82. 家庭教師
教育編、全6話始まります。
*この物語はフィクションであり実際の教育論・政治思想とは一切関係ありません。
夜、日が沈み家々に明かりが着くこ頃。一人の女性が少年に勉強を教えていた。女性の名はエルーシャ。家庭教師である。普段冒険者ギルドで働いている彼女はギルドの仕事が終わった後の一時間、少年の部屋で勉強を教えていた。
「お姉ちゃん、算数もう飽きちゃったよー。また面白い話聞かせてよ」
少年がのけぞりながら斜め後ろのエルーシャを見た。少年の名はエランド。以前誘拐に会った時にエルーシャに助けられた少年である。
「しょうがないな。丁度キリがいいし今日は終わりにしよっか」
「やった!」
エランドは椅子から飛び上がりベッドに腰かけた。堅い椅子から解放されて上機嫌である。
「もう、調子いいんだから」
「今日は何の話をしてくれるの?」
「そうだなあ、じゃあ今日は星の話をしてあげる」
「星?」
エランドは首を傾げた。夜空に浮かぶ光の点、その程度の認識しかエランドにはなかった。
「エランドは星って何だと思う?」
「えー、分かんないよ。ファイヤーボールでも浮かんでるの?」
「残念。はずれでーす。でも浮かんでるっていうのは当たってるよ」
「もー、意地悪しないで答え教えてよ。何が浮かんでるの?」
頬を膨らませるエランド。エルーシャはそれを見て笑った。
「正解は、大きな水晶でした」
「ええー、宝石が空飛ぶの?」
「そう。魔法の水晶でね、光り輝きながら浮いてるんだよ。でも昔地面に落ち来てね、だから分かったんだよ」
「じゃあその落ちてきた星はどうなったの? だれが拾ったの?」
「その星を拾った人はね、ウォッチ教を開いたんだ。水晶の中に神様の記憶が封じられていてね。その人は神様の記憶を見て神様がいることを知ったんだよ。その星は今でもウォッチ教国で保管されてるんだって」
そうしてエルーシャは星にまつわる伝承や星占いの知識を語っていった。エランドはその話に引き込まれ、すぐに時間が過ぎていった。
「お姉ちゃん物知りだね!」
エランドにそう言われたエルーシャは照れながらも自分の鞄を持つと立ち上がった。
「じゃあ今日はもうおしまい。明日は勉強の続きからね」
「えー!」
「また明日勉強が終わったら面白いお話してあげるから。ね?」
「うん! わかった!」
そうしてエルーシャはエランドの家を後にした。それを見送るエランドの目には、エルーシャの知的で博識な後姿が映っていたのだった。冒険者ギルドで事務をバリバリこなし、時には荒くれ者の冒険者を率いて魔物と戦う、そんなエルーシャにエランドはあこがれていたのだった。
皆さんこんにちは。マリーンです。今は冒険者ギルドの昼休憩。ギルドに併設された定食屋で食後のコーヒーを嗜んでいます。優雅です。
「マリーン! 教えてもらった雑学が尽きちゃったんだ! また新しい話聞かせて!」
そこにやって来たのはエルーシャ。騒がしいですね。優雅の欠片もありません。
「またですか。いい加減子供に見栄を張るのは止めたらどうですか」
「そんな心無い事言わないでよ。私はエランドのあこがれなんだよ! マリーンは子供の夢を壊して楽しいの!?」
エルーシャが泣きつきます。ええいうっとおしい!
「そんな幻想は壊れた方がいいです」
「スイーツ1つ」
「では、質量と魔力は等価という話でもしましょうか」
エルーシャが家庭教師を始めた時から、私はこうしてエルーシャにいろんな知識を与えていました。勉強面では法知識や経済、数学といった市民が知っていて役立つ事を。それ以外では知っていても害にならない雑学を。
もともと教育を受けていないエルーシャが自力で勉強を教えるなんて無理なのです。そもそもほとんどの市民は教育を受けていません。教育と言えばすなわち家庭教師。そして家庭教師が勤まるような人は少ない上に、多くは貴族に雇われるため市民では給料を払えません。
エルーシャは知り合い料金として格安でエランド君の親に雇われているのでした。小銭稼ぎにしかなっていないというのに、そこまでしてエランド君に尊敬されたいのでしょうか。
私はその日の分のカリキュラムの内容をエルーシャに教え、昼休憩を終えたのでした。
次の日、昼休憩にて。エルーシャが妙なことを聞いてきました。
「あのさ、マリーンはウチュウって知ってる?」
「知りませんが、なんですかそれは」
私がエルーシャを見ると困惑顔でした。いや、唐突な質問に困惑したいのはこちらなのですが。
「なんかね、エランドが星の話を友達にしたら、友達がそれを間違ってるって否定してきたんだって」
「はあ」
「クラスト君って言うんだけど、その子が言うには、空の上にはウチュウって世界が広がっていて星はそこに浮かぶ丸い大地なんだって。しかも、私たちが立っているこの世界も宇宙に浮かぶ丸い大地だってさ」
なんなんですか、その荒唐無稽な与太話は。
「子供の想像力ってすごいですね」
「しかもさ。その子は友達が多い人気者らしくて、他の子たちもその子の話を信じて、エランドを皆して嘘つき呼ばわりして来たんだって」
「子供にとっては『何を言うか』よりも『誰が言うか』の方が重視されるという事ですか」
なんとも理不尽ですね。そんな目にあったエランド君が哀れです。
その日はエルーシャに、エランド君にウチュウなんて無いと教えるよう助言して昼休憩を終えたのでした。
が、さらに次の日。クラスト君が言ったというある話をエルーシャから聞いた私は衝撃を受けることになりました。




