99. 試合終了
Sランク冒険者ルークとトールの戦いを多くの者が見守る一方、外からもその戦いを観察する者がいた。時計塔の屋上から訓練場を見下ろしていたその老人は、高揚感が沸き上がるのを感じ笑みをこぼす。
「ほっほっほ。いいのう。久々に食いでがある戦士を見たわい。それに……」
その老人は黒髪の魔法使い、トールに目を向ける。
「この街に来た甲斐もあったのう。あの力、間違いない。ついに見つけたぞい、異世界人よ」
先ほどまでは後手に回っていたルークさんがついに先手を取りました。攻撃を受け吹き飛んだトールさんが障壁に激突します。立ち位置を見るに、恐らく見えないほどの速度で距離を詰めて斬り飛ばしたのでしょう。
「……お、おおおおお!!」
一瞬の出来事に息をのんでいた野次馬たちが、一呼吸置いて状況を把握し湧きたちました。訓練場に歓声が飛び交います。
「中々やるじゃないか」
トールさんがそう言って立ち上がりました。無傷です。試合続行にさらに歓声が上がります。
「剣の側面で打つんじゃなくて、本当に斬り付けてもよかったんだぜ?」
「はったり、じゃあ無さそうだね。大した堅さだ。【金剛】スキルかな? それにしては堅過ぎるけど」
「そういうお前がさっき使ったのは【縮地】スキルか?」
「さあね」
「まあ答えないよな。じゃあ行くぜ! ウォーターフォール!」
トールが杖を振ると、ルークさんの頭上に魔法陣が浮かび極太の高圧水流が降ってきました。ルークさんは前に避けつつトールさんに迫ります。
「おっと!」
対してトールさんは後ろに下がり距離を維持しました。地面から氷の杭を次々生やして足止めを行います。試合は鬼ごっこの様相を成しました。
「どうやら縮地はまっすぐにしか移動できないようだな。障害物があると自分からぶつかって自爆ってとこか?」
縮地を使わないルークさんを見てトールさんがそう言いました。
「そうだね。だから……、エンチャント『フレイム』」
ルークさんが自分の剣に触れました。剣を炎が覆います。そして剣を振りかぶりました。
「バーナーカッター!」
そう言って横に振りぬかれた剣から炎の斬撃が飛びました。周囲の氷杭を斬り倒します。
「これで見晴らしがよくなった」
「ちっ」
トールさんが舌打ちをしつつ杖を振るいました。二人の周囲が霧に包まれ見えなくなりました。目くらましです。
ドンという音と共にトールさんが霧から飛び出してきました。地面を転がって止まると、腹を押さえつつ何とか立ち上がります。どうやら攻撃を受けて吹っ飛ばされたようです。
「お前、探知系スキルを持ってるな? それに攻撃されるまで気づけなかったのをみると、隠密系スキルもあるのか?」
「まあね」
風が吹き霧が晴れました。ルークさんが姿を現します。
「風魔法も使うのか。何でも出来るんだな」
「魔法に特化した君に比べると大したことないよ。それにしても、随分と僕に不利な状況にされちゃったね」
ルークさんはそう言うと周囲を見回しました。ウォーターフォールはまだ発動し続けています。そして周囲は障壁によって囲われているため、内側に水が溜まり始めていました。
「水が無い所と有る所じゃ氷を作る早さが桁違いだ。もう今までみたいには避けられないぞ」
「じゃあ確かめてみようか」
「なに?」
「僕の動くスピードと君の魔法のスピード、どっちが速いのかをね」
「……上等だ!」
トールさんが水面に杖を突きました。ルークさんの居た場所に一瞬で氷の杭が生えます。ルークさんはそれをギリギリで避けていました。
「避けきれるもんなら避けてみろ!」
次々に生える氷の杭。ルークさんを直接狙うだけでなく逃げ道を塞ぐように生えています。やがて逃げ場を失ったルークさんは空中に跳び上がりました。
しかし水の壁がルークさんを覆うように立ち上がりそのまま飲み込みます。
「氷牢!」
トールさんの詠唱によりルークさんが氷漬けになります。ルークさんは氷を割って脱出。
しかし、
「無駄だ! 氷牢!」
今は周囲に大量の水がある状況。ルークさんが氷を割ったそばから水が補充され再び凍ります。ルークさんが氷を割る以上のスピードで凍っていきます。
「くっ!」
ルークさんに焦りの表情が浮かびました。そしてついに氷を割る事すらできなくなります。万事休す、だれもがそう思いました。
「え……?」
誰かがそう声を漏らしました。トールさんか、野次馬か、もしかしたら私だったかもしれません。誰もが目の前の状況に混乱していました。
氷漬けにされていたはずのルークさんが、気づけばトールさんの背後に立っていました。そしてトールさんの脳天に剣で一撃。今度は刃を立てています。
トールさんは圧倒的な耐久力でそれを受けきりました。金剛スキルでしょう。
しかし剣に纏っていた電撃は金剛スキルでは防げないようです。感電したトールさんが膝をつきました。
「お前、今のは……」
「避けきれなかったよ。勝負は君の勝ちだ。でも試合にも負けたんじゃ悔しいからね、【転移】を使わせてもらったよ。僕の切り札さ」
「なんだよ……チートじゃねえか。降参だ」
トールさんが負けを認めました。野次馬たちが盛り上がります。価値を失った賭け札が舞いました。
こうして試合はルークさんの勝ちで終わったのでした。
「うちのトールに勝つなんて、やるわね。彼」
ルーミンさんが私に声をかけてきました。少し悔しげですが素直にルークさんの勝ちを認めます。
「トールさんは周囲に障壁を張りながらの戦いだったので、ハンデがあったのもあると思いますよ」
「お気遣いどうも。ルークは間違いなくSランクの実力があるわ。これで監査も終わりね」
「お疲れ様です」
そうして私たちは握手をしました。監査は無事終わりです。後はルーミンさんたちが王都に帰る為の手配をして見送って、それから訓練場の整備も手配しないといけませんね。水浸しで氷が散乱し、地面もあちこち抉れています。
そうして試合が終わりお開きムードとなった訓練場。そこに一人の老人がやってきました。障壁に近づいていきます。
「ちょっとお爺さん。こんな所に来てどうしたの? 試合はもう終わったよ?」
老人に気づいたエルーシャが駆け寄りました。
「ほっほっほ。少しそこの魔法使いに用があってのう」
「トールに? 知り合い?」
「俺は知らないぞ。誰だ?」
やり取りを聞いていたトールさんが怪訝そうな顔でそう聞きました。
バリン! 老人が障壁をつつくと障壁はあっけなく砕け散りました。中に溜まっていた水が漏れ出します。その音に、その場にいた全員の注目が集まります。
「わしの名はアルプ。お主を殺しに来た、元魔王じゃよ」
老人は堂々と、自らを魔人の王だったと言い放ったのでした。




