98. Sランク対Sランク
「試合……ですか」
ルークさんがルーミンさんに確認します。とても嫌そうな顔をしていました。
「そうよ。勝ち負けは関係ないわ。Sランクの実力がある事が分かればそれでいいもの。嫌ならステータスをギルドに申告するのでもいいわよ?」
「いや、それは止めておきます」
ルーミンさんの出した代案をルークさんは断りました。ステータスを知られる事は弱点をさらす事と同じです。荒事を生業とする冒険者にとって当然の返事でした。
「時間は今日の正午からよ。マリーンさん、試合ができるような場所はあるかしら?」
「えっと、一応ギルドの隣に訓練用のスペースがあります」
「じゃあそこでいいわ。ルーク、健闘祈ってるわね」
ルーミンさんはそう言うと、トールさんを連れて会議室を出ていきました。
Sランク同士の試合などなかなか無い事です。波乱が起きなければいいのですが。私はそう心配しつつも試合の準備に取り掛かりました。
試合の話はすぐに冒険者の間に広まりました。訓練場は野次馬の冒険者たちが詰めかけていました。さらにどちらが勝つか賭けが行われているらしく、大変な熱の入りようです。
「やっほー、マリーン。随分と大騒ぎになったね」
私が野次馬を整理しているとエルーシャが声をかけてきました。その手には賭け札が握られています。
「あなたも大騒ぎの一員なのですがね。買ったのですか。賭け札」
「もちろん! ルークに1万!」
賭け札にはどちらが勝つかの予想と、いくら賭けるかが書かれています。当たった方に当たらなかった方の掛け金が分配される仕組みです。
「随分と思い切った金額を掛けましたね」
「だってさ、あのルークだよ? 負ける所を全然想像できないじゃん」
「それは……確かに」
ルークさんはヨハン最強として有名です。見た所多くの人がルークさんに賭けているようでした。余所者よりも知っている人を応援したい気持ちもあるのでしょう。身内贔屓と言うやつです。
そして時間となりました。正午を告げる鐘が時計塔から鳴り響きます。訓練場にルークさんが姿を現しました。長剣を背負い、動きやすさを優先した鎧を着ています。いつもルークさんが身に着けている装備です。
「よく来たわね。逃げられたらどうしようかと思ってたわ」
ルーミンさんがルークさんを無駄に挑発しました。その姿はまるで悪役のよう。周囲からブーイングが起こります。
「おいおいルーミン、敵意を煽ってどうするんだよ」
トールさんが肩身狭そうにそう言いました。トールさんの装備は茶色のローブに身長ほどの長さの杖、典型的な魔法使いの装備です。
「委縮するんじゃないわよ。王都のSランクの実力を知らしめてやりなさい!」
「へいへい、分かったよ」
トールさんはそう言うと前に進み出ました。ルークさんと対峙します。
「手加減はしてやるが、怪我しても文句は言うなよ?」
「あはは……お手柔らかに頼むよ」
「さっそく試合開始といきたいが、このままだと観戦者が危ないな……」
トールさんが周囲を見渡しました。訓練場は吹き抜けで壁に囲まれているだけの平地です。野次馬たちはその壁の内側に居るので魔法を撃とうものなら流れ弾が飛んで行って危険です。
「ちょっと待ってろ」
トールさんはそう言うと杖を地面に突きました。トールさん達二人の四方を囲うように障壁が張られます。
「無属性魔法か!?」
「なんてでかい障壁だ!」
「無詠唱だと!?」
野次馬たちがざわめきました。ルークさんも驚いているようです。
「これで周りを気にせず戦えるだろ」
「すごいね、君の魔力。さすがSランクだ」
「いつでも始めていいぞ。つっても俺はもう始めてるけどな」
「!!?」
突如ルークさんが後ろに跳びました。先ほどまで立っていた地面から氷の杭が突き出します。
「Sランクならこの程度の不意打ちくらい躱せて当然だよな!」
トールさんが杖を掲げます。トールさんの頭上に3mほどの水の球が生まれルークさんに放たれました。氷の杭を盾にして身を守りながらの別の角度からの攻撃。効果的な戦術です。
ルークさんは今度は横に跳んで水を避けました。水の塊が地面をえぐり弾けます。
「特別に教えてやるよ。今の攻撃は水魔法のLv1、つまりただのウォーターボールだ」
トールさんが再び頭上にウォーターボールを生み出しました。連続で放っていきます。
「嘘だろ!? あれのどこがウォーターボールだよ!」
「ウォーターボールの限度を超えてるぞ!?」
「連射もできるのか!」
衝撃の事実に野次馬が湧きます。私も驚きです。魔法には込められる魔力に上限があるのですが、あれはそれを明らかに超えています。
ルークさんが攻撃を避けながら氷の杭を回り込みました。トールさんに接近します。
「無駄だ!」
トールさんが杖を振りました。ルークさんとの間に氷の壁がせり立ちます。
「ふっ!」
ルークさんが長剣で氷の壁を斬りつけました。氷の壁が斬り刻まれトールさんへの道ができます。
そしてルークさんは突進。しかし剣が届く寸前にトールさんがウォーターボールを放ちました。至近距離で放たれたウォーターボールにルークさんが呑まれます。
「氷牢!」
トールさんがそう詠唱すると、ルークさんを覆っていたウォーターボールが凍り付きました。
「これで終わりか?」
トールさんが物足りなさそうにそう言いました。
「おい! やばいんじゃないか?」
「死んだだろ!」
野次馬たちが騒ぎます。
「ちょっとトール! 殺してどうするのよ!」
続いてルーミンさんも声をあげます。さすがに慌てていました。ですが……
パリーン!
突如走った雷により氷が粉砕され、ルークさんが姿を見せました。剣の周りを稲妻が走っています。
「危ない危ない。さすがに焦ったよ」
そう言うルークさんは無傷。涼しい顔で剣を構えました。
「へえ、その剣は魔剣か?」
「いや、剣に魔法を付与しただけだよ。僕は魔法剣士だからね」
「……そうか。じゃあ本気を出したって訳だな」
「ラウンド2だね」
構える両者。障壁の中に闘志が充満します。野次馬たちは騒ぐのも忘れてそれを見守っていました。
次の瞬間、ルークさんの姿が消えました。それと同時にトールさんが吹き飛び障壁に激突します。
「魔法使いが剣士を前にして出方を窺うのは良くないと思うよ。この距離なら剣の方が早く攻撃できるからね」
トールさんが先ほどまで立っていた場所に、いつの間にかルークさんが立っていました。
ヨハン最強と呼ばれる存在の圧倒的な実力を目の当たりにし、私たちは息を飲んだのでした。




