横にはしっかりと履物が用意してあったので、それを確認したレジーナはそれに人間の足をおさめてからベッドから下りる。太腿とお尻の付け根辺りから伸びている三対の蜘蛛脚は、そのまま脚の後ろに隠しておいた。
と言うか、ゲームの時は出来なかったのにこの蜘蛛脚はレジーナの意思で自由に伸縮させる事が出来るようになっているらしく、レジーナは邪魔だったので完全に蜘蛛脚を引っ込めた。
そうすると、お尻から太腿にかけてのラインは人間のそれとほぼ同じになり、レジーナの異形要素が若干減った。
そこで、この体が元々人化も可能だった事を思い出したレジーナは、異形の各部位に意識を集中させる。すると、異形の部位はそれぞれ任意に人間の部位のように変化させられる事が分かった。
つまるところ、ゲームの時はいっぺんに変化させる事しか出来なかった体の各部位を、任意の部分だけ人間の姿に変える事が出来るようになっていたのだ。
ちょっと意識するだけで、腕と脚の甲殻は消えて人間の腕と脚へと変わり、さらに意識すれば副腕が引っ込んで腕は二本の状態になった。
顔も完全に人間のそれとなり、レジーナは異形の美女の姿から、絶世の美女の姿へと生まれ変わった。
その副作用でこれまで感じていた鋭敏な五感が若干鈍くなり、視界も三六〇度見渡せるものから人間の視界へと戻った。それでも十分すぎる程に五感は鋭敏だったのだが、元々が鋭すぎて今の状態でも鈍く感じてしまう。
「よくお似合いです。レジーナ様はどのような姿でもお美しい」
そうして、完全に人化を果たしたレジーナは、改めてルウェルに向き直る。
すると、どこからか様子を窺っていたのか、メイドが一人寝室へと入って来て、レジーナの来ているネグリジェの上から化粧着のようなモノを羽織らせる。
「ではまずはレジーナ様の身嗜みを整えに参りましょう」
レジーナが着替え終わるのを確認したルウェルは、そう言って寝室の扉を開きレジーナを先導する。
レジーナは、これからの事に大きな期待とかすかな不安を抱きながら、ルウェルの後をついて歩きだすのだった。