第13話 レジーナの孤立
外の世界への転移は文字通り一瞬で終わり、レジーナたちは孤高の帝国の外へと足を踏み出した。
「予想通り真空の世界スバルビルゴに繋がっているみたいだね」
相変わらず宇宙空間にもかかわらず普通に声を出しているレジーナは、自身の背後に浮かぶ世界間転移門とその前に浮かんでいるルウェルたち四人を振り返って感想を漏らす。
『はい。しかし、以前と全く同一と言う訳ではないようです。あれをご覧下さい』
レジーナのように宇宙空間で普通に声を出す事が出来ないルウェルたちは、<通信>のスキルを用いてレジーナへと答える。
その言葉にレジーナが振り向くと、真空の世界スバルビルゴは確かにレジーナの知るモノとはその姿が若干異なっていた。
まず、元々真空の世界スバルビルゴには有人惑星どころか惑星そのものが全く存在していなかった。しかし現在、レジーナの視界には地球ほどの大きさの有人惑星が確かに映っている。しかも、そこには何やら惑星外へと延びる人工的な巨大建造物が構築されており、その周囲には宇宙船のようなモノすら行き交っていた。
「うーん、ここがスバルビルゴだってことは間違いない筈なんだけど、どうにもかなり文明が発達している雰囲気だね」
『UPN』時代のマッピングスキルによって過去に得た情報と現在の周辺情報を照らし合わせたレジーナにとっては、ここが真空の世界スバルビルゴである事は疑いようの無い事実だった。
しかし、その一方で実際に目の前にある光景は、レジーナの知識にある真空の世界スバルビルゴの姿とは大きく異なるモノだった。
「まあいいか。そのあたりの調査は今後の課題と言う事にして、今は一旦戻ろう」
『分かりました。では、レジーナ様からお戻りください』
だが、レジーナはそんな疑問を抱きつつも当初の予定通りにすぐに帰還する事を決める。それは、今なお続く嫌な予感を警戒しての判断だった。
それ故に、レジーナは自分から先に戻るようにと促すルウェルの言葉に拒絶の姿勢を示す。
「いや、今度は僕が最後。これは譲れない」
『レジーナ様! それは……いえ、畏まりました。ソルフェリーノ、あなたたちから行きなさい』
レジーナの意思は固いようで、ルウェルも何か言おうとしたがここではレジーナの指示には逆らわないと約束した事を思い出してすぐに口をつぐんだ。
『レジーナ様。すぐにおいで下さいね。必ずですよ』
「うん。分かってるよ。ただ、もしもの時はみんなをお願いね」
三相守護蟲の三人が世界間転移門をくぐり、ルウェルもレジーナを心配しながら世界観手に門をくぐってその後に続く。
ルウェルが完全に世界間転移門へと消えた事を確認したレジーナは、自分の中に存在していた嫌な予感の質が確かに変化した事を感じ取る。その変化は、ルウェルたち孤高の帝国の皆の命の危機が去り、代わりにレジーナ個人の命の危機へと危険の質が変化した事をレジーナに対して教えてくれていた。
取り敢えず最悪の事態を回避出来た事にレジーナは安堵する。しかし同時に、それ程の危険性は感じられないものの依然としてレジーナ個人の命の危機は継続している。
その事から考えても、このまま世界間転移門をくぐっても、無事に孤高の帝国へと戻る事はおそらく出来ないだろうとレジーナには予想出来てしまった。
「うーん、こういう訳か。さて、鬼が出るか蛇が出るか」
第六感に従っての行動で被害を最小限にとどめる為の選択だったとは言え、結果的にルウェルとの約束を破ってしまう事になるのはレジーナにも大きな罪悪感を抱かせた。
だが、このままここで止まっていても事態は好転しない。そう理解しているレジーナは、意を決して世界間転移門へと飛び込むのだった。
◆◇◆◇◆
ルウェルは困惑していた。
自らが崇拝している支配者であるレジーナが、何時まで待っても世界間転移門を出て来ない為だ。
普段はとにかく冷静なルウェルも、この事態には動揺を隠しきれなかった。しかし、幸いにと言うべきか、この場にはルウェルよりも冷静さを欠いた存在がいた。そのおかげでルウェルは逆に落ち着いて判断する心の余裕を得る事が出来ていた。
『おい! どうしてレジーナ様はまだ戻ってこないんだ!』
『落ち着きなさいシアン。君がここで取り乱してもレジーナ様はやって来ないわ』
『……自分、調べて来る』
『マシコットも! レジーナ様でも帰って来られない状況なのよ。君が言っても二次遭難が関の山でしょ』
三相守護蟲の中で比較的落ち着いているのは、まとめ役であるソルフェリーノだけだった。しかし、彼女も完全に落ち着いていると言う訳では無く、その表情には余裕が無い。
『ソルフェリーノ、シアン、マシコット。あなたたちはここで待機です。もし、レジーナ様が戻っていらしたらすぐに対応出来るようにしておきなさい。それから一魅、すぐに世界間転移門の調査を開始しなさい、調査はゴーレムや魔道具などを用いて絶対に生身での調査は行わない事、良いですね?』
『了解だよ、ルウェル君。私に任せればすぐに問題を解決して見せるさ』
落ち着いて状況を見極めたルウェルは、三相守護蟲やこの場に待機していた一魅へとテキパキと指示を出して行く。
その心の中こそレジーナへの心配で埋め尽くされていたが、レジーナが自分を信頼して送ってくれた言葉を裏切る事だけは出来なかった。なので、ルウェルは断腸の思いでレジーナが不在となる孤高の帝国を問題無く運営する為にこの場を後にする。
それが、結果的にレジーナの為になると信じて。
◆◇◆◇◆
レジーナは落ちていた。
いや、沈んでいたと言うのがこの場合は正しいのだろうか?
世界間転移門をくぐったレジーナは、その瞬間に全く未知の空間へと放り出されていた。
純白の空と極彩色の海が広がるその空間では、レジーナはなぜか思ったように身体を動かす事が出来なかった。
当然、そんな状態でそんな空間に投げ出されたレジーナは、通常ならばろくに対応も出来ずに極彩色の海に沈むしかなかっただろう。
しかし、この空間に投げ出された瞬間に、レジーナはかつてない程に強い危機感を、第六感ばかりでなく生来の危機察知能力などのその他全ての危機察知能力が、訴えている事を知覚した。その危機感はこの空間そのものよりも極彩色の海からより強く感じ取れていたので、おそらくこのまま落ちれば自分でもただでは済まないだろうとレジーナは理解した。
幸いな事に身体の動きは緩慢だったが、思考そのものは通常通りに可能だった事で、レジーナは極彩色の海に落ちる直前に迷う事無く自身の切り札の一つを使用する事に踏み切った。
発動したのはアクティブな効果を持つ一つの種族特性。その種族特性の名は”超越する世界”。二十八時間に一度、たったの一分間のみ発動する事が出来るこの能力は、発動している間、超越級アイテムの効果を含むあらゆる効果や能力の影響を無効化すると言う効果を持っていた。
そのおかげかレジーナの身体は普通に動くようになり、極彩色の海に落ちる前の一瞬で、レジーナはこの海の危険性を探る為にあるアイテムをストレージから取り出して海に放り投げた。
アイテムとレジーナが同時に極彩色の海へと落ちる。
レジーナは切り札を切った事が奏功して当然のように何の変化も起きない。しかし、アイテムの方はそうでは無かった。そのアイテムはまるでドライアイスが水の中に入ったかのように、意味不明な文字のようなモノを吐き出しながらどんどん小さくなって行く。文字は海の中に溶けるように消えて行き、あとには何も残らない。その変化は数秒間続き、アイテムの完全消滅と共に収束した。
「うっそ!? 超越金属マホメタルのインゴットがあんなに簡単に消えるの!? この海洒落にならないくらいにやばいんだけど」
超越金属マホメタルとは超越級アイテムの一種だ。ただ、その中でも少し特殊な立ち位置にあるこのアイテムは他の超越級アイテムよりも若干希少性が低い。だからと言って簡単に無駄にして良い程に価値が低くは無いので、このように捨てるような扱いをするのは当然かなり勿体無い。
だが、超越級アイテムの一つを無駄にしたとは言え、この情報はレジーナにとってはそれに匹敵するだけの価値を持っていた。
超越級アイテムはその名の通りあらゆる事象を超越したアイテムだ。それ故に、全ての超越級アイテムには共通して絶対に破壊されないと言う特性が与えられている。それにもかかわらず、あまりにもあっさりと超越級アイテムが消え去った事で、この極彩色の海に対するレジーナの警戒度は最大級へと引き上げられた。
この海に無防備に落ちれば、レジーナであっても耐えられずに消滅してしまうだろう事は容易に想像出来る。
今は超越する世界のおかげで何とかなっているが、このまま海を沈んで行けばいずれはその効果が切れ、レジーナも超越金属マホメタルと同様の運命を辿る事になる。
しかし、現状レジーナには打つ手が無かった。超越する世界発動中の唯一の欠点、それがレジーナもあらゆる能力の影響を周囲に与える事が出来なくなってしまうと言うモノだったからだ。
なす術が無いままどんどん沈んで行くレジーナ。しかし、その一方でレジーナを苛んでいた嫌な予感と危機感は、嘘のように消滅してしまっていた。
第六感などのレジーナの感覚系の能力は、その使用の際に能力を表出させる必要が無いので、問題無く発動している。ゆえに嫌な予感が消えている現状は、レジーナの命の危機が去った事を示していた。
そう言う事情から、レジーナはこの状況をそれほど悲観してはいなかった。
そんなレジーナの前向きな気持ちが引寄せたのか、レジーナの安堵を肯定するかのように、状況の変化はすぐにやって来ていた。
どこまでも続くかに思えた極彩色の海だったが、どんどん沈んでいたレジーナは、勢いのままに極彩色の海の底を突き破ってしまう。
極彩色の海の底には何も存在せず、そのさらに下にはもう一つの極彩色の海が広がっていた。ただ、こちらの海は今まさに底を突き破った極彩色の海とは、その規模が比べ物にならない程に広大だった。
レジーナが上を見上げると、天には今まで沈んでいた極彩色の海の底が見て取れる。
どうやら今まで沈んでいた極彩色の海は、二重構造の上層に当たるらしく、広さが限定的な上層と見た限り無限に広がる下層と言った関係にあるらしい。
上層の海は海だけで空中に浮かんでいるようで、その底も水面のようにたゆたっている。
下層の海へと落下しながら、レジーナは下層の海を行き交ういくつもの船の姿と極彩色の海の所々に点在する黒い半球を目撃する。
どうやら船はその黒い半球の間を行き来している様子で、まるで普通の海に浮かぶ船のように極彩色の海を航行していた。
また、今自分が突き破ったような別の上層海の存在もかなり遠くではあるが確認出来る。そこでも数は少なかったが船が行き来している姿が垣間見えた。だが、下層海と上層海を相互に行き来している船の姿は見つからず、上に戻る手段を探すのには少し苦労しそうだとレジーナはため息をついた。
そのまま落ちて行くレジーナの真下には、黒い半球が堂々と鎮座しており、このまま落ちれば後数秒でそこに辿り着く事になるだろう。
(さて、こうして見る限りだと、船はあの黒い半球を出入りしているみたいだけど、一体どこに繋がっているのやら……)
その行先によっては、孤高の帝国へと戻るのがかなり遅くなりそうだな、と考えながらレジーナは黒い半球へと突っ込んだのだった。
◆◇◆◇◆
「通れない? 世界間転移門がですか?」
ルウェルは現在、孤高の帝国の有力者を交えてのレジーナ救出を目的とした報告会議を開いていた。
参加メンバーはルウェル、三相守護蟲から代表としてソルフェリーノ、八大界王、レジーナの家令クロノス、帝国近衛騎士団総団長ローウェ、開発部門長であり調査の総責任者である一魅の十三人だ。
「ああ、情報送信能力を備えさせた調査用のゴーレムを何体か世界間転移門に送り込んでみたんだが、どうやら世界間転移門の向こうは妙な世界へと変化しているようなんだ」
調査を主導している一魅が、その芳しくない結果を丁寧に説明して行く。
その内容に、ルウェルをはじめとした会議の参加者は一様に眉をひそめた。
曰く、謎の世界は純白の空と極彩色の海で構成されている。そこでは、高度なゴーレム程に動きが緩慢になり、知性を備えたゴーレムはまともに動く事すら出来なかった。さらに、極彩色の海は触れた瞬間にあらゆる物質が例外なく溶けるように消滅すると言う謎の現象を引き起こす。
「以上の理由から、現状ではこの謎の世界をこれ以上調査する事は難しい。おそらくだが、たとえ我々レジーナ様に創造された存在でも、あの極彩色の海に落ちれば消滅するだろう」
一魅が最終的に述べた結論は、この場にいる者たちには納得しかねるモノだった。しかし、だからと言って厳然と存在している事実を認められない程に浅慮な者は、この場には存在しなかった。
「では、その極彩色の海に対する対抗策を発見出来ない限り、わたくしたちには出来る事は無いと言う事ですね?」
「残念ながら、その通りだね」
ルウェルが代表する形で、認めたくない事実を一魅に問いかける。対する一魅の答えは、とても淡白で冷徹なモノだった。
「では、仕方がありません。引き続き一魅には調査を続行して貰います。人員その他で不足があれば好きにして構いませんから、全力で極彩色の海への対抗策を構築して下さい。わたくしと八大界王はその間レジーナ様の不在で滞るであろう政務を出来る限り維持します。三相守護蟲は世界間転移門の警戒を交代で行う事、万が一にも侵入者を許してはなりません」
ルウェルはそれを受けて会議の結論を出す。それに対して文句を言うモノは誰もいなかった。あのクロノスですら今回ばかりは皮肉をルウェルに対して言う事を控えていた。
それだけ、ルウェルや他の者たちが放つ雰囲気が、危険なモノだと言う事を理解していたのだろう。そうでなくとも、クロノス自身が己の無力さを罵倒したくて仕方が無く、ルウェルに構っている余裕など全く無かった。
レジーナ自身は全く認識していないが、レジーナと言う存在が欠けた孤高の帝国の危うさが、少しだけ表に出て来ただけでこうなってしまっているのだ。
それでも、レジーナ不在の孤高の帝国は、なんとか暴発せずにまとまって行動を開始したのだった。
世界間転移門の中に生まれた謎の空間に関する詳細が判明するのはもう少し先の予定ですが、一応補足として説明しておきます。
レジーナたちが通った時点では孤高の帝国の世界間転移門はまだ不安定な状態でした。なので、『UPN』の時代と同様に一瞬で転移が完了し、外の世界に出ることが出来たのですが、ルウェルたちが戻った時点で安定し始め、レジーナが通った時には完全に安定し現在の状態になりました。
レジーナは急げば安定する前に世界間転移門を通って無事に戻ることも可能だったのですが、それでは孤高の帝国に訪れる危機を回避することが出来ないのであえて嫌な予感が変化するまで(世界間転移門が安定するまで)待っていました。
ここから先は若干ネタバレになりますが、この情報を得られたかどうかなど、この世界間転移門に関するあれこれの情報や状況が、レジーナの第六感に大きな影響を与え、その命運を大きく左右することになっていました。
もし、レジーナが何も知らずに配下に調査を指示したままだったとしたら、第一次調査隊は全滅、その後も二次被害を出しつつ事態は後手後手に回り、気づいた時には致命的な状況に陥っていた事でしょう。




