第01話 とあるゲームの再誕
なろうでは初めまして。拘束 師と申します。
何番煎じになるのか分かりませんが、ゲームキャラ転生モノです。
お楽しみいただければ幸いです。
西暦二〇七八年。人類の生活圏はついに宇宙空間にまで進出を果たし、月面には大規模な都市が建造されていた。それに伴い月面都市の独立運動などの新たな社会問題が発生する中、地球の国家間でも軌道エレベータや宇宙資源の占有権を巡った対立が深まり、人類社会はそれらの火種との付き合い方を模索しながらも何とか平和を維持していた。
かつてインターネットと呼ばれていたネットワークも進化を遂げ、大規模仮想空間メタコスモスネットワーク――通称コスモス――と呼ばれる没入体感型仮想現実ネットワークへと代替わりを果たしていた。
没入体感型仮想現実とは、疑似的に五感を再現する事で仮想世界の中に入り込んでしまったかのように錯覚させる技術である。また、それを用いて作られた仮想空間を利用した各種サービスも多数存在する。そして、コスモスとは、ネット上に遍在するそれらのサービスをシームレスに連携、接続が可能となるように設計された超巨大仮想現実世界の事でもある。
そんなコスモスに人々は自ら飛び込んだり、または代役のAIアバターを送り込んだりする事で、コスモス内の情報を検索したり様々なサービスを利用したりする事が出来る。
また、コスモスでは人種、性別、国籍、言語と言ったあらゆる垣根が取り払われるような努力が随所に施されており、利用者の分身たるアバターには人間は存在せず、全て動物や架空の生物、道具、建物などの様々なモノが、人のように二足歩行するキャラクターと化した姿が採用されている。また、あらゆる言語が瞬時に翻訳され、利用者の声すらも自在に改変出来る為に、世界中の人間と気軽かつ容易にコミュニケーションを取る事が出来た。
それ故に、国家間の緊張は高まりつつあったが、世界の人々の距離と相互理解は確実に進みつつあった。
そんなコスモスにはもう一つ、画期的な機能が搭載されていた。それは、限定的ながらコスモス内での体感時間を最大で二五六倍にまで引き延ばす事を可能とする機能。それには専用のコスモス内空間が必要だったが、これによって人類社会は大きくその形態を変化させる事となった。
特に大きな影響を受けたのは、学校などの教育機関とデータ処理などの一部の労働環境だろう。
脳への負担などの観点から、一日に引き伸ばす事の出来る限界時間が最長でも二時間までと言う制約こそあったものの、修学や就労に利用できる時間が一気に二五六倍にもなれば、そのありようが変わるのは当然と言えた。
しかし、流石に全ての時間拡張可能時間を修学や就労に利用するのは、非人道的であると言う世論が高まり、この技術が普及してから一年後には、合計で二時間ある時間拡張利用時間の内、最低一時間は個人の自由利用時間とすると言う国際条約が各国で締結される事になる。
こうしてコスモスは、現実社会から地続きの『もう一つの現実』として現代社会に受け入れられて行ったのだった。
◆◇◆◇◆
コスモスの中には様々な街がある。それらコスモス内におけるサービスの種類によって分類された街々は、それぞれに独自の雰囲気を纏った特異な空間を形成していた。
そんな中でも特に異色の雰囲気を醸し出す街がある。
そこは、俗に『異界口』と呼ばれ、その名の通り人々を現実とは異なる異界へと招き入れる様々な入口が口を開けている街だった。
そんな風に言ってしまうと、とても恐ろしい街のように聞こえてしまうが、そんな感情もこの街のもう一つの名前を聞けばあっさりと霧散してしまうだろう。
この街のもう一つの名前、それは『ゲーム街』。そう、この街の正体は、コスモスゲーム――古い言い方をするならばネットゲームの世界への入口が軒を連ねている街なのだ。
そんなこの街には、世界中から人々がファストトラベル機能を利用してやって来る。そして、お気に入りのゲームを見つけると自分のコスモスダイブマシンへとゲームをインストールしてゲームの世界へと旅立っていくのだ。
かつては妄想の産物であったゲームの世界に実際に入り込むと言う行為は、この時代においては当たり前の事となっている。
大好きな物語世界の登場人物となったり、巨大ロボットや恒星間宇宙船などの実在しない技術を疑似体験したり、もしくはアーティストが創造したこの世ならざる不思議な世界を観光したり、魔法や超能力を本当に使える世界で生活をして見たり、現実では危険すぎて実行できない行為を安全が保障された状態で体験する事も出来る。
もはや、これらのゲームはゲームと言う言葉ではくくりきれない程に、幅広い体験を利用者に提供するようになっていた。
だが、逆にそんな環境の中で、ソーシャルゲームやMMORPGなどのネットゲーム、コンシューマーゲーム、携帯ゲーム機などのかつて一世を風靡し、ゲームと言えばこう言うモノとイメージされるようなゲームはほとんどその姿を消しつつあった。
しかし、その流れに抗い続けている一つのゲームがあった。
――TIVRMMORPG『The Universe of Perfect Number』。
――通称『UPN』。
一三年前にサービスが開始されたこのゲームは、現実とほとんど区別がつかないようなリアルな――いいや、現実にも存在しないような幻想的である意味非現実的な光景が広がる仮想現実空間を主体とした圧倒的に広大なフィールドと、現実と全く遜色ないどころか現実よりも便利であると絶賛される程に高いプレイヤーの行動に対する自由度を売りにしたゲームだった。
そんな広大な世界を冒険するプレイヤーの分身たるキャラクターには、バリエーションの豊富な種族が選択出来る。人間を始めとしたエルフやドワーフなどの人族はもちろんの事、普通は敵として現れるモンスターなどを主体とした魔族を含めて、その選択可能種族は、進化後の上位種族も含めると軽く千を超える。
キャラクター育成の基礎となる位階の数も種族に負けず劣らずの数を誇る。
そして、実際にキャラクターの行動の要となるスキルに関しては、もはや膨大と言う他無い数が用意されていた。
しかも、このゲームではスキルに関して位階による習得制限やキャラクター当たりの習得数制限を最初から設けてはいなかった。つまり、やろうと思えば全てのスキルを一人のキャラクターに習得させる事が出来るのだ。もちろん、それには途方もない程に時間と労力がかかるだろう。しかし、決して不可能では無いのだ。
キャラクターの見た目に関しても、その自由度の高さは発揮されている。
『UPN』のキャラクタークリエイトに使われているツールは、それだけで販売してもお金が取れるのではないかと言える程に、まるで3Dモデリングソフトのような高い自由度と初心者でも扱いやすいユーザビリティが両立した素晴らしいモノだった。
それによって、プレイヤーは選択した種族に応じた様々なキャラクターモデルを、3D初心者でも自在に作り上げる事が可能となっているのだ。
当然、それだけの自由度を誇るゲームだけあって、生産系の自由度も充実している。
ゲーム内に存在するほとんど全てのアイテムが自作可能である事は言うに及ばず、やろうと思えば完全にオリジナルのアイテムや武具、果ては建造物すら創る事が可能だった。
そんなゲームの舞台となるのは、現代の地球に魔法やモンスターなどのファンタジー要素が合わさった現代ファンタジー風の世界。
プレイスタイルも自由自在。モンスターを狩って冒険したり、気ままに作物を育てて農業に励んだり、様々な商品を仕入れて販売する商人となったり、ただ普通に生活したりだって出来る。
流行や需要と供給のバランスなどの運の要素も当然のようにあっただろうが、そんな内容が話題を呼び、このゲームはMMORPG絶滅寸前のこの時代にあって、世界的な支持を得る事に成功したのだった。
そんな『UPN』の世界に実際に飛び込んだプレイヤーを待ち受けるのは、それぞれが地球一個分ほどに広い面積を持った合計二十八種類の世界
火の世界群
灼熱の世界テテリザイク
業火の世界マホメザイク
死者の世界ヌルコザイク
流星の世界トホリザイク
火山の世界テリコザイク
文明の世界タスキザイク
雷光の世界ミテカザイク
風の世界群
大空の世界テークビルゴ
雲霞の世界タトルビルゴ
風車の世界コケービルゴ
真空の世界スバルビルゴ
嵐天の世界アメリビルゴ
竜巻の世界トロキビルゴ
微風の世界ラスキビルゴ
水の世界群
大河の世界スーノヴァル
大海の世界エミルヴァル
氷雪の世界ティモヴァル
凍土の世界シーボヴァル
深海の世界ネルゴヴァル
湖畔の世界エシトヴァル
豪雨の世界ミブスヴァル
地の世界群
高山の世界ヒキトベレブ
草原の世界イネミベレブ
樹海の世界ウルキベレブ
砂漠の世界テミテベレブ
猛毒の世界ミヤメベレブ
荒野の世界ヘツイベレブ
地下の世界マーメベレブ
まず、これらの世界を探索し、チュートリアルクエストを熟しながらこのゲームでの目的を探すのがプレイヤーの目標になる。
そして、これらの世界には、それぞれにプレイヤーを試す大いなる謎がいくつも隠されている。それらを始めて解いたプレイヤーには、このゲームにおいて唯一プレイヤーが作り出す事が出来ない究極のレアリティのアイテム――超越級アイテムが与えられる事になる。
各種たった一つずつ、全四九六種類のみが存在するこれらのアイテムは、世界の謎を解き明かしたプレイヤーのみが入手する事が出来る。それ以外の方法で入手するには、既に超越級アイテムを入手しているプレイヤーから譲り受けるか奪うしかない。
一昔前ならば批判の的となってしまうようなこのシステムは、しかし、この時代にあっては絶大な支持を得る事に成功していた。
その理由は定かではないが、とにかくこのシステムは多くのプレイヤーに受け入れられ、一部のプレイヤーにとってはこの超越級アイテムの入手と奪い合いこそがこのゲームのエンドコンテンツとなって行った。
そんな超越級アイテムの中にあって、さらに隔絶した効果と恩恵を持っている二十八種類の超越級アイテムが存在した。それらを総称して《世界超越珠》と呼ばれるその超越級アイテムは、『UPN』を構成する二十八の世界にそれぞれ一種ずつ隠されており、各世界における最大の謎を最初に解いたプレイヤーだけが手にする事が出来る。
それ以降に手に入れようと思えば、他の超越級アイテムと同じく、直接所有者から譲り受けるか奪う以外に方法は無い。
ゲームの公式情報には、『手に入れた者に世界を超越する程の絶大な力を授ける宝珠』と言う説明のみが記載され、その効果と恩恵は実際に入手しなければ知る事は出来ない。
そんな『特別』に憧れる一部のプレイヤーたちは、こぞって《世界超越珠》を探し求め奪いあった。そして、そんなプレイヤーたちがいる中で、そんな事はお構いなしに自由に『UPN』の世界を謳歌するプレイヤーも大勢いた。
そう言った要素のおかげもあってか、『UPN』はライトプレイヤーから廃プレイヤーにまで、幅広い楽しみ方を提供する巨大タイトルとなって行った。
現在では、『UPN』は既に稼働から十三年の月日が経過した古いゲームだ。時間拡張対応型と言う事で、ゲーム内での時間が二五六倍になっていた事を考えれば、ありえない程に長寿なタイトルであると言えるだろう。
だが、長い歴史の中で重ねられた数々のアップデートによって、『UPN』は人類史と同クラスの年月を発展の歴史と共に歩んできた。それによって生まれた伝説や偉業も数知れない。
当然のように『UPN』の歴史の中には、美名、悪名のそれぞれにおいて、幾人もの有名プレイヤーが存在した。
日本人プレイヤーの間で有名だった者だけでも、すぐに十人近い名前を上げる事が出来るだろう。
『UPN』内の公式PvPランキングにおいて、ただ一人、二八期間連続で優勝を達成し、殿堂入りを果たした事で『絶対王者』の異名で呼ばれる事となった、名実ともに対人戦最強のプレイヤー【プラネタリ・ギア】。
『UPN』最大の規模を誇り、その英知でいくつもの世界の謎を解き明かした攻略ギルド『探求の羅針盤』。そのギルドマスターであり、『UPN』最高の頭脳と名高い知性派プレイヤー。『知識の花』の異名を持つ【Lilac】。
誰よりも『UPN』の世界を愛し、その世界に心酔したトップクラスの廃課金プレイヤーであり、その課金額は数億円クラスとまで言われ一時期コスモス中を騒がせた『課金王』こと【雷蔵】。
生産系プレイを極め、その技術によってまるで芸術品のような装備からチート級の性能を持ったアイテムまでを思いつくままに作っては、『UPN』のフリーマーケット機能を利用して破格の値段で販売していた事で、その存在が半ば都市伝説と化していた超絶技巧の職人プレイヤー。通称『神出鬼没の神職人』【Dietfried】
その圧倒的に高度なプレイヤースキルを間違った方向に発揮し、数々の縛りプレイやマゾプレイを実行しては成功させてきた変態プレイヤー。『決して真似しないで下さい』の言葉と共に語られる存在【ピンクパンツァー】。
姫プレイから始まり、のちに数々の詐欺行為まで行った迷惑プレイヤーであり、最終的に被害人数が数千人にまで及んだ自称『UPN』のアイドルプレイヤー。『詐欺姫』とあだ名されたネカマ【Петрушка】。
本来PKが出来ない『UPN』において、モンスターPKなどの数々のシステム上の抜け穴を利用して、PK行為を行っては、それを動画として公開していた事で最終的に運営からアカウント停止処分を下されたプレイヤー。数々の怨嗟の声と共に『PK厨』として語られる【聪明】。
その他にも数々のプレイヤーが名を馳せ、話題となり、そして、忘れられて行った。
では、『UPN』の数々の有名プレイヤーの中で『誰が最も有名なのか?』と言う質問を、『UPN』のプレイヤーに問いかけた場合、その答えにはどのような名前が挙げられるだろうか? おそらく、名前を一つに絞る事は難しいだろう。
しかし、質問する母集団を『UPN』の攻略、戦闘系のトッププレイヤーに限定した場合、おそらく多くのプレイヤーがこの名前を上げるのではないだろうか。
――『女帝蜘蛛』【レジーナ・アラーネア】
その名前は『UPN』のライトユーザーなどにはほとんど知られていない。
しかし、『UPN』の攻略を目指して超越級アイテムの情報を一度でも調べた事のある者は、その名を間違いなく目にしている筈だ。
なぜなら彼女は、現在所有者が判明している《世界超越珠》の内、八種類を個人で所有しているからだ。
しかもその事実が判明してから、彼女は一度として《世界超越珠》を失っていない。
逆に多くのプレイヤーやギルドからの襲撃を返り討ちにする事で、その所有する《世界超越珠》の種類を増やして来たのだ。
本来、『UPN』では、PK行為が厳しく制限されている。その為、特定の手順や場所で正規のPvPを行わなければ、プレイヤーを相手に戦闘行為を行う事は出来ない。
しかし、《世界超越珠》を含む超越級アイテムの所有者だけは、その例外になる。彼らは、超越級アイテムを所有したその瞬間から、戦闘可能エリアにおいて他のプレイヤーから無制限にPKが可能な状態になってしまうのだ。当然、反撃は可能だが、もしPKされた場合、その時に超越級アイテムを所持していれば、PKされた相手に超越級アイテムを奪われてしまう事になる。
もちろん、それを防ぐ為の手段はいくつか用意されてはいる。しかし、その方法も多数のプレイヤーやギルドから狙われている状況では絶対では無かった。
そのような状況なので、たとえ大手のギルドであっても、複数のギルドに連合を組まれて攻められれば、そうそう簡単には超越級アイテムを守り抜く事は出来なかった。
それ故に、超越級アイテムの所有者たちは徹底して自分が超越級アイテムを所有している事実を隠していた。
残念ながらその努力が報われず、超越級アイテムの所有者だと知られてしまったプレイヤーやギルドは、大抵の場合、誰かにそれを奪われてしまう運命にあったのだ。
その結果、『UPN』の攻略情報では頻繁に超越級アイテムの判明している所有者の名前が入れ替わる。
にもかかわらず、レジーナと言うプレイヤーの名前は、判明してから一度として消える事無く攻略情報に記載され続けていたのだ。
それには当然、レジーナと言うプレイヤーの実力の高さもさることながら、複数の幸運な要素が彼女に味方した事が必要不可欠だったのは否定出来ない事実だろう。また、そんな彼女を助けた彼女の友人たちの存在も忘れてはならない事実だ。
しかしそれでも、彼女がこのゲームにおいて最強クラスのプレイヤーであった事は、誰にも異論をはさむ事が出来ないだろう。
そんな様々なプレイヤーに愛された『UPN』は七月の二四日に一三歳の誕生日を迎える。
その節目となるその日の前日は、かねてより予告されていた大型アップデートを行う為に、一時的にゲームの運営を休止しての大規模メンテナンスの日でもあった。
しかし、結果として、そのメンテナンスは行われる事無く『UPN』は世界から文字通り消滅する事になる。
それは、地球の現実世界から見れば、コスモスの大規模なデータ消失に伴う機能停止とそれに連動していた全インフラの完全停止と言う未曽有の災厄の始まりであった。
しかし、『UPN』を始めとしたデータ消失に巻き込まれたゲームの数々をプレイしていた大勢のプレイヤーたちにとっては、それは新世界の誕生そのモノに見えた事だろう。
そして、彼らのその認識は決して間違ってはいなかった。
その時、『UPN』と言うゲームは、他のゲーム世界を巻き込んで新たな世界としての産声を上げていたのだから。
そしてその産声と共に地球とは全く関わりの無い新たな世界として再誕した『UPN』を中心としたゲーム群の中で、それに巻き込まれたプレイヤーたちによる物語が今、始まろうとしていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
第六話までは毎日投稿します。