第10話 視察と一週間の政務
八大界王との会食を終えたレジーナは、その足で孤高の帝国の各階層世界を実際に見て回っていた。
翌日からは予定に追われる事になるので、今の内にある程度だけでも各世界の現実化による影響を直接目で見て確認しておきたかったのだ。
ただ、ルウェルは流石に政務が溜まっている為に、これ以上レジーナに付きあう事が出来なかった。
なので、今は侍女長メイドのミーデスが代わりにレジーナに付き従ってくれている。
現状、この孤高の帝国を構成する各世界は、第七階層世界がそうであったように階層世界を構成している惑星自体がその存在が矛盾なく可能なサイズへと変化していたり、宇宙そのものが銀河系ごと背景から本物へと変化していたりと確認するべき事は多々ある。
第一階層世界から順に確認して行くと、全ての階層世界が第七階層世界と同様に個別の銀河系を持った宇宙へとその規模を大きく拡大させていると言う事実が確定した。
一応、各階層世界が同一の銀河の別々の恒星系に存在している可能性も考慮して確認を行ったのだが、観測した限り各世界に存在する銀河の形そのものが違う事が判明し、同一の銀河である可能性は否定された。
流石に同一の宇宙の違う銀河に各階層世界が存在している可能性については、レジーナの知覚能力をもってしても判断が出来なかった。
また、元々各階層世界を構成していた惑星は、その大きさや恒星までの距離などがそれぞれの環境に適したモノへと変化しているようだった。ただし、これに関してはレジーナの知識では完全にそうであると断言出来る訳では無く、その変化自体も科学的に正しい変化なのか魔法的な法則に対して正しい変化なのかの判断が付かない微妙な変化であった為に、おそらく専門家を連れて来ても正確な判断は不可能だっただろう。
各階層世界の大まかな観測によって、その現状の確認を終えたレジーナは、残りの時間を虚空帝宮城塞プレアデスの視察に当てる事にした。
恒星系を覆う程に巨大な建造物であるプレアデスは、レジーナも把握していない設定上にのみ存在していて実際には創られていなかった施設と言うモノがかなり大量にあった。
レジーナの寝室などを代表とした帝宮区画を始め、重要施設が集約されている中枢区画、様々なSF的なモノ――宇宙船など――を建造している事になっていた工廠区画、家畜や野菜などの天然物の食料を生産している農業区画、それとは別に食料を科学、魔法的に培養、量産している培養区画、国民モンスターの生活する都市区画など、レジーナも知らないような様々な施設の設定が存在していたのだ。
しかし、『UPN』の時代に実際に創られたのは、防衛用の迷路のような通路と各種防衛施設、そして最奥の宝物殿と一部の重要施設のみだった。
だが、各階層世界が現実となった現在、それら設定上にしか存在しなかった施設は、しっかりと設定通りの施設として存在しており、それらはNPCや元はPOPモンスターである国民モンスターたちによって管理運用されていた。
『UPN』が現実となったこの世界で、孤高の帝国を守り発展させていく事はレジーナにとってかなり重要度の高い行動指針だ。
孤高の帝国にずっと籠っていられるのならば、それほど急ぐ必要は無いのかもしれない。
しかし、八大界王との会食後、レジーナの下へとある報告が齎された。その内容は、第一階層世界に存在する孤高の帝国と『UPN』の世界とを繋ぐ世界間転移門、その通行を妨げていた謎の力場が、時間と共に徐々に弱くなっていると言うモノだった。
力場が無くなれば、おそらく外の世界と孤高の帝国との行き来は問題無く行えるようになる可能性が高い。当然そうなれば、外からの侵略に対する備えが必要になって来る。
『UPN』では一度を除いて大きな問題も無く《世界超越珠》と孤高の帝国を守っていたレジーナだが、だからと言って油断する気は全く無かった。
なにより、今の自分には力を貸してくれていた友人たちとの繋がりが全て断たれてしまっている。
そんな状況で頼れるのは、自分自身の力と自我を持った事でとても頼もしくなったNPCたち、そして、孤高の帝国そのものの持つ技術や国力などの力のみなのだ。
それを、レジーナ自身が正確に把握しなければ、出来る事も出来なくなってしまう。
だからこそレジーナは、こうして今の内に孤高の帝国の現状を出来るだけ正確かつ的確に把握しようと努めているのだ。
そんな決意と共にレジーナは、まず重要施設が集中すると言う設定の中枢区画へとやって来ていた。
「といっても、ここって設定しか知らなかったから、具体的に何があるのかを知らないんだよね」
中枢区画の通路を進む自走移動籠の中で座りながら、レジーナはそんな疑問を口にする。
ここは帝宮区画よりもかなり広いので、移動は徒歩では無く自走機能の付いたゴンドラのような感じの乗物に乗って行う。これは行き先を入力すれば全自動で目的地まで移動してくれる優れもので、途中で最短距離となるように適宜転移装置も利用して素早く目的地へと辿り着く事が出来る。
「この中枢区画には、プレアデスの管理中枢である中央管制室を始めとして、プレアデスの管理頭脳である魔導演算装置の本体や帝国魔法書大図書館、統合情報記憶室、防衛結界発生魔法陣、希少素材錬成炉、プレアデス中央宇宙港などが存在しています」
レジーナを案内していた侍女長メイドのミーデスは、レジーナの疑問に明瞭な答えを返す。
普段はレジーナの身の回りの世話をする事が仕事の彼女だが、こうしてレジーナを案内すると言う名誉ある役割に抜擢されて、いつも以上に張り切っているようだ。
視察とは言っても、そこまで仰々しいモノでは無く、ちょっとその場所まで言って見学する程度の事だ。時間はそこまでかからないし、むしろ移動の方に時間がかかる。
レジーナは種族特性のおかげで眠る必要も無いが、付き従っているミーデスには最低限とは言え睡眠が必要だ。彼女の張りきりようを見れば、たとえ無理をしてでもレジーナを案内してしまいそうだが、そこまでさせるつもりはレジーナには無かった。
なので、レジーナは出来るだけ急いでプレアデスの中を見て回った。
しかし、流石に一日で見て回れるほどプレアデスは小さな建造物では無く、結局、優先度の高い中枢区画と工廠区画を見て回った所で時間切れとなってしまったのだった。
レジーナが見て回れた施設に関しては、その要点だけは把握出来たと言えるが、それでも完全に各施設について理解出来ているとは言い難い。
本来ならば各施設を管理するNPCたちに話を聞ければよかったのだが、今はそんな時間的余裕が無く、断念せざるを得なかった。
それでも、この行為は決して無駄では無いとレジーナは思っていた。
「ではレジーナ様、おやすみなさいませ」
ミーデスを伴って自室へと戻ったレジーナは、ミーデスを休ませる為にも自分が率先して眠る事にした。
この異形の体になって睡眠は必要なくなったが、決して出来なくなった訳ではないし、眠ればある程度精神的にリフレッシュ出来るのも変わらない。
支配者であるレジーナが眠らないからと言って、配下たちにまでそんな事を強要したくなかったレジーナは、自分も眠る事でそれを避けようと考えたのだ。
まあ、そんなレジーナの心配をよそに、NPCを筆頭とした配下たちは睡眠が不要となるアイテムなどを適宜使用したりしていたので、レジーナが心配するような無理をして健康を害すると言う事態は起こりえなかったのだが。
それでも、今後レジーナが健康的な生活習慣を心がけた事で、配下たちのそう言った行為も頻度が下がったので、まるで無意味と言う訳では無かった。
そんな事は全く知らないレジーナは、ふかふかのベッドでの睡眠と言う行為にうっかり夢中になりかけて、たまに寝坊しそうになっていたのは、ご愛嬌と言ったところだろう。
◆◇◆◇◆
レジーナがこの新たな世界で目覚めた翌日。
レジーナの朝は爽やかな目覚めから始まる。元々眠る必要のないレジーナは、油断したりしなければ眠る前に起きようと思った時間きっかりに起きる事が出来る。
そんなレジーナの能力を前提にしたスケジュールは、朝の五時から既に予定されたモノとなっていた。
「おはようございます。レジーナ様。早速本日のご予定を説明させて頂きます」
レジーナの目覚めと共に寝室を訪れたクロノスは、ミーデスたち侍女メイド隊に着替えを手伝われているレジーナに、今日の予定を説明して行く。
それを把握したレジーナは寝間着に化粧着を羽織った姿で寝室を後にする。
昨日と同じように大浴場へとやって来たレジーナは、裸になると昨日とは違いメイドたちを伴いながら湯船へと浸かる。
ルウェルがしてくれたように、ミーデスを筆頭としたメイド隊がレジーナの全身を揉みほぐし、手足の甲殻を優しく磨く。
その後、湯上りのメンテナンスを終えたレジーナは、動きやすい服装に着替えると朝食の前に一つ目の予定を熟す。
近未来の執務室とも言うべき部屋にやって来たレジーナの最初の仕事は、言ってみれば書類決済だ。違うのは、全く紙を使用しないと言う事だろうか。レジーナが座り心地のよさそうな椅子に腰かけ執務机につくと、クロノスが何かを操作しメニューウインドウのようなウインドウが大きな机の上に幾重にも展開され、その処理を待っている状態になる。
その内容を熟読し、問題が無いようならそれぞれにレジーナの魔力を込めたサインを施して承認する。問題があれば却下してその提出元に送り返す処理をする。
大抵はルウェルが事前にレジーナの判断が必要なモノのみを選別してくれているので、レジーナが却下するようなことは稀だ。
しかし、それでも量が量なので、それなりに時間がかかる。
(うへぇ、これ全部読むの? 絶対今日中じゃ終わらないよ)
そんなレジーナの感想とは裏腹に、人間だった頃なら全て読むだけでも一日では終わらないだろう量のウインドウを全て処理し終えたのは、レジーナが作業を始めてからたった一時間後の事だった。
レジーナの人外の能力は、こういった方面でも発揮されるモノだったらしい。
「お疲れ様です。レジーナ様。次の予定は朝食後になります」
大広間では無く執務室近くの休憩部屋で朝食を楽しんで気分を回復したレジーナは、次の予定に向かうべく一旦着替える為に移動する。
衣裳部屋でフォーマルな衣装に着替えたレジーナは、クロノスを伴って孤高の帝国を運営する各種の会議へと顔を出す。
と言っても、会議には本当に顔を出すだけだ。ルウェルや八大界王を筆頭に、NPCや国民モンスターも交えた会議の様子を、特に意見する訳でも無く眺めるのがレジーナの仕事なようだ。最後に会議で決まった内容を承認する事が唯一の存在意義とも言える。
基本的に孤高の帝国におけるレジーナの権力は絶対的なモノだ。だが、だからこそレジーナがみだりに権力を振るう事は無い。
孤高の帝国が現実になる前ならレジーナは気軽に様々な改変を各世界に対して行う事が出来た。しかし、こうして実際に孤高の帝国が現実のモノとなり、そこに実際に生活するモンスターたちが孤高の帝国をより良くしようと努力する姿を見てしまっては、とてもゲームの時のように好き勝手に振る舞う事など出来なかった。
幸い、現実となった孤高の帝国にはレジーナをトップとしつつもレジーナの意思決定に依存しすぎない政治システムが構築されていたので、レジーナが専横を働かなければ不幸な事にはならないだろう。
正午まで様々な会議に出席したレジーナは、手早くそれでいてしっかりと昼食を堪能する。
レジーナの午後からの予定は主に謁見だ。執務室で様々な報告を受ける簡易謁見がほとんどだが、偶に玉座の間を用いる正式な謁見が必要になる場合もある。
日によってはこれがいずれかの世界への視察などに変わる場合もあるが、基本的に誰かと会ったりどこかへと顔を出したりと言った行為である事に変わりは無く、レジーナは出来るだけ自分の威厳を保つ為にも優雅に振る舞う事を自らに強いていた。
夕食も晩餐会と言う形で必ず誰かが同席するので、レジーナにはなかなか気の休まる瞬間は訪れなかった。
慣れない政務に四苦八苦しつつも何とか五日程の政務を熟したレジーナは、ようやく休日を得る事が出来たのだった。
ちなみに、孤高の帝国は元が地球のゲームである『UPN』だった影響からか、日時を地球と同様に一年三六五日、一日二四時間で表現している。当然一週間も同様で、土日は休日に当てられている。
さらに言えば、どうもそのあたりの認識が現実化の際にうまい具合に辻褄が合わさっているらしく、レジーナが『UPN』にログインして遊んでいた日時は全て土日だったと言う事になっているらしかった。なので、レジーナが気絶したのは日曜日であり、その後この世界に付いて調べていたのが月曜日と言う事になる。その翌日から五日間政務に励んだので、今日はそれから一週間後の日曜日と言う事になる訳だ。
この一週間でレジーナも政務を通じてこの世界と孤高の帝国についてかなりの部分を把握する事が出来た。
それは同時に、レジーナがこの本拠地世界の外へと出る時が近づいていると言う事でもあった。
なぜなら、丁度この一週間後の日曜日の午後には本拠地世界の外へと通じる世界間転移門を覆っていた謎の力場が完全に消滅してしまうからだ。
しかし、それによって齎される事態が、レジーナと孤高の帝国の運命にとって重要な分岐点となる事を知る者は、この時の孤高の帝国には一人もいないのだった。




