第11話 世界間転移門開通前夜
孤高の帝国には七つの階層間転移門が設置されている。階層間転移門は各階層世界を結ぶ二つ一組の転移門の事を指すので、門自体の数は十四なのだが階層間転移門として数える場合は七となる。
階層間転移門のデザインは、世界間転移門とほぼ同一であり、その色合いは世界間転移門が全体的に金色であるのに対して階層間転移門は銀色がメインとなっている。
凱旋門に似たそれらの門のデザインは、転移の要となる宝珠が門の上部中央に埋め込まれており、その力によって門の出入口部分にまるで水面のような水色の膜が貼っている。その膜の向こう側を窺う事は出来ないが、その膜を通過する事で各階層間を自在に転移する事が可能なのだ。
さて、それらの階層間転移門は基本的にプレイヤーが通る事を前提に、その大きさが設定されている。それ故に、各階層間転移門の大きさは車が数台横に並んで通れる程度の幅しか開いていない。この程度の広さでは、とても大きな船が通る事など不可能だった。
つまり何が言いたいのかと言うと、各階層間転移門は航宙船が通れないのだ。
その問題を解決する為にレジーナは、ようやく訪れたレジーナとして生まれ変わってから初めての日曜日を利用して、各階層間転移門の大型化を行う事にした。
元々、各階層間転移門の周囲は大きめの広場になっているので、スペースには問題は無い。ただ、一つ下の世界へと繋がる階層間転移門の片割れの設置場所は様々な隠蔽が施されているので、それに影響を与えないように気を付けなければならないが。
階層間転移門は『UPN』ではプレイヤーはその配置場所以外を変更する事が出来なかった。しかし今は、この世界が現実化した際に管理機能の一部が運営の手を離れた影響からか、孤高の帝国の管理機能の一つに階層間転移門の改変が加わっていて、その形や大きさをある程度任意に変更する事が可能となっていた。
政務の合間に孤高の帝国の管理機能の確認を行っていたレジーナは、その事に偶然気が付いた。元々航宙船を各階層世界間の移動が可能となるように、方法を模索していたレジーナにとって、この気付きは正に天啓のようなモノだったと言えるだろう。
休日と言う事で予定の無いレジーナは、レジーナと休日を過ごす為に予定を開けていたルウェルと、こちらは仕事中ではあるがレジーナの行う事が仕事と関係ある為に付いて来た一魅を伴って、第八階層世界に存在する階層間転移門へとやって来ていた。
一魅と言うのは特殊本拠地防衛NPCの一員にして統轄二十八大長の一人、孤高の帝国の開発部門長を務める技術系の責任者の一人だ。マッドエンジニアである彼女は、階層間転移門の改変と言う自分の仕事に係わりある作業の情報をどこからともなく聞きつけて、その技術的好奇心から半ば強引について来たのだ。
「それで、どういう風に改変すればいいと思う?」
実際に改変が実行可能かどうかを確認したレジーナは、問題無くそれが可能と判断してルウェルに具体的な改変の方向性について相談する。
別にレジーナが決めても問題無いのだけれど、階層間転移門を実際に運用する配下たちの事をより理解しているのはルウェルだ。だからこそレジーナもその意見をしっかりと取り入れる。
「はい。出来れば階層間転移門は宇宙に一つと地上に一つ欲しいところです。地上にあるモノは現状のままでよいので、可能であれば宇宙にももう一つ階層間転移門を設置していただきたいですね。それで航宙船の移動は問題無く可能となる筈です」
「なるほどね。ふんふん。ああ、階層間転移門を増やす事は可能みたいだけど、その分今よりもエネルギーが必要みたいだ。地上に設置するだけなら、その惑星が発している地脈の魔力で動き続けるみたいだけど、宇宙に設置するならどこからか魔力を補給しないといけないみたいだね」
ルウェルの述べた希望に沿った状態が可能かどうかを確認したレジーナは、その改変に必要な改善点を指摘する。
「なるほど、それならば、現状は特に利用する事も無くたまる一方となっているプレアデスの余剰エネルギーを回しては如何でしょうか?」
そのレジーナの指摘に対して、すぐにルウェルが一つの解決策を提示する。すると、それに対してこの場にいたもう一人の人物である一魅が口を開いた。
「レジーナ様、レジーナ様。それならいい技術がありますよ。私の所で開発した転移魔法を応用した遠距離魔力伝達技術をちょっと改造すれば、プレアデスにたまっているエネルギーを各階層間転移門に送る事が出来ます」
一魅は自分が開発した技術をレジーナの役に立てるべく、目を妖しく輝かせながらその有用性を主張する。
「なるほどね。僕の方の作業はすぐに終わるから、それが終わったら新しい階層間転移門にエネルギーを送れるように改造をお願い出来る?」
「もちろんですともレジーナ様。この私にかかれば一時間とかからずに階層間転移門を稼働可能にしてご覧に入れますよ」
「一魅、あまり調子に乗らないで下さいね。あなたが暴走すると大抵よくない事が起こりますから」
「むう、失礼だねルウェル君。この私程の天才技術者は孤高の帝国どころか全ての世界を含めてもいないと言うのに」
一魅の提案を即座に取り入れたレジーナは、さっそく試しに新しい階層間転移門を創り出す。と言っても、本拠地世界の管理ウインドウに追加されていた階層間転移門の位置以外の改変項目を弄って行くだけの作業だ。
相変わらずデザインの自由な変更は出来ないが、宇宙に設置すると言う事で門の形を凱旋門風から巨大なリング型に変更する事にした。そのリングにも宝珠はしっかりと付いているので、どこか指輪のような印象を与える外観に見える。
それを一魅に任せたのだが、ルウェルの注意をあっさりと聞き流す一魅の様子に、一瞬階層間転移門が爆発する光景を幻視したレジーナだった。だが、すぐにそんな事は起こらないと首を振って一魅の事を信用する事にする。
これならば航宙船も問題無く通れるだろう。後はこの作業を他の階層世界でも行うだけだ。
「ほら、僕の方はもう終わったよ。一魅、改造の方はよろしくね」
「はい。お任せください。レジーナ様」
階層間転移門の改変作業を一つ終えたレジーナは、新しく創った階層間転移門の点検と改造を一魅に一任し、ルウェルを伴って残りの階層へと移動するのだった。
◆◇◆◇◆
各階層世界の宇宙に設置された新しい階層間転移門は、一魅の努力により無事に稼働が開始された。
それに伴い配下たちによる各階層世界の恒星系の調査が随時始まり、その報告が続々と齎され始めていた。
その結果、恒星系を構成する各惑星や小惑星には、なぜか『UPN』固有の鉱物などの素材が存在せず、元の地球の有る世界に普通に存在していた物質などしか見つからないと言う事実などが判明し始めていた。元々の各階層世界に存在していた惑星型世界を原型とした惑星には『UPN』固有の素材も当たり前のように存在しているのだが、それ以外の元々は背景でしかなかった場所に存在している惑星などからは、何故か『UPN』固有の素材が見つからないのだ。
航宙船には恒星系内を高速で移動する事は出来ても、恒星間を航行出来るような能力は流石に無い。なので、このまま調査が進んでも、その到達限界はすぐに訪れるだろう。各恒星系には、観測上すぐに居住可能な惑星も存在せず、テラフォーミングの技術も当然ながら孤高の帝国には無い。
魔法的な技術による建造とは言え、ダイソンスフィアが建造可能だと言うのに、そう言った事が出来ないと言う事実は、技術的に言ってかなり歪としか言いようがないだろう。
「――以上が各階層世界での恒星系内の調査結果になります」
「うん。ありがとうルウェル」
階層間転移門を宇宙空間にも設置してから今日で一週間弱。レジーナはそんな数々の報告を受けながら、明日にでも通れるようになると言う世界間転移門について考えを巡らせていた。
レジーナにはその数々の種族特性の中に、第六感と言う種族特性を持っている。これは『UPN』では危険察知系能力の中でも特殊な危険を察知する事に秀でた能力として分類され、簡単な罠などは察知出来ない割に他の能力では察知出来ないタイプの危険を唯一察知出来ると言う変わった性能をした能力だった。
それが現実となった事でその性能が変化し、レジーナの行動によって発生するレジーナやその周囲の者への命の危機を、レジーナは嫌な予感と言う形で感じ取る事が可能となっていた。
その第六感は今まで全くと言っていい程に反応していなかった。しかし、今回世界間転移門が近々通行可能となる事が分かった際に、レジーナが向こう側の調査を配下たちに指示すると、とてつもない程に大きな嫌な予感がレジーナを襲ったのだ。
その予感はレジーナが指示を撤回しても収まる事が無く、それ以後レジーナは世界間転移門についての様々な対応案を脳内でシミュレートしては嫌な予感の増減を確認する作業を強いられていた。
これによって判明した第六感のもう一つの効果が、レジーナが未来の行動の選択肢を脳内で変更すると、それによって起こりうる未来での命の危険を嫌な予感として感じ取る量が変化すると言うモノだった。
それに気が付いたレジーナは、少しでも嫌な予感が少なくなる選択肢を探し求めて様々な行動をシミュレートする事を繰り返さざるを得なかった。なぜならレジーナが感じていた嫌な予感は孤高の帝国全体を揺るがす程に大きかったからだ。
ただ、不思議とその大きな嫌な予感で感じる命の危機は、レジーナ自身を含んではいなかった。それが余計にレジーナの焦りを加速させる。何かが起こって孤高の帝国が滅び、自分だけが生き残る。そんな未来は絶対に嫌だった。
だからこそ、レジーナは行動の選択肢を自分が危険に晒されるようなモノへと変化させていく。
そしてついにレジーナは、嫌な予感がレジーナ一人分の命の危機に収まる程度の選択肢を見つけ出す事に成功した。
それを見つける事が出来た事で、レジーナはほっと一息つく。第六感はあくまで危険察知系の能力だ。だからこそ、未来予知と違って察知した危険を自身の行動によっていくらでも避ける事が出来る。
それがレジーナ一人の範囲で収まる程度の危機であるならば、あとはレジーナ自身が頑張ればいいだけだ。
ただ、その行動には幾つかクリアするべき問題があった。その問題を片づけるべく、レジーナは一通り報告を終えたルウェルへと話を切り出す。
「ねえ、ルウェル。明日には世界間転移門が通れるようになるよね?」
「はい。その通りです。一魅の予測では、午後一時頃には通れるようになるそうです」
レジーナが恐る恐る切り出した話題に、ルウェルは特に疑問を挟む事無く答える。
それに対してレジーナは、話をどう持っていくかを考えながら慎重に言葉を選んでいく。
「その際の向こう側の調査の指示をこの前撤回したけど、その理由は話したよね」
「ええ、把握しています。レジーナ様のお力で孤高の帝国の危機を察知したのならば、それに従う事に否はありません」
ルウェルもそんなレジーナの様子に気が付き、レジーナの言葉にならばたとえどのような指示にでも従うと言う意思を含めた返事を返す。
ルウェルのそんな気遣いに感謝して、レジーナは意を決して自分が見つけた最適解をルウェルへと説明した。
「それは……、いえ、レジーナ様がそれが最適だとおっしゃるならば、それに従いましょう。ただし、わたくしもレジーナ様の安全を少しでも高めるべく最善を尽くします。それだけは譲れません」
レジーナの説明を聞いて、やはり納得しかねる様子だったルウェルだが、レジーナの意思が固いと悟ると方針を転換し、少しでも自らの努力でレジーナの危険を排除する決意を固める。
レジーナもルウェルのその気持ちは嬉しく、また、レジーナの第六感にも影響が無かったので問題無く受け入れる。
「それでは、わたくしは明日の準備をしてまいります。……レジーナ様、どうかご無事で。レジーナ様にもしもの事があれば、きっと、わたくしたちは……」
ルウェルがなんとか自分の考えに納得してくれた事で安心していたレジーナは、だからこそルウェルが去り際に本当に小さな声で呟いた内容を聞き逃してしまう。
それは致命的でこそなかったが、孤高の帝国と言う名の化け物の持つ潜在的な危険性を、レジーナが早期に認識するチャンスを失ってしまった瞬間でもあった。
とは言え、レジーナが孤高の帝国と言う殻を突き破り、再誕した『UPN』の世界へと孵化する瞬間が、いよいよ目前にまで迫っている事に間違いは無く、それによって交わり合う二つの世界群がどのような影響を与え合うかなど、たとえこの世界の神であったとしても知りえる事は出来なかっただろう。




