第12話 転移門の開通
世界間転移門の開通予想日である日曜日の午後、レジーナは第一階層世界に存在する世界間転移門の前へと、ルウェルを伴ってやって来ていた。
「レジーナ様、レジーナ様! 観測ではあと十数分で力場が消滅する見込みですよ」
レジーナがやって来た事に気が付き、ここ数日世界間転移門の観測調査を行っていた一魅が、その結果を報告して来た。
それを受けてレジーナも、自身の今後の行動に付いて再検証し、第六感による感覚に変化が無いかを確認する。
改めて問題が無い事を確認し終えると、レジーナの下へと新たな三人の人影が転移して現れる。
「あれ? 三相守護蟲の三人が勢揃いしてどうしたの?」
レジーナはその三人――三相守護蟲がやって来た事に疑問を投げかける。その疑問に答えたのは、レジーナの傍に控えていたルウェルだった。
「もちろん。レジーナ様の護衛の為です。孤高の帝国でも屈指の戦闘能力を誇るこの三人とわたくしがいれば、たとえレジーナ様にどのような危険が迫っても対応できる筈です」
「なるほどね。ありがとうルウェル。これで何があっても安心だね」
口ではそういいつつも、レジーナの第六感が伝えて来る嫌な予感は弱まる事は無い。それがレジーナを不安にさせるが、ルウェルたちを心配させまいと表情を引き締めて顔には出さない。
いまだ正体のわからない脅威に対して、備えを万全にする事は決して間違ってはいない。しかし、どれだけ備えても消えない嫌な予感に、レジーナは不安を募らせていた。
そんなレジーナの不安を笑い飛ばす様に、三相守護蟲の一人がかなり気さくにレジーナへと話しかける。
「まあ、この俺がいれば大抵の事は何とかなっから、レジーナ様もルウェルも安心してくれよ。そんな不安そうにしてっと折角の美人が台無しだぜ? レジーナ様」
まるで男のような口調でレジーナを不器用に励ましているのは、特殊本拠地防衛NPCの一人にして三相守護蟲の一角、シアンだ。
レジーナと同様に蟲系統の魔人である彼女は、199cmの巨体に二対四本の腕を備えている。その内一対の腕は、彼女の正体である蟷螂の特徴を大きく反映した巨大な鎌となっていて、その凶悪な刃をいつでも振るえるように背中側に折りたたまれた状態で待機している。もう一対の逞しい筋肉質な腕は人間のような六本指の手を備え、これまた武器としての大鎌を一本ずつ手にして構えていた。
その肉体は人間と同様で、かなり露出の多いビキニのような濃緑色の鎧を身に纏い、その色白の肌を惜しげも無く晒した扇情的な姿をしている。彼女の名前と同じく水色に近い青緑色の髪からは、蟷螂のような触覚が伸びており、その目も昆虫の様な複眼になっている。それ以外の顔のパーツはほぼ人間と変わりがないので、彼女のかなり癖の強い髪を短く切りそろえている様子は非情に男性的に見えた。もし、彼女のプロポーションが女性的でなかったならば、青年のようにも見えていたかもしれない。
外見年齢は二三歳前後だろうか。その特徴的すぎる蟷螂の腕以外には、それ程人間以外のパーツが混ざっていない彼女は、比較的人間的に見えた。しかし、その正体である蟷螂のモンスターは『UPN』でも屈指の攻撃力を誇ったフィールドボスであり、その鎌によって数多くのカンストプレイヤーを一撃で葬って来た実績のある種族でもあった。
「こらシアン。謁見の時は見逃したけどあんまりレジーナ様に失礼な態度はとらないで。三相守護蟲の品位が疑われるでしょう?」
そんなシアンを窘めたのは、同じく特殊本拠地防衛NPCの一人であり、三相守護蟲のまとめ役的な存在であるソルフェリーノと言う少女だ。
159cmと言う女性としては平均的な身長の彼女だが、その背には巨大な蝶の翅が生えている。一五歳前後に見えるその見た目と合わせて、彼女の印象は妖精を連想させるモノだ。しかしそのまだら模様の複眼が、彼女が蝶の魔人であると言う事実を雄弁に物語っていた。
セミロングの紅紫色の髪に血色の好い白い肌、それにメガネをかけているその顔は、複眼と触覚が無ければ人間の美少女にしか見えなかっただろう。かなり豪華な装飾の施されている紺色のローブを着ているその姿は、彼女が魔法系統のスキルを得意としている事を容易に想像させる。
彼女も翅と顔以外はほぼ人間と同様だが、その正体である蝶のモンスターの凶悪な能力は健在だ。混乱と幻覚の効果のある鱗粉を周囲にばらまく事で、『UPN』ではかなり嫌われていたフィールドボスだった彼女の種族は、戦わなくても近付くだけでその鱗粉の影響を受けてしまう事からかなり忌避された存在だった。当然彼女もその能力を現在も発動していて、レジーナへと危害を加える者にのみその牙を剥くように精密な制御を行っていた。
「…………」
そして、全く口を開かずにシアンに非難の視線を向けているのは、三相守護蟲の最後の一人であるマシコット。
基本的に無口な彼女だけは、常に完全に人化して行動をしている。ただ、顔の下半分を紺色の覆面で覆い隠しているので、その表情を窺う事は非常に難しい。しかし、その露出している目元からでも彼女の美貌は十分に推し量る事が出来る。耳が隠れる程度の長さで切りそろえられた黄色の髪は、その白い肌と相まって彼女の美しさを引き立てていた。
そんな彼女の外見からは年齢を推し量る事は難しい。しかし、確実に二〇は超えているだろう。181cmと長身ながら、この場のメンバーの中では比較的小さい方であるその体のほとんどを紺色の装束で覆い隠したその姿は、忍者や暗殺者と言ったモノを連想させる。
他の二人がそうであるように、彼女の正体も当然の様に魔族だ。ただ、彼女の任務である諜報活動には人間の姿の方が適している為に、彼女は常に人化を解く事は無い。しかし、それで彼女が弱いと言う事には決してならない。彼女の正体である蜂のモンスターは、様々な毒を操る事で恐れられた種族だ。特にその毒針に刺されると、ほぼ即死すると言われるほどに強力な致死毒を注入される事になる。威力だけならばレジーナの扱う毒に匹敵する致死性を発揮するこの毒は、マシコットの切り札であり人化状態でも問題無く扱う事が出来る。それ以外にもマシコットは麻痺や石化、腐食などの効果のある毒を人化状態でも関係無く操る事が出来る。それ故に、彼女は人化していてもほとんどその戦闘能力を低下させる事が無いのだ。
この三人こそが、孤高の帝国においてルウェルに次ぐ戦闘能力を誇る三相守護蟲のメンバーだ。
元々宝物殿前の玉座の間を守護する為に配置されていただけあって、ルウェルと三相守護蟲は連携などもしっかりと取る事が出来る。それ故に、ルウェルはレジーナの護衛と言う最重要の任務を共に務める相手として選んだのだが、どうやらそれ以上にシアンたちと行動を共にする事でレジーナの不安を払拭する事を期待していたのかもしれないと、ルウェルは自分が無意識に考えていた事に気が付いた。
そしてそれは、ルウェルの期待以上の結果で叶えられる事になる。
「まあまあ、ソルフェリーノもそこまで怒らないで。シアンの口調なら気にしないから。それよりそろそろ力場が消えそうだよ。まずは世界間転移門を僕が移動させるからそれを見ていて」
無意識に気を張っていたレジーナは、三相守護蟲の様子に毒気を抜かれていつの間にかいつもの調子を取り戻していた。
ソルフェリーノを楽しそうに宥めたレジーナは、そろそろ消えそうな力場へと意識を向ける。しかし、もうそこには不安の色は無く、必ず上手く行かせて見せると言う確かな自信と確信がレジーナの表情に現れていた。
それでも一応の備えとして、レジーナも『UPN』で愛用していた最強装備を身に着けている。もちろん最強装備と言っても、最も状況対応能力のある万能型の装備と言うだけで、本当にこの装備が最強である訳では無い。
レジーナの服装は、軍服をイメージした長袖の上着に赤いプリーツスカートを合わせたモノだ。靴は足の甲殻と一体となって見えるデザインのブーツ。スカートなのも隠している蜘蛛脚を展開する時に備えての事だ。
これら全てがプレイヤーに製作可能な最高レアリティの装備であり、レジーナがジュンさんと呼んで慕う友人による最高傑作でもあった。
「それでレジーナ様。最後にもう一度確認しますが、本当に外に出て直ぐに戻るだけなのですね?」
もう目前まで迫った世界間転移門の開通に、ルウェルはレジーナへと予定の最終確認をする。
「うん、それが現状では一番第六感での嫌な予感が小さくなるんだ。だから、外に出たらみんなは絶対僕の言う事に従ってね」
「そこまでおっしゃるのでしたら、わたくしたちに不満はありません。レジーナ様の思うように行動して下さい。必ずわたくしたちがレジーナ様をお守りします」
レジーナはそんなルウェルに改めて自分が見つけ出した最適解を説明し、その実現のために協力をお願いする。ルウェルと三相守護蟲は、そんなレジーナを必ず守り抜くとより決意を引き締める。
「レジーナ様、レジーナ様。間も無く力場が消滅します。合図しますので、それと同時に世界間転移門の移動をお願いします」
そこに一魅が世界間転移門を覆っていた力場の消滅が近い事を知らせる。予定では、まず力場の消滅と同時に、レジーナが世界間転移門を宇宙空間へと移動させる事になっている。
これは今後の防衛や世界間転移門の運用を考えての暫定的な措置であり、外の状況によっては元に戻す事も念頭に置いた行動でもあった。それでも、地上にあるよりは宇宙空間にある方が、現在のレジーナたちにとっては使う事にも守る事にも都合がいい。
だからこそ、最初に世界間転移門を宇宙に移動させるのだ。幸い、世界間転移門は階層間転移門を増やした場合と違って、その世界に存在してさえいれば世界そのものから魔力を吸収して稼働し続けるので、一魅による改造も必要無い。
「後数秒です。……3……2……1……今です! レジーナ様」
一魅の合図に合わせて、レジーナは力場の消滅した世界間転移門を宇宙空間へと移動させてその形を階層間転移門と同様に変更する。
その変更は一瞬の内に終了し、世界間転移門は第一階層世界を構成する惑星の衛星軌道へと一旦落ち着いた。
レジーナたちはそこへとすぐに移動し、世界間転移門へと突入する態勢に入る。
「よし、じゃあそろそろ行くよ。みんなも警戒をお願い。一魅はここで世界間転移門を観測してて」
『畏まりました』
『おう!』
『任せて下さい』
『……了解』
『はーい。任されました』
またもや宇宙空間でも声を平気で出しているレジーナに、スキルで思念を送って答えるルウェルたち。
今まで頑なに何者も侵入を許さないとばかりに力場によって近づく者を拒み続けてきた世界間転移門は、その力場の消滅と共にその姿を変貌させて宇宙空間で輝いている。
「よし、じゃあ行こう」
レジーナの言葉を皮切りに、五人は同時に世界間転移門へと足を踏み入れて行く。
その光景を固唾を飲んで見守っている一魅は、世界間転移門に異常がないかを常に監視しながらレジーナたちが無事に帰還する事を祈る。
レジーナと言う雛鳥はついに孤高の帝国と言う卵の殻を破ってその外へと飛び出した。しかし、その先の外の世界にとって、レジーナと言う雛鳥は雛と言うにはあまりにも巨大な存在だった。
それを外の世界が思い知る事になるのはそう遠い事では無い。しかし、レジーナ自身がそれを認識するのにはもう少し時間が必要だった。
いずれにしても、閉ざされていた二つの世界群は一つに繋がり、自由に行き来する事が可能となった。それによって発生する様々な影響が、この二つの世界群にどのように働いて行くかなど、この時点では神を含めて誰にも知る由は無かった。




