95. 神の創りし世界
祝! 20万文字突破!
レイジが死んだ次の日の昼。
「……という事があったんですよ」
私はエルーシャに事件のあらましを話していました。エルーシャに事件の記憶が残ってなかったからです。
「出来事を書き換えるスキルねぇ……」
エルーシャは首をひねっていました。覚えていないため実感が湧かないのでしょう。
不思議な事に、レイジという人物は居なかった事になっていました。存在そのものがこの世界から消えていたのです。英雄などおらず、レイジが他人から奪った成果は本来の人物の物に戻っていました。
そして反乱騒動については……
「センパーイ! いつまで休憩してるんですか~。こっちのことも考えてくださいよぉ」
そう言って声をかけてきたのは私たちの後輩、らしいです。なぜ曖昧な言い方なのかと言うと、私の記憶に全く無い人物だからです。
「あ、レイちゃん。ごめんごめん。すぐ戻るから」
エルーシャがそう返事をしました。レイと呼ばれた人物は慌しく自分の仕事机に戻っていきます。
なんと、あのレイが反乱騒動の原因という事になっていました。ただし反乱などという物騒な事件ではなく、子供たちに貴族の悪口を吹き込んだ張本人としてです。
レイが漏らした税金が高いという愚痴を子供たちに聞かれてしまい、子供たちはそれを言いふらした為に衛兵に怒られた、というのが今の世界での出来事らしいです。
レイジが居なくなった分のしわ寄せがレイという人物となって現れた、のかもしれませんね。
毎日のように起こっていたファフロツキーズは起こりませんでした。
こうしてレイジにまつわる事件は終わりを迎えたのでした。
その日の夕方、私は教会を訪ねました。応接室に通された私は司教のクルツさんと向かい合います。あっさりと司教と面会出来たのは私がクルツさんと知り合いだからです。
「それで、今日はどのような用件でしょう?」
「教会なら私の疑問に答えられるかもしれないと思いまして」
クルツさんの問いかけに私はそう答えました。私がここに来たのは、最も世界の仕組みに詳しい研究機関が教会だからです。
「ほう、疑問ですか。どのような?」
私はレイジの事を話しました。不正スキルの事、世界の改竄の事、そして事件の結末の事。
クルツさんはそれを興味深そうに聞いていました。
「私の疑問は、なぜ私だけ改竄で記憶を失わなかったのかです」
そう。そこが不可解でした。それ以外はなんとなく想像で補って理由を付けられますが、記憶に関してだけは分かりません。
「マリーンさんは鑑定原理を知っていますか?」
話を黙って聞いたクルツさんがそう言いました。予想外の話題に戸惑いつつも私は答えます。
「人間原理なら知っていますが、鑑定原理はそれを拡張したものという位にしか知りません」
「人間原理は世界は人間が観測した通りに形作られるという理論です。対して鑑定原理は、鑑定スキルの鑑定結果によって世界が形作られるという仮定で始まります」
クルツさんは鑑定原理について授業を始めました。私の疑問とどう関係があるのでしょう。
「では問題です。鑑定原理の仮定が正しいとして、鑑定の結果は誰の観測結果でしょうか?」
「スキル所持者です」
「外れです」
予想通りの回答だったからでしょう。クルツさんがにやりとしました。
「鑑定結果が現実と異なる場合があるでしょう。 どういう時か分かりますか?」
「……ステータス隠蔽ですか」
「その通りです。鑑定不能となる場合ですね。他にもステータス改竄によって嘘の鑑定結果を得る事もあります」
それは鑑定原理の仮定が間違っているという反論でした。鑑定結果の通りに世界が形作られるのであれば、鑑定結果は絶対であるはずだからです。
「仮定が正しいのなら、スキル所持者は観測者ではないという事になります」
それでもクルツさんは鑑定原理が正しいとして話を進めました。
「スキル所持者は鑑定結果を間接的に見ているに過ぎないのです。真の鑑定結果はあっても、隠蔽スキル等に加工されたものを見ているのです」
「では鑑定は誰の観測結果だと言うのですか」
「神です」
それはある意味投げやりで、ある意味当然の理屈でした。
「神によって世界は形作られている。理論が神話に追いついたのが鑑定原理なのですよ」
驚きました。荒唐無稽と思いきや筋は通っています。私は新たな知識に触れる事を純粋に楽しく思いました。
「人間の認識する世界は曖昧なのです。全ての人間が同じ観測結果を得たとしても神によって覆され得る。そしてあなたが遭遇した再構築介入というスキルは、神の観測結果に介入するスキルなのですよ」
「それで、なぜ私は影響を受けなかったのでしょうか。まだそこの説明がありません」
「まだ分かりませんか? いや、知らないのですか?」
「分かりませんし知りません」
クルツさんが目を細めました。そんな顔をされても分からないものは分かりません。
「ここから先はあなたが自分で気付くべき事です。自分が何者なのかを知りなさい。貴族なのか平民なのか、ただの冒険者ギルドの職員なのか、はたまた魔女なのか」
「……何を知っているのですか。」
「言ったはずです。あなたが自分で気づくべき事です」
クルツさんはそう言うと立ち上がりました。
「すいませんが私はやる事があるので失礼します。マリーンさんもどうぞお帰り下さい」
クルツさんは応接室を出ていき、私は一人残されたのでした。
教会を後にした私は近くの食事処に入りました。適当に注文を済ませ、クルツさんの言葉を思い出します。
「自分が何者なのか知りなさい、ですか」
何を調べればいいのかは分かりました。あれだけ露骨にヒントを出されたのです。気付かない訳がありません。
私は自分を鑑定しました。メガネのレンズに私のステータスが映ります。
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人間 マリーン 女 18歳
レベル:27
状態:普通
HP:271/271
MP:318/318
筋力:102
耐久:84
俊敏:97
知力:1543
スキル:<生命付与 LV5>
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「レベルが上がってる……」
私はスキル覧を見てそうつぶやきました。私が持つ唯一のスキル。今まで様々な場面で私を助け、そして私の人生を大きく変えたスキルです。私がここにいる理由、そのレベルが上がっていました。
私は自分のスキルについて調べたことがありません。そして今、私は「スキル鑑定」が使えます。後は言われた通り調べるだけ。
私の中に不安が沸き起こりました。今まで目を背けてきた事に目を向けようとしているからです。私がなぜここにいるのか、その原因を知ってしまう事が怖いのです。
「もし変な結果が出たらエルーシャは笑ってくれるでしょうか」
私は自虐気味にそう笑うと「スキル鑑定」を使用しました。
教会の隠し部屋の中で、クルツはウォッチ教国と連絡を取っていた。通信の魔道具を使用してである。
「ええ、不正スキルを発見しました。いえ、所持者は既に死亡しています。例の人物がそう証言しています」
遠い本国と即時に連絡が取れるこの魔道具はウォッチ教国の秘匿技術である。他にも転移の魔法陣をはじめ様々な魔道具が隠し部屋には設置してあった。教会は教国の大使館であると同時に大っぴらなスパイでもある。それ相応の設備が教会には隠してあった。
「ええ、ええ。分かりました。引き続き任務を行います。通信終わり」
「ただいま帰ったぞい」
エロース国にて。異世界人狩りに出ていた元魔王アルプは王城に戻るとそう言った。アルプの執事がそれに気づき駆け寄る。
「お帰りなさいませ。老師様」
「出迎えご苦労じゃの。ところで晩御飯はまだかいのう?」
「ご用意しております。さ、こちらに」
「うむ」
執事がアルプを食堂に先導した。アルプはそれについていく。
「異世界人狩りはいかがでしたか?」
「外れじゃ。ただの人間じゃったのう。他の容疑者は魔王たちが向かったからのう、別のを探さんといかんわい。新しい情報はあるかの?」
アルプが調べた容疑者をどうしたのかを執事は聞こうとして、止めた。どうせ死んでいる。死んでなくてもロクな目には合っていないだろう。
「先ほど教国から知らせが来ました。ロード王国のヨハンで不正スキルが発見されたそうです。ですが所持者は既に死亡したとも」
「ヨハンか。確かお主を拾った街じゃったのう、ツモアよ」
「はい、そのヨハンで間違いありません」
執事の名前はツモア。彼にとってヨハンは因縁の場所である。
「不正スキルを持っていて簡単に死ぬとは思えん。どうして死んだ?」
「現地人が倒したと」
「ほう! 異世界人を倒せたというのならそやつも異世界人かもしれんのう」
アルプは笑みを浮かべた。不正スキル持ちを倒せるほどの強者がいると聞けば、手合わせしたいと思わずにはいられない。
「決めたぞツモアよ。わしはヨハンに行くぞい」
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<生命付与>
神級スキルの一つ。
魔力を消費して非生物に命を与えることができる。ステータス・スキルも同様に与えることができる。
また独立観測権を得る。これにより神と同等の観測優先性を得、再構築の影響を受けなくなる。
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ご愛読いただきありがとうございます。これで再構築編は終了です。
なおツモアはゲスト出演なのでもう出ません。
完結が見えてきました。残り3章になります。
次回予告:不正スキル編
世界滅亡?




