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第02話 とあるプレイヤーにとっての再誕

 時間は少し遡り、『UPN』が原因不明の事態によって、周囲のゲームを巻き込んで新たな世界へと再誕を果たす少し前の事。


 現実ではありえない純白の空の下に広がる極彩色の街並み、そこを様々な生物や人工物などをデフォルメして着ぐるみにしたような姿の者たちが行き交っている。

 彼らの周りに存在する建造物は、全て自己主張の塊のようなカラフルな建物で、それぞれがまるで別々の世界観の世界から飛び出して来たかのように統一感が無い。これが現実に存在していたら、確実に何らかのテーマパークか何かだと思われる事だろう。

 そんな異界の正体、それはコスモスの中に存在するゲームスペースの集合街、つまり『ゲーム街』だ。

 コスモスに存在する全てのゲームサービスは、ここにそれぞれのゲーム世界の入口を構えている。

 既にお気に入りのゲームを見つけている者はここには来ずに、直接ゲーム世界へと飛び込んで行くので、ここにいる者たちは新しくゲームを探している者ばかりだ。


 そんなゲーム街の中でも一等地と呼んで差支えない人通りの多い一角に、堂々と存在している建物の一つ。建物の入れ替わりの激しいそこを十年以上の期間占有し続けているその建物の正体は、『UPN』のゲーム世界への入口が構えられている建物だった。


 その建物の中は建物の見た目とは比べ物にならない程に広い。ここ仮想現実世界では、建物の外観と中の広さが一致する事の方が少ない。

 そんな広大な空間の中は、『UPN』の宣伝や販売、ゲームの体験スペースなど様々な施設がある。しかし、そんな施設のある区画からは辿り着けない空間に、この建物の最も重要な施設があった。そこは、世界中からやって来るプレイヤーを『UPN』の世界に旅立たせる為の施設。『UPN』と言うゲームそのものを運営している仮想現実空間へと、世界各地から直接ファストトラベルしてやって来るプレイヤーのアバターを送り届けるのがこの施設の最重要な仕事だ。

 今もそこに黒猫の着ぐるみのアバターがやって来た。黒猫のアバターはいつものように『UPN』の世界への扉をくぐる。すると黒猫のアバターは消え、そこで新たに頭身の高い人型のアバター、『UPN』のプレイヤーキャラクターのアバターへと切り替わる。その変化が終わる頃には、黒猫のアバターの主は『UPN』の世界へと降り立っていた。


「あ、レジーナさん。相変わらず時間通りですね。一体どうやっているんですか?」


 そんな黒猫のアバターの主たる彼女――レジーナに声をかけたのは、まるで一昔前のロボットアニメの主人公ロボットを等身大にして服を着せたかのような姿の男。男は談話室のようにいくつものソファーが並べられている一室の中で、何やら準備していた六本指の手を止めながら、今入って来たレジーナへと親しげに話しかける。


「ふふふ、ちょっとしたコツですよ。ギアさん。慣れれば簡単ですよ? それより、僕も手伝います。一人じゃ大変でしょ?」


 それに愛嬌ある笑顔で答えたレジーナの姿も、おおよそ人間のモノでは無い。基本のパーツは人間の美女のモノではあるが、かなりの部分に蜘蛛としての異形のパーツが混ざっている。


 まず、一番に目が行くのはやはり顔だろう。おそらくはかなりの美貌を持った顔を基礎としている筈なのに、その顔に存在するいくつかの要素がその美しさを異形のモノへと作り変えてしまっている。

 その目は人間のような白目が無く、つるっとした黒い球体が収まっているように見える。その数も人間と同じ位置にある二つだけでは無く、こめかみのあたりに一つずつと額に四つの合計で八つの目が付いている。

 さらに口の左右には、まるで頬と同化するように蜘蛛の口にあるような牙――鋏角がその存在を主張していた。

 腕も当然のように一対では無く、人間で言う腋の下辺りからもう一対の腕が副腕のように生えていて、そのとても重そうな巨乳を支えるように副腕が腕組みをしている。

 その腕自体も二の腕の三分の二までは人間のそれではあるが、そこから先は固い甲殻に覆われていて、まるで鎧を身に着けているかのように鋭利な輪郭の六本指の手を服の袖から覗かせていた。

 胴体はその軍服のようなデザインの服装からは分かりにくいが、それほど人間とは違いは無い。しかし、脚は腕と同様に太腿の三分の二までは人間と同じだが、それより先は甲殻に覆われている。しかも、正面からは極めて分かり難いが、実は三対の細い蜘蛛脚が巧妙に正面から見える脚の背後に隠されている。つまり本来の足の数は合計八本もあるのだ。


 そんな異形二人は、どうやらパーティか何かの準備をするようで、仲良く準備を進めて行く。

 そうするうちにその談話室には、軽食や飲み物などが揃えられて行き、それに合わせるように次々と人間や異形の姿をした者達が姿を現して行く。


 最終的にその部屋には、合計で十二人の人物が集まっていた。


 ここまでくれば察しているだろうが、『UPN』では一般的な人間系統の種族以外にも、魔族と呼ばれる魔物系統の種族をプレイヤーキャラクターとして選択する事が出来る。

 そう言う種族を選択する者はそれなりに多く、この談話室に集まった十二人も半数以上が魔族を選択していた。


 全員が集まった事を確認したロボット風の男は、口の無い顔の前にグラスを掲げて周囲を窺う。そして全員がグラスを持ち、ソファーに腰かけているのを確認すると口の無い顔のどこからか言葉を発し始めた。


「ええーと、それじゃ、みんな集まったみたいですので、適当にパパッと騒いでからいつものように何するか決めましょうか」


 その言葉と共に各々がグラスを掲げ、飲み物を口にしたのを皮切りにして集まっていた十二人は気の向くままに軽食に口を付けながら談笑を始めた。

 どうやらこれが彼らのいつもの風景であるらしい。


「レジーナちゃ~ん! 前に貰った糸無くなっちゃったの~。またちょ~だ~い」


 軽食を摘みながらロボット男ことプラネタリ・ギアと談笑していたレジーナに、甘えた声でしなだれかかって来たのは、妖艶な雰囲気の美女を基礎とした異形の女性。


「ちょ!? ジュンさん!? これでも僕は中身男なんですからそう言うのは止めて下さい」


 ジュンと呼ばれた異形の女性が胸部にある大きな四つの乳房をレジーナに押し付けると、レジーナは慌てた様子で彼女から離れる。

 そんな様子からも分かる通り、レジーナのプレイヤーの性別は男だ。周囲にその事実を公言しているので、レジーナには別にネカマと言う意識は無い。

 それに対してジュンは、中身もれっきとした女性だ。彼女はレジーナの事を妹か弟のように可愛がっており、時折こうしてからかうように過度のスキンシップをしてくる。


「ははは、相変わらずレジーナさんもジュンさんには弱いみたいですね」


 そんな二人の様子に、ギアもほとんど可動部分の無いロボットフェイスで微笑む。


 レジーナも本気を出せばジュンから逃れられるのだが、ここで戦闘する訳にもいかないので、自分よりも多い四対の腕で抱き着いて来るジュンから逃れるのに四苦八苦していた。


「おやおや、お二人は相変わらずですね」


 そんな三人の様子を見てやってきたのはこれまた異形の男。いや、このキャラクターははたして男と言えるのか。そんな見た目のその男の姿は、全身がどす黒い触手に覆われており、それが無理矢理人の形を取って服を着ていると言う見た目だった。当然顔も触手だらけであり、性別も何も無い。

 しかし、そんな彼――&賽子ペディア(エンサイコロペディア)はこの集りの中でも頭脳派として尊敬を集めている人物だった。


「ペディアさんもそんな事を言ってないで助けて下さいよー!」


 レジーナにとってもかけがえのない友人たちであるここに集まったメンバーは、そんな他愛も無いじゃれ合いを眺めて楽しく話を続けていた。


 そんな感じで、クラン『多世界図書館(マルチバースライブラリー)』のメンバーはいつものように楽しそうに騒いだ後、それぞれにその日の『UPN』の楽しみ方を決めて遊びへと出発する。

 そんな普段通りの光景がこれで最後になるなどとは、この時の彼らは誰一人想像もしていなかったのだった。



 ◆◇◆◇◆



 『UPN』の中には、『UPN』を構成する二十八の世界から独立した小さな世界がいくつか存在している。その正体は、《世界超越珠》の所有者にのみ与えられる特典としての世界だ。

 『UPN』では、ギルドやプレイヤー個人が各世界に存在する家や村、町、都市、要塞、城、島、ダンジョンなど、その世界の一部を特定の手順を踏む事で所有する事が出来た。その場所は本拠地(ホーム)と呼ばれ、所有している限り所有者のプライベート空間として所有者が自由に改変を行う事が出来る。そして、それらの場所を売買したり奪い合ったりする事も、このゲームの醍醐味の一つだった。


 そして、《世界超越珠》の所有者に与えられる世界は、そんな本拠地の中でも最上級の存在だ。本拠地世界と一般に呼ばれるそれは、一般的な本拠地と比べてかなり高い自由度と圧倒的な広さを持ち、所有者の手で様々な改変を行う事が出来る。


 そんな本拠地世界を、件の有名プレイヤーであるレジーナもまた所有していた。


 彼女の所有する本拠地世界は、《世界超越珠》八つ分の本拠地世界が融合した極めて広大なモノで、その所有する《世界超越珠》が元々隠されていた世界の特徴を色濃く受け継いだ本拠地世界は、全八階層の階層世界構造を取っていた。

 基本的にそれぞれの階層世界は、月と同程度の面積を持つ惑星となっており、その環境はそれぞれの世界で全く異なるものの、空と大地があり大気に覆われた世界であると言う大まかな構造自体は共通していた。


 しかし、最下層の階層世界だけはその限りでは無かった。


 最下層の世界は、元々の《世界超越珠》の隠されていた世界が真空の宇宙空間をメインにした世界であった為に、何も無い宇宙空間のみが存在する世界となっていた。

 そこを、指定されたリソース――ゲーム内で入手できる資源を変換する事で得られる改変ポイント――の範囲内で自由に所有者の思う通りの世界を構築出来ると言う仕様だったのだ。


 その世界には現在、一つの恒星系が構築され、その中心たる恒星を文字通り中心として、その恒星系にはまるで蜘蛛の巣が幾重にもかかったかのように、ダイソンスフィアが覆いかぶさっていた。


 ダイソンスフィアとは、恒星から発生しているエネルギーを余さず利用する為に、恒星や恒星系自体を殻のように覆う事で、その全てのエネルギーを逃す事無く受け止める事を可能にした、未来の超巨大人工建造物の事だ。


 もちろん、そんな広大に見えるエリアの中で、実際にプレイヤーが移動出来るのはごく一部でしかない。その他の空間は、あくまで背景としての設定上の空間だ。この本拠地世界の所有者であるレジーナがそのように設定し、クラン『多世界図書館(マルチバースライブラリー)』の友人たちの手を借りつつ背景や移動可能エリアを長い時間をかけて地道に創り続けた結果の集大成とも言える。


 そんな恒星系の中で唯一プレイヤーが移動出来るエリアであるダイソンスフィアのとある一角。蜘蛛の巣型構造の中心部にして、重要施設を含む様々な施設が設けられている区画の中でも、特に厳重に守られているその部屋は、洒落と皮肉を込めてレジーナの友人たちから玉座の間と呼ばれていた。


 この玉座の間は、レジーナの所有する八種類の《世界超越珠》が保管されている宝物殿への唯一の出入口を守るように存在している。

 厳重に様々な防犯機能を備えた宝物殿は、たとえレジーナであっても入口から歩いて入らなければ決して中には入れない。その入り口を守る最終防衛ラインがこの玉座の間なのだ。


 そんな玉座の間だが、その見た目は手抜きの一言に尽きる。もちろんレジーナはここを創る際にも全く手を抜いていないのだが、何も無いだだっ広い部屋に椅子がぽつんと一脚だけ置かれているその様子は、何も知らない者が見れば手抜きにしか見えないだろう。

 椅子の傍には、防衛用のNPCが四体、部屋の奥におかれた椅子を守るように控えている。

 そんな見た目が、玉座を守る近衛兵のように見えた事から、この部屋は玉座の間と呼ばれているのだ。


 その他にも、レジーナがこの本拠地世界をデザインする際にコンセプトイメージとしたのが『銀河を股にかける星間帝国』だった事もこの部屋が玉座の間と呼ばれる所以だったりする。


 ちなみにそんなイメージの下で完成した本拠地世界は、レジーナを女帝とした帝国、孤高の帝国(アルーフエンパイア)と言う設定を悪乗りした友人たちの手で作り上げられていて、レジーナもあずかり知らない設定がいくつも存在している。

 その呼び名である孤高の帝国(アルーフエンパイア)だけはレジーナたちの間で広まっており、レジーナもある程度は設定の作成にも携わっているので、多少はその内容を把握しているのだが、詳細まではしっかりと把握していなかった。


 そんな名前だけの玉座の間には、現在複数の人影が存在していた。

 その中の一人は当然、この本拠地世界――孤高の帝国(アルーフエンパイア)の所有者であり支配者でもあるレジーナだ。

 彼女は友人たちと別れた後、翌日のメンテナンスの前に達成しておきたかった目標があった為に一人で孤高の帝国(アルーフエンパイア)にやって来ていた。

 玉座の間にいるのは、一応誰かが攻めて来た際にすぐに対応する為でもあったが、ここ最近は誰も攻めて来る事が無くなってしまっていた。


「ふう、これで後は三つか。これなら間に合いそうだね」


 友人たちに対して敬語で話すレジーナは、一人の時やゲーム内で他人と話す時は砕けたフランクな口調を心がけていた。それは、レジーナとしてのなんとなくで行っているロールのようなモノだったが、今ではすっかりゲーム内の自分の口調として身に付いていた。


 そんな彼女が今、一人で黙々と行っているのは、このゲームにおける暇つぶし用のゲーム内ゲームと言える代物だった。

 この『UPN』は時間拡張対応型のゲームと言う事で、ゲーム内の時間が二五六倍に引き伸ばされている。当然、そのような環境では、友人との待ち合わせが数時間どころか数日単位で遅れるという事態がざらに発生する。

 それに対応する為の技術やテクニックなども生み出されているが、どうしても待ち時間と言うモノは発生してしまうのだ。

 その対策として『UPN』では、ゲーム内に暇つぶし用のミニゲームがいくつも用意されている他、ゲームを進める事で著作権フリーの過去の名作小説や漫画などのゲーム内電子書籍などの様々な暇つぶし手段を獲得する事が出来る。

 そして、その中の一つにプレイするとゲーム内でキャラクターが習得しているスキルの熟練度が上昇し、スキルレベルを上げる事が出来るミニゲームが存在していた。なんとこのミニゲーム、使用制限の厳しいスキルを複数同時に育てると言う目的に限った場合、他のどんな方法よりも効率がいいのだ。

 スキルの習得に一切の制限が無く、またスキルレベルを最大まで上げるとボーナスでステータスが僅かに上昇すると言う仕様のこのゲームでは、廃人になればなる程にこのミニゲームをやりこんでいる割合が高かった。


 そんなミニゲームをどうしてアップデートの為のメンテナンス前日の今日、レジーナが今更やりこんでいるのかと言えば、それはレジーナがアップデートの前にとある目標を達成しておきたいと思っていたからだ。


 レジーナは今まで、『UPN』のアップデートの度に達成が困難になって行ったとある目標を達成する為にコツコツと努力を重ねてきた。

 その目標とは、「『UPN』に存在する全てのスキルを習得し、そのレベルを最大まで上げて極める」と言うモノだ。


 サービス開始当初、既に一万種類以上に及ぶと言われていた『UPN』に存在するスキルは、その後のアップデートの度に増加して行き、現在六五五三六種類にまで増殖していた。

 それを全て習得するのは、たとえこのゲームが時間拡張に対応していたとしても難しいと言わざるを得ないだろう。しかし、レジーナはそれを実現する為に、この数年間必死に努力を重ねてきていた。その間、何度も達成の目前まで辿り着いては、アップデートによってさらにスキルが増えると言う事態に陥っていたレジーナは、今度こそと言う気持ちでこのアップデートの前のラストスパートをかけていたのだった。


「課金アイテムでもブーストしてるし、あとは低確率で発生する大成功が確立通りに起きてくれれば問題無いな」


 スキルレベルを上げる為に取れる全ての手段を取って、あとは運を天に任せるだけとなったレジーナの視界に、ミニゲームを起動しているウインドウに移る大成功の文字が飛び込んでくる。ミニゲームによるスキルの成長量が、通常の十倍になった事を示す表示だ。


「やった! あと二回も発生してくれれば余裕で間に合うはず。ルウェル。残り時間は?」


「はい。残り時間はあと一時間程です。レジーナ様」


 『UPN』にログインしていられる残り時間が、体感時間で一時間も残っていれば、余裕で間に合う。

 玉座の間の防衛を任せているNPCの答えに、そう確信したレジーナは、それでも油断せずにミニゲームを何度もプレイする。


 残っているスキルは三種類。どれも普通にスキルを使用してレベルを上げようとすれば何日かかるか分からない。スキルは使用した時にしか経験値が入らない仕様なのに、これらのスキルは一日に一回しか使えないなどの厳しい使用制限があるのだ。

 まあ、そんなスキルだからこそ、このミニゲームの恩恵が計り知れないのだが。


 しかし、レジーナにとっては運の悪い事に、その後の三十分は大成功が一度も発生しなかった。

 それでも時間にはギリギリ間に合うはずなので、余裕はあるのだが、出来れば大成功を発生させて余裕を持ってログアウトしたい。


「う~ん。確率的には三十分もあれば一回くらい大成功する筈なんだけどな~。まあ起こらないモノは仕方がない。切り替えて行こう」


 そう言いつつ、焦って下らないミスをしないようにミニゲームに集中するレジーナ。もし、ここで何かミスをすれば、それこそ間に合わなくなってしまうかも知れないのだから、無駄に焦ってミスを誘発する事は無い。


 そんな冷静な対応が幸運を呼び寄せたのか、次の一回で二回目の大成功が発生し、そのまま立て続けに大成功が起こった事でレジーナの目標はついに達成される事となる。


「やったあぁぁぁあぁ。スキルコンプリート達成!」


 『UPN』のアップデート直前に達成された目標に、レジーナは歓喜の叫びを上げた。

 その様子を微笑ましそうに見つめるNPCたち。いや、NPCに搭載されているAIでは人間と遜色ない受け答えこそ出来るが、人間と同等の知性を有する程の性能は無い。なので、その光景はレジーナの錯覚か何かだろう。


 と、その時、レジーナの耳に聞きなれた通知音が響く。それは、久しく聞いていなかったレベルアップや種族の進化、習得可能位階(クラス)の追加などの際に聞こえる通知音だった。


「なんかこの音聞くの久し振りだな~。レベルはカンストしてるし、種族も多分これ以上は進化しない筈だけど、位階(クラス)かな?」


 そう言いつつ通知の内容を確認する。するとそこには予想通り新たな位階(クラス)の習得を知らせる内容が書かれていた。


〔全スキルの習得と完全成長を確認しました。

 前提条件を満たした為、新たな位階(クラス)が開放されます。


 開放位階(クラス)

 ・特殊位階(クラス):全能神〕


「うわっ! やったぁ! 特殊位階(クラス)ゲット!! でも、相変わらず『UPN』の開発は狂ってるな~。こんな条件、僕以外が満たせてるとはとても思えないんだけど。て言うか、この事をペディアさんが知ったら発狂しそうだな」


 『UPN』においてキャラクターは四種類の位階(クラス)を習得する事が出来る。

 それらはそれぞれ戦闘位階(クラス)、サブ位階(クラス)、非戦闘位階(クラス)、特殊位階(クラス)と呼ばれているが、その中でも特殊位階(クラス)と呼ばれている位階(クラス)は、他の三つの位階(クラス)と違い、通常のプレイでは習得する事が出来ない。

 特殊位階(クラス)は何か変わったプレイをして、特殊な条件を満たした場合のみ、習得する事が出来るのだ。

 言ってみれば、他のゲームにおける称号やトロフィー、メダルのようなモノだ。


 レジーナも今手に入れたモノを含めて、これまでのプレイでたったの五つしか習得出来ていない。それほどに貴重な物なのだ。

 まあ、レジーナの友人の一人である&賽子ペディアは、これの収集に血道を上げていて、十種類以上の特殊位階(クラス)を習得していたりする。もし、彼がレジーナの手に入れた特殊位階(クラス)の習得法を知れば、本当に発狂してスキルを意地でもコンプリートしようとするだろう。


「よーし、後はメニューウインドウのステータス画面とスキル習得数画面を記録してっと」


 そうして、『UPN』における心残りを達成したレジーナは、残ったログイン時間をのんびりと過ごそうと、玉座の間の椅子に腰かけた。



 ――しかし、その思惑は叶う事は無かった。



 レジーナが椅子に腰かけたその瞬間、突然世界が酷いノイズの入った映像のように乱れ、揺れる筈の無い世界がまるで地震のように激しく揺れ出したのだ。


「な、ななな、なんだ!? どうなってるんだ!?」


 とっさの出来事に混乱して、普段のロールも忘れて素の男の口調が顔を出す。

 いつもの中性的な口調を忘れる程に動揺したレジーナは、椅子から転げ落ちて地面に四本の手を突く。

 手足が多い事が幸いして、レジーナは四つん這いならぬ十二つん這いになって揺れに耐える。


「リ、リアルなら机の下に逃げればいいんだろうが、コスモスで地震に遭ったらどうすりゃいいんだよ!?」


 そんな事を言っている間にも、世界のノイズはさらにひどくなり、ついにはレジーナ自身の体にもノイズが走り始めた。


「ま、まだ時間はあるけど仕方がないか。ログアウトだ」


 メガネを直すように鼻根の辺りを指で押すと言う動作で、メニューウインドウを開き、ログアウトを行う操作をしようとしたレジーナ。

 しかし、そんなレジーナの操作は、実行が不可能なモノだった。


「なっ!? ログアウトの項目が無い!?」


 驚愕と共に手が止まるレジーナ。

 そんなレジーナを嘲笑うかのように、世界のノイズと揺れはメニューウインドウすらも操作不能になる程に酷くなって行く。


 もはや床に這いつくばるのすらも難しくなったレジーナは、床に崩れ落ちた状態となって徐々に意識が遠のいて行く感覚に恐怖を覚えた。


(クソッ、意識が……駄目だ、ここで……意識を……失った……ら……)


 しかし、そんなレジーナの意思とは無関係に、レジーナの意識は闇の中に引きずり込まれるかのように深く、深く沈んで行ってしまったのだった。


 レジーナを襲った事態は『UPN』を中心に人気ゲームにログインしていた全てのプレイヤーを襲い、その全てを巻き込んだ形で進行していた。


 それと時を同じくして、『UPN』を中心とした人気ゲームのデータがコスモス上から一斉に消失し、コスモスは機能不全に陥った。

 この瞬間を契機として、『UPN』を中心とした各種ゲーム世界は、新たな世界としての産声を上げたのだった。

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