87. 架空犯
「……随分と迫真の変装だな。本物の浮浪者にしか見えないぞ」
取調室に入ってきた隊長さんは、私の恰好を見て最初にそう言いました。嫌味ですか。
「子供たちがもうすぐ解放されるというのは本当ですか」
「ああ。今日中にカリキュラムが終わって明日解放の予定だ」
「カリキュラムとは」
「お前が言ったんだろうが。教育すれば矯正できると。関係者には貴族政治の有用性をきっちり教え込んでいる。国の金でな」
そんな事になってたんですか。全く知りませんでした。
「どうして身を隠した?」
「……貴族への怒りを煽っているのが私だと疑われたからです。」
私がそう言うと、隊長さんは深くため息をつきました。それはもう、深く深く。
「阿呆が。お前がそんな事をしない事くらい分かっている!」
隊長さんは私に拳骨を落としました。その衝撃が脳の奥まで届きます。
「痛いです」
「黙れ! 手を引けという忠告を聞かないお前が悪い!」
「……すいません。」
「お前ひとりで解決しようとするからこうなるんだ。もっと信用しろ」
「……すいません」
隊長さんは萎れた私を見て満足したのか、それ以上は怒りませんでした。
「それで、どうして黒幕は姿を現したのでしょう。いくら反乱がおこる手前とはいえ、あんな不用心に正体を現すのはおかしくないですか。逮捕してほしいと言っているような物ではないですか」
「あー……それな。見た方が早いだろう。来い」
隊長さんはそう言って立ち上がると部屋を出ていきました。私は慌てて後を追いました。
私が連れていかれた場所は、別の取調室の前でした。
「ここから中の様子が覗ける。見てみろ」
隊長さんがそう言って壁に埋め込まれた小窓を開きました。私は小窓を覗きます。
窓に貼られた網目の向こうに、拘束され座っているレイジの姿が見えました。レイジの向かいには衛兵が座っており、今まさに取り調べが行われているようです。
「なんでだよ! 市民を虐げる貴族が悪いんだ! 俺は民主主義ならみんな幸せになれるって思ったから知識を広めただけだ!」
「お前が貴族になり替わって政治を行うつもりだったんじゃないのか?」
「俺はそんなことはしない! 革命の後は皆でいい国を作ればいいんだ! 俺が手出ししたいんじゃない!」
「反乱を引き起こしておいて、その後は知らないという事か? 無責任だな」
「なんでそんな言い方をするんだ! 俺はお前らと違って教育を受けているから知識を分け与えてやってるんだ!」
「なんなんですか、あれは。まるで子供ではないですか」
私は小窓を閉じて隊長さんの方に向きました。
「ああ。言動は子供のそれだ。だが知識は確かに持っている」
「あれは本当に教育を受けているのですか。まるで知識だけ詰め込んで子供のまま大人になったような……」
「俺も同意見だ。知識の使い方を分かっていない。精神も未熟だ」
「もっと狡猾な政治犯だと思ってました……」
「奴の犯行は行き当たりばったりで考え無しの物だったという事だ」
なんだか気が抜けました。私は犯人の行動は全て綿密な計画の元に行われていると考えていました。そして状況から最悪を想定した結果、私の脳内に架空の知能犯を作り上げてしまっていたのです。
「俺は奴の犯行動機を、知識を自慢したかったからだと考えている」
私の脳内に、子供たちに知識をひけらかすレイジのイメージが沸き上がりました。あり得る……。
「そして子供たちも同様に知識を自慢して回ったのが今回の事件の発端、という訳だ」
私の口からため息が出ました。こんな理由で子供たちが処刑されかかったなんてひど過ぎます。
「しかしお前、今回は完全に空回りだったな」
「むっ……」
「そう怒るな。自業自得だろうが」
隊長さんはそう言って今日初めての笑顔を見せたのでした。馬鹿にされている。くやしいです。
「そうそう、冒険者ギルドからお前の捜索願が出ている。行って同僚を安心させてやれ」
私が衛兵詰所を後にする間際、隊長さんがそう言いました。
「そうですか。分かりました」
エルーシャ、私が姿を見せたらどんな顔をするでしょうか。もし浮浪者チックな姿を見て笑われたら速攻家に帰ってふて寝する自信があります。
「マリーンの馬鹿! どんだけ心配したと思ってるのさ!」
数日ぶりに会ったエルーシャは、予想外にも滅茶苦茶怒っていました。そしてその目には涙。
「……すいません。心配かけました」
さすがにそんな反応を見せられたら謝らずにはいられません。ですが私は謝れた事をうれしく感じました。抱き着いてきたエルーシャの髪をなんとなく撫でます。
「マリーン臭い。何日体洗ってないのさ」
「……極貧生活だったので、3日ほど」
「水浴びてこい! 今すぐ!」
私はエルーシャに蹴り飛ばされました。
というわけで一旦家に帰って体を洗いきれいな服に着替えてギルドに戻った私の前には、山積みの書類が待っていました。
「それとそれとそれがマリーンが来なかった日の分の仕事ね。あとこれが無断欠席の日数分の始末書。今日中だから」
ええー……。これ、私一人でできる量を軽く超えているんですが……。
「文句言わない! マリーンが来ない内に期限来た仕事は片づけてあげたんだから感謝して欲しいね!」
「その節は大変お世話になりました……」
「お礼はスイーツでね!」
「はい……」
私は書類の山に向かいました。今夜は寝れそうにありません。
翌日、子供たちとその家族は無事解放されました。昨日まであれほど騒ぎだった反乱騒ぎはすっかり息をひそめ、まるで事件そのものが無かったかのようにいつも通りの日常が過ぎていくのでした。
これで教育編は終了です。
ですが話はまだ終わりではありません。もともとこの章は次の章の一部だったのを独立させたからです。なぜ独立させたのかと言うと、話のジャンルがかなり違うからです。真の結末は次章で描きたいと思います。
次回予告:再構築編
レイジが英雄に!? 魔物が空から降って来る!? そしてマリーンは記憶障害!?
同時期に起こった3つの事件の先に待つ結末とは! こうご期待!




