83. 反逆罪
ウチュウの話を聞いた次の日。もはや恒例となった昼休憩を使っての家庭教師の準備予習の時に、エルーシャがこんなことを言い出しました。
「ねえマリーン。ミンシュシュギって分かる?」
その一言に私の手がピタリと止まります。
「……どこでそんな言葉を聞いたのですか」
「クラスト君が言ってたらしいんだけど……」
「今すぐ詳しく話してください。いえ、ちょっと場所を変えましょう」
私はエルーシャの手を取り小会議室へ向かいました。ここなら二人きりになれて、外に声が漏れることもありません。
「それで、クラスト君はなんと言っていたのですか」
「その……貴族が贅沢するために国民から税金を取るのは不当で、国民が幸せに暮らすためには国民自身で政治を行わないといけない。そのための方法がミンシュシュギなんだって」
私は開いた口が塞がりませんでした。頭をぶん殴られたかのように思考が乱れ、目眩すら覚えました。
民主主義など子供が思いつくことではありません。そもそも専門用語です。
「えっと、マリーン?」
黙り込んだ私をエルーシャが訝しがります。私の中には沸々と怒りが沸き起こっていました。
「エルーシャはそれをエランド君から聞いたのですよね。エランド君には何と言いましたか」
驚きました。自分からこんな低い声が出るとは。
「え、その、罰せられるからお貴族様の悪口を言ったら駄目だよって……」
「そうですか。それで正解です。よくやりましたね」
「え? うん」
「エルーシャ、この事は他言無用です。今すぐクラスト君たちの元に行きましょう。詳しい事は移動しながら話します」
私は返事を聞かずに会議室を出ました。エルーシャが慌てて追いかけてきます。私たちはそのままギルドを飛び出したのでした。
「国家反逆罪!?」
エルーシャが走りながらそう聞き返してきました。
「そうです。民主主義を主張するという事は、貴族や王族から地位を奪い自分たちが成り代わるという意思表明とみなされます。ですので権力者が知れば徹底的に潰しにかかるでしょう」
そう、事は貴族への悪口というレベルでは収まりません。クラスト君だけでなく、その主張を聞いた人や一族まで根こそぎ消される事すら考えられます。反逆の種は関係者の恨みも含めて葬るのが貴族にとっては一番確実だからです。
「じゃあエランドたちは……」
「今は他の人に言いふらしていない事を祈るしかありません。とにかく急ぎましょう。行ってクラスト君たちの口を塞がないといけません」
私たちはエランド君の家に急ぎました。
が、エルーシャに案内されてエランド君の家に着いた時。
周囲に人だかりが出来ていました。区画まる一つ封鎖され、道には幕が張られています。中の様子は見えません。衛兵たちが周囲を固め、中への侵入を拒んでいました。
遅かったようです。誰かがクラフト君たちの話を聞き通報したのでしょう。
「マリーン、どうしよう……」
「状況を聞いてきます。エルーシャは関係者だとばれないようにしてください」
「うん……」
私は人混みをかき分け衛兵に近づきました。そして見覚えのある衛兵を見つけ、堂々と近づきます。そして敬礼。
「お疲れ様です。応援に来たのですが、隊長さんはどちらでしょうか」
「あれ? マリーンさん!? 呼ばれてたのですか?」
衛兵が驚きつつも敬礼を返しました。私は過去何度か衛兵と合同で捜査や作戦を行っているので、衛兵には顔見知りが多いのです。
私はにこりと笑顔で答えると、次にこう言いました。
「大変な事態になりましたね。私も全力で協力させていただきます」
「おお! ご協力感謝します!」
私は再び敬礼をして封鎖内へと侵入しました。
「おい! 部外者がいるぞ!」
バレました。私は衛兵に拘束され隊長さんの元に連行されました。隊長さんが私を見て呆れています。私をそんな目で見ないでください。悪いのは私を中に引き入れた封鎖担当の人です。
「お前、これが何の事件か分かってるのか? 首を突っ込んでいい事と悪い事があるぞ」
「もちろん知っています。子供たちが貴族の悪口を言ったのですよね」
私は堂々とそう答えました。隊長さんと話している限りは問答無用で連れ出されずに済みます。向こうから話しかけてきたのはチャンスです。こちらのペースに引き込みます。
「いや、事態はそんな甘いものではない。これは国家反ぎゃ」
「ただの悪口です」
「違う。こっ」
「悪口です」
「……」
「悪口ですよ。子供たちにそんな深い意図があったと思いますか。単に知識をひけらかしたかっただけです。ちゃんと教育すれば矯正できます」
私は事実の改変に掛かりました。事件の重大性を下げれば処刑を逃れられる可能性も上がります。ですが、まだ足りません。事件を解決するには、責任をとる存在が必要です。
「あなた達が一番すべき事は、子供たちにその知識を吹き込んだ人物を探すことです。子供たちが言った内容は子供が考えられるものではありません。その知識を吹き込んだ人物がいるはずです。それこそがこの事件の黒幕であり、今後同様の事件を引き起こす可能性があります。子供たちは事件の被害者です」
私は責任を見知らぬ誰かに被せることにしました。ですが罪悪感はありません。知識を持つ者にはその知識を振るう上での責任があるのです。他人にその知識を広める事でどのような事態が引き起こされるかを考慮すべきなのです。
実際私はエルーシャに、ひいてはエランド君に教える知識には害を引き起こす物がないよう注意していました。
ですが黒幕が子供たちに教えた知識は貴族政治に真っ向から反する危険思想。もしどうしても民主主義の概念を教えなければいけないのなら、その危険性についても教えなければいけないのです。
ですが黒幕はそれをしなかった。そのため子供たちは知識を言いふらし、こうして悲劇に見舞われたのです。私はそのことに憤りを感じていました。
「それで、お前はどこまで黒幕を追ったのだ?」
「まだなにも。重要参考人である子供たちに黒幕の容貌を聞きに来たところです。子供たちは無事ですか」
「ああ、まだ子供とその親の身柄を確保しただけだ」
「それで、これからどうするつもりでしょうか」
「部外者には教えられん。それと、お前の追っている黒幕とやらの捜査は我々が引き継ぐ。だからこの件からは手を引いてもらおう。おい、この部外者をつまみ出せ」
そうして私は封鎖地帯から追い出されました。私の姿を見つけたエルーシャが駆け寄ってきます。
「マリーン! どうだった!?」
「子供たちは今のところ無事です。隊長さんが、子供たちを反逆者ではなく重要参考人として扱ってくれると言ってくれました。後は貴族の反応次第です」
「そっか……」
「できることはやりました。後は結果を待ちましょう」
そうして私たちはその場を後にしたのでした。
この日、エランド君とクラスト君を含む6人の子供とその家族32人が捕まったのでした。




