89. ファフロツキーズ
皆さんこんにちは。マリーンです。現在の時刻は朝6時、ギルドへ出勤している途中です。
道を歩いていると、不意にペチャリと音を立ててある物が目の前に落ちてきました。プヨプヨしたゼリーのような体、ガラス玉のような核。その正体はスライムです。
上を見上げても空が広がるばかり。スライムが建物や木から落ちてきたというわけではなさそうです。
「またですか」
私はため息をつくと、スライムの核を鉈でたたき割りました。スライムが死に、液体の体がまとまる力を失って地面に広がります。私はスライムを駆除したのでした。
ファフロツキーズという現象をご存知でしょうか。簡単に言えば生き物が空から降ってくるという現象です。例えば魚やカエルの群れが生きたまま降ってくるなど、こういった現象は各地で目撃されています。
そしてここ数日、ヨハンでファフロツキーズが頻発していました。問題なのが、降ってくるのが魔物であるという事です。そのため最近は毎日のように街中で魔物の目撃情報が寄せられ、冒険者は駆除に追われていました。
「マリーン、北区でまた降ってきたって! 今度はスニークスネーク! 他ヘビ型いろいろ!」
「分かりました」
駆除漏れが無いようにするのも大変ですが、それ以上に大変なのが、終わりが見えないという点でした。ファフロツキーズの原因は解明されていません。解明されたとして、それが自然現象であれば防ぎようがありません。
まだ幸いなのが、降ってくる魔物はそこまで強くないという点でした。市民でも武器があれば駆除できるレベルがほとんどです。しかし中には毒を持っているなど危険な魔物も居る為、積極的な駆除は冒険者に一任されていました。
そんなわけで、私は今日も魔物の駆除に駆り出されました。こうも毎日出動があれば、しわ寄せが集まって通常業務にも支障が出ます。事務員が現場監督に駆り出される職場ってどうなのでしょう。
「北区の駆除終わりました」
「お疲れ、マリーン。昼ごはんにしようか」
ギルドに戻るとエルーシャが声をかけてきました。時刻は昼。私たちは食事をする事にしました。
「いったいいつまで魔物が降ってくるんだろうね?」
頼んだメニューが運ばれてくるのを待っていると、エルーシャがそんな事を言い出しました。
「何とも言えませんね。終わるのを待つしかできません」
「もう1週間位? いい加減止まってほしいよね」
「まだ1週は経ってませんよ。反乱騒動の途中から降り始めたので5日目です」
そういえば、あれだけ騒ぎになった反乱騒動の話題を誰も口にしませんね。ファフロツキーズに意識が集まっているからでしょうか。
「反乱騒動って何?」
すると、エルーシャが妙なことを聞いてきました。
「何って、エランド君たちが逮捕されたじゃないですか」
「エランドが? ないない。何言ってるのさ」
そう言うエルーシャの顔は真剣な物。からかっているようには見えませんでした。まさかエルーシャ、この年でもうボケてしまったのでしょうか。
「エルーシャこそ何を言っているのですか。つい先日まであれほど騒ぎになったじゃありませんか。忘れたのですか」
「んー、そんなことなかったと思うけどな」
その後もエルーシャは反乱騒動の事を知らないと言い続けました。
「反乱騒動? ヨハンで? 知らないぞ」
鑑定士のギミーさんがそう言いました。
「知りません。どこで聞いた情報ですか?」
資料室勤務のニーモさんはそう聞き返してきました。
「そんな事件は起こっていない」
衛兵隊の隊長さんも覚えていませんでした。
「知らなーい」
そしてエランド君すらも覚えていませんでした。
「どうして……」
私は理解できませんでした。あの事件は確かに数日前に起こった出来事です。それを私は確かに覚えています。ですが、それを裏付ける事ができません。
結局その日、反乱騒動の痕跡は見つかりませんでした。
次の日、また魔物が降ってきました。降ってきたのはソーサリー・スコーピオン。魔法を放つ30㎝程のサソリです。私はギルドに居た冒険者を集めて駆除に行きました。
現場につくと、サソリどもがうじゃうじゃいました。しかも好き勝手に魔法を放つものだからもう大変。
最終的には殲滅できたものの、周囲に被害が出てしまいました。その結果被害を受けた近隣住民が押し寄せて苦情を言って来てさらに大変。
ええ、現場監督の私が矢面に立ちました。あらかじめ考えておいた謝罪文を暗唱して頭を深く下げます。謝罪会見マニュアルに従っていれば誠意は伝わるのです。
「災難だったね。マリーン」
近隣住民に謝罪を済ませた私にエルーシャがねぎらいの言葉を発しました。その手にはいくつかの書類。
「マリーンの分の仕事、いくつか片しといたから」
「ありがとうございます」
私の日常は慌しく過ぎていきました。まだ反乱騒動の痕跡は見つかっていません。
どうして誰も覚えていないのか、そんな疑問だけが私の頭の片隅に残り続けていました。




