85. 思想侵食
キャラクター復習
ジェミー:Eランク冒険者。偽金塊(ミミズ粘液)を採掘していた人。
次の日の朝、私がギルドに出勤するととんでもない話が聞こえてきました。エランド君たちの逮捕についてです。
曰く、貴族の悪口を言った子供たちが、一族纏めて逮捕された。
曰く、逮捕された全員が問答無用で処刑になる。
曰く、貴族にとって市民は家畜同然で、邪魔になれば殺せばいいと思っている。
曰く、許せん! 徹底抗議だ!
「何という事です!」
私は頭を抱えました。私の広めた話に尾ひれがつくどころか、羽が生えて自由の空に飛び立っていました。
「え? あまり内容変わってなくない?」
エルーシャがのんきな事を言っていますが、事態は昨日と全く違っています。
「民衆がただ子供たちに同情しているのとは訳が違います。それだけなら貴族は子供たちを解放する事で感謝を得ることができるという算段でした」
「今は違うの?」
「貴族に抗議して子供たちを助けようという意識が高まっています。これで子供たちが解放されれば、貴族が自分たちの力に屈したのだという認識となります。それは貴族政治の障害でしかありません。貴族が力を維持するためには、抗議に屈しないという道しか無くなります」
民意をくみ取って解放するのと抗議されて解放するのとではまったく事情が違うのです。
私はギルドのロビーを見回しました。そして目的の顔を見つけ詰め寄ります。そして人目のつかない場所に連行。
「ジェミーさん、出回っている話の内容が変わっているのはどういうことですか」
私は笑顔で威嚇しました。そう、実際に話を広めたのはEランク冒険者のジェミーさんです。小銭を渡して引き受けてもらいました。
「ひっ!? マ、マリーンさん! 違うんです!」
「何が違うんですか。市民の怒りを黒幕に向けるよう言いましたよね。間違っても貴族に向けないようにとも言いました。違いますか」
「違い、ません……」
「なぜ人々の怒りが貴族に向いているのか、説明をお願いします」
「お、俺は言われた通りにやりましたよ!」
ジェミーさんが引き攣った声をあげました。
「あなたが犯罪ギルドで運び屋として小銭稼ぎをしていたという噂話を広めたくなってきました」
「や、やめてください! 本当に言われたとおりにやったんです! 俺も不思議なんです! 昨日では狙った通りに話が広まっていたのに、朝になったらこの有様で……」
たじたじとそう弁明するジェミーさんは嘘をついているようには見えませんでした。
その時、私はある見落としに気づきました。私が話を広められたように、他の人も話を広めることができるのです。
その誰かは、私が広めた話に貴族への怒りを付け足したのです。ほんのわずかな変化。それだけで今の状況を狙って作り出したとしたら。その誰かの狙いは……
「あ、あの? マリーンさん?」
考え込んでいる私にジェミーさんが声をかけてきました。
「ああ、事情は分かりました。もういいですので行ってください」
「は、はいっ」
ジェミーさんがいそいそと退散していきました。入れ替わるようにしてエルーシャがやってきました。
「こんなところに居たんだ、マリーン! 街で魔物が発見されたんだって! 駆除の指揮を」
「すいません他を当たってください忙しいので」
「そ、そう? わかった」
エルーシャは私の雰囲気に何かを察したのかおとなしく引き返していきました。
「もし子供たちの処刑が強行されでもしたら……」
そう、私自身が昨日言っていたではありませんか。子供たちを処刑すれば民衆の不満は爆発。少しのきっかけがあれば反乱でさえも起こりうるでしょう。
誰かが広めた話によって反乱の芽は出かかっています。いえ、誰かではありません。一連の黒幕に決まっています。黒幕が話を広めて反乱を起こそうとしているのです。
「となると結局、子供たちが処刑されるかどうかにかかって来るのですよね……」
「ねえ、マリーン」
その時、またしてもエルーシャが声をかけてきました。
「衛兵の人が、マリーンを探しに来たんだけど」
「あ……!」
まずいです。これは非情にまずい。隊長さんは私が話を広めたことを見抜いています。その隊長さんが今の状況を見れば、貴族への怒りを扇動しているのは私です。一晩で私は黒幕候補の筆頭になっていました。
私がすべきは黒幕を見つけ自分の潔癖を証明する事。今捕まるわけにはいきません。
「エルーシャ、私は身を隠します。あなたはこれ以上事件に巻き込まれないようにしてください。間違っても貴族に逆らってはいけませんよ」
「え? マリーン!?」
私は返事を聞かずに走り出しました。そしてギルドの裏口から脱出し、人混みに紛れ、街に潜伏したのでした。




