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84. 反乱の作法

 私とエルーシャはいつもの定食屋で夕食を取っていました。エランド君たちが捕まったことでエルーシャの家庭教師は休業。しかし時間ができたにもかかわらずエルーシャの顔に笑顔はありません。


「はぁー……」


 エルーシャがこれ見よがしにため息をつきました。食べ始めてそこそこ経ったのに、エルーシャの皿にはまだ多くの料理が残っています。



「元気がないですね。いつものエルーシャらしくない」

「そりゃそうだよ。不安なんだ。食事も喉を通らないよ」

「今のうちに食べておいた方がいいですよ。体力は必要です」


 私はそう言って最後の一口を口に放り込みました。完食です。


「ねえマリーン。クラスト君たちに“悪口”を吹き込んだ黒幕は何が目的なんだろうね?」

「分かりません。民衆に貴族への不満を煽るなら大人に吹き込むべきですし、人知れず行うはずです。そして秘密裏に仲間を増やしてから一斉蜂起、というのが反乱の作法です。間違っても子供に吹き込むべきではありません。さっぱり意図が読めませんよ」

「へー、反乱に作法なんてあるんだ。知らなかったよ」

「今のは言葉のあやですよ……」


 このように、教育を受けていない人に知識を吹き込むのは意外と簡単です。なにしろ情報の正しさを判断する下地がないため、なんでもスポンジのように吸収するからです。たとえそれが嘘であってもです。


「黒幕の目的は反乱じゃないって事?」

「それが、反乱以外に民主主義を広める理由が思いつかないんですよね」

「そっか、マリーンでも分からないか」


 エルーシャが細切れにしたウインナーの欠片を口にしました。一口を小さくすることで喉を通らせるつもりのようです。私たちの間に沈黙が訪れました。


 自分たちの会話が途切れると、今度は周囲の会話に意識が向かいました。冒険者たちの話が聞こえてきます。


「おい、聞いたか? ガキ共がお貴族様の悪口を言って捕まったって話」

「おお、家族ごと捕まったって聞いたぜ。それに子供たちに悪口を吹き込んだ黒幕がいるらしいな」

「え!? 黒幕なんているのか」

「ああ、そいつのせいで子供らが捕まったなんてひどい話だよな」

「まだその黒幕は捕まっていないらしいな。もしかしたら俺たちにも変な話を吹き込んで来るかもしれないぜ?」


 どうやら人々の中でも今日の事件のことが広まっているようです。しかも、子供たちは国家反逆罪でなく悪口で捕まったと思われているようです。そして黒幕の話も伝わっているようでした。


 そうです。私が街中に広めました。子供たちへの同情と、本当に罰せられるべき者が他に居るという認識をです。


 目的は2つあります。1つは、黒幕が今後も危険思想を民衆に吹き込むかもしれないという警戒心を煽るため。これで黒幕が活動しにくくなります。


 そしてもう一つは民意の誘導。基本的に国民は貴族には逆らえません。が、貴族は無闇に暴虐を振るうことはできません。反乱を起こされると国から責任を負わされるからです。例えば爵位を返上させられたり賠償を負わされたりします。ですので貴族は民衆を怒らせすぎないように注意しながら統治しています。


 ですので子供たちへの同情が集まっている今、もしこのまま子供たちを国家反逆罪で処刑でもしようものなら国民の不満は急上昇。ストップ高などありません。青天井で伸びあがる事でしょう。民衆の機嫌を気にするなら処刑はできないはずです。


 反乱の作法はこうやって応用するのです。




 エルーシャが夕食を食べ終えると、私はこう言いました。


「さてエルーシャ、衛兵詰所に行きましょうか」

「え? なんで?」

「私たちの容疑を晴らしに行きます」


 エルーシャの顔にハテナマークが浮かびました。どうやら自分の立場を分かっていないようです。


「考えてもみてください。子供たちに危険思想を吹き込んだ黒幕がいるのです。そして、捕まった子供の一人であるエランド君は家庭教師に教育を受けていた。どう考えても容疑者候補ではありませんか」

「げ!? 確かに!」

「そのうち衛兵が来るでしょう。なら自分たちから出向いたほうが騒ぎにならないで済みます」


 私たちは衛兵詰所に向かいました。




 そういうわけで、ただいま絶賛取り調べ中。エルーシャとは引き離されて別々になりました。私の向かいには隊長さんが座っています。その顔は昼会った時以上に呆れ顔でした。


「ではお前とお前の同僚は事件に無関係だと、そう言うのだな」

「はい」

「おい、証言が一致するか確認してこい」


 隊長さんは部下にそう指示を出すと、深く息を吐き出しました。部下が部屋を出て行き私たちだけになります。



「で、今度はいったい何が目的で来た?」

「捜査の様子を伺いに。子供たちの様子はどうですか。ここに収容しているのですよね」

「……親も一緒だからな。今のところは落ち着いている。拷問もしていない。必要無いくらい従順に話してくれたからな」


 隊長さんは椅子の背にもたれると足を組みました。


「そうですか。無事でよかったです」

「黒幕がいるという話、街に広まっているらしいな。一体誰が広めたんだろうな?」

「さあ。人の口に戸は建てられないですからね。こんな事もありますよ」

「民衆を煽って、いったいどうするつもりだ?」


 隊長さんの眼光が私を射抜きます。返答によっては敵対することになるでしょう。私は言葉を選んで返答します。


「噂とは関係のない私個人の願望ですが、領主が子供たちを無罪にして皆が領主の慈悲深さに感動する、という展開になるといいですね」

「……まあ、いいだろう。」


 隊長さんから発せられていた緊張感が失せました。どうやら敵対はしないで済みそうです。


「ところで、黒幕については何かわかりましたか」

「黒幕と直接会ったのはクラスト1人だけだ。黒目黒髪の青年だったらしい。歳は17程に見えたそうだ。黒幕はちょくちょくクラストに会っては教育と称していろんな事を教えていたらしい。その一つが民主主義の話だったそうだ」

「何者ですか」

「わからん。クラストもそこまでは知らなかった。行方もつかめていない」

「そうですか」



 その時部下の人が戻ってきました。


「隊長! エランドから確認が取れました。証言は一致しています!」

「そうか」


 隊長さんはそう言うと立ち上がりました。


「マリーン。もう同僚と一緒に帰っていいぞ」


 どうやら無罪放免のようです。私は立つと部屋の出口に向かいました。


「気を付けろよ? 噂という物はすぐに変化する。余計な尾ひれがついて収拾がつかなくなるなんて事にならないようにな」


 部屋を出る間際、隊長さんがそう警告しました。


「分かってますよ」


 私はそう言って取調室を後にしたのでした。



 このとき、私は全く分かっていませんでした。噂の恐ろしさを。隊長さんが危惧した事を。



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