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81. そして現実へ

 金庫から溢れ出した悪夢、その正体はサッシュさんの父親でした。父親がサッシュさんを追いかけます。


“一緒ニ来イ……。コノ世界カラ逃ゲヨウ……”


 悪夢が声を発します。その声は怨嗟に満ちたものでした。


「追いかけましょう!」


 私たちもその後を追いかけます。


「来るな! 来るなー!!」


 サッシュさんが父親から逃げまどいます。その姿は次第に小さくなっていきました。距離が離れたからではありません。サッシュさんの体が徐々に幼くなっているのです。


「来ないでー!」


 その姿は青年から少年に、少年から幼児に、そして遂には赤子にまで若返りました。赤子となったサッシュさんは悪夢から逃げることができません。


「まずいですよ! サッシュさんが悪夢に侵食されてしまいます!」

『その心配はないのです。夢に精神を直結しているマスターと違って、夢の主にとっては所詮ただの夢なのです。精神が侵されることはないのです』

「そういうのはもっと早く言ってください!」


 慌てて損をした気分です。


「ではあれはほっといても大丈夫なのですか」


 私は悪夢の方を見てそう聞きました。赤ん坊となったサッシュさんが父親を見て泣いています。父親の手にはナイフが握られていました。


「……本当に大丈夫なのですよね。」

『せいぜいトラウマになるくらいなのです』


 父親がサッシュさんの前に立ち、ナイフを振り上げました。大丈夫と言われても全然大丈夫に見えない光景です。浄化したほうがいいのでしょうか。


 私がそう考えていると、いつの間にかサッシュさんと父親の間に老人が立っていました。老人がナイフを奪って父親に突き立てます。それはサッシュさんの祖父でした。


 父親は倒れ、祖父は赤子のサッシュさんを抱きあげました。やがて父親は消滅したのでした。




 悪夢が消えたのを見た私はサッシュさんに近づきました。危険が排除された今、サッシュさんと対話するチャンスです。


 ですが、


「あうー、あー」


 サッシュさんは喃語を発していました。意志の疎通ができません。


「ふむ、どうやら幼児退行しているようだな。自分の精神を守るための防衛反応の一つだ」


 サッシュさんを見たメガネがそう診断しました。見た目だけでなく精神までもが赤子になっているようです。これでは説得のしようがありません。


「失礼ですが、あなたたちはどちら様ですかな?」


 サッシュさんの祖父が話しかけてきました。夢の登場人物と話せたことに驚きつつも、私は自分の素性を話しました。


「そうですか。サッシュを目覚めさせるために……」


 サッシュを愛おしそうみる祖父、その目には、夢の中の人物とは思えない知性が宿っていました。


『驚いたのです。この老人には心があるのです』

「どういうことですか」

『正確には、この老人についての記憶から老人の心を再現しているのです。もはや別人格なのです。今この世界は、この老人が見ている夢なのです』


 多重人格、いえ、イマジナリーフレンドの類でしょうか。私の脳裏にイマジナリーフレンドだった少年の姿が思い浮かびました。


「なるほどな。自分を守ってくれる存在を生み出したのか。そして嫌なことを全て押し付けたというわけだ」


 なるほど。赤子という守られる存在に自分を落とし込んだのですね。


『この老人と交渉する事はこの赤子と交渉することと同義なのです』


「おじいさん。サッシュさんを夢から覚ましてください。これがサッシュさんにとっていい結末だとは思えません」

「目を覚ましてもサッシュには辛い現実が待っておる。傷つき苦しむくらいなら、一生この世界に居た方がいい」

「辛くても、人は生きていかなければいけません。一生寝たきりで過ごすつもりなのですか。スーンさんだって面倒見きれなくなる日が来ますよ」


「サッシュが何から逃れるために夢に閉じこもったか、分かって言っているのか?」

「……あなたの遺産の相続争い、辺りでしょうか」


 私の返答に、サッシュさんの祖父は目を細めました。


「知っていたのか。それともこの夢から読み解いたのか?」

「サッシュさんはスーンさんの話題に強く反応していました。そしてスーンさんが悪夢として現れ金庫を付け狙っていました。そしてサッシュさんは金庫を守ろうとしました。そして先日、現実のあなたが亡くなっている。ここまでそろえば、遺産相続が一番しっくりきます」


「……正解だ。スーンはサッシュに、私の遺産を渡すよう迫っていた。金庫を開けろとな。サッシュはスーンに引き取ってもらったこともあり立場が弱かった。スーンの家族からも同様にせっつかれてな。サッシュは気を病んでしまった」


「ですが、眠ったままでは何も解決しませんよ。そして解決しなければサッシュさんのこれからの人生が失われてしまいます。現実と向き合ってください」


「……お前の言うことは正しい。だが正論だけでは人は動かん。どうしても感情が邪魔をする。だからサッシュは逃げた。サッシュは絶対に目を覚ますことを受け入れないだろう」


 祖父はそう言うとため息をつきました。


「だが、そうだな。お前の言う通り、この夢を終わらせよう」

「私が聞くのもなんですが、いいのですか」

「私がお前の言うことを正しいと思ったからだ。サッシュが私にすべてを任せた以上、私に決定権がある」

「……受け入れてくださりありがとうございます」

「礼には及ばんよ。こちらこそ、サッシュのためにありがとう」


 祖父はそう言うと私に頭を下げたのでした。


「君たちはもう去れ。この世界はもうすぐ消えてなくなる」

『それでは夢からログアウトするのです』


 夢枕がそう言うと、景色が急激に歪み始めました。色が薄れモノクロになり、そして何も見えなくなります。




 そして私は目を覚ましました。さらに数分後、サッシュさんが目を覚まします。


「ああサッシュ! よかったわ!」


 スーンさんが喜びます。その笑顔は私にはどこか作り物めいて見えました。



「叔母さん。見て欲しいものがあるんだ。マリーンさんも」


 念のため治癒院で検診を受けた後、サッシュさんがそう言いだしました。私とスーンさんはサッシュさんの家に連れてこられました。サッシュさんが金庫の前に立ちます。


「今からこの金庫を開けます」


 それを聞いたスーンさんがソワソワしだしました。遺産への期待が彼女の中で高まっているようでした。


 サッシュさんがダイヤルを回すと、ガチャリ、と音がしました。巨大な金庫の扉がゆっくり開いていきます。



「きゃああああああああ!!?!」


 スーンさんが悲鳴を上げました。立っていられずに尻餅をつきます。


「やはり、そうでしたか」


 私はそうこぼしました。なぜ気を病むほどに迫られたサッシュさんが、それでも金庫を開けなかったのか。その答えは夢の中にしっかりと現れていました。予想はできていたとはいえ、実際に目にしてみると悪夢がよみがえってきます。




 金庫の中には、白骨死体が入っていました。



「あなたの父親の遺体ですね」

「そうです。2年前、祖父が殺しました」

「な……なんで……。どうしてこんなことを!」

「……父は2年前、一家心中を図ろうとしました。私は父に殺されかけ、祖父が私を守るために父を殺しました。」


 サッシュさんがうつむきました。


「心中!? どうしてそんな!?」

「父の商会が奪われたからです。他の商会と合併するはずが、契約の中に罠が仕掛けられていて、資産も権利も奪われてしまったんです」

「そん……な……」


 スーンさんが頭を抱えました。


「叔母さん。引き取ってもらっておいてすいませんが、僕はこれから自活します。祖父の遺産は、罪も含めて僕の物です。今までありがとうございました」


 サッシュさんはそう言って、蹲るスーンさんに頭を下げたのでした。スーンさんは何も言いませんでした。




「サッシュさん。あなたはこれからどうするのですか」


 私は家を出たサッシュさんにそう聞きました。


「とりあえず、警察に出頭します。事情を話して、父の遺体を埋葬して、……後はそれから考えます」


「そうですか。ではもう一つだけ、聞いてもいいですか」


「何でしょうか?」


「あなたはサッシュさんですか。それともサッシュさんの祖父ですか」


「……秘密です」


 サッシュさんは私に会釈をすると去って行ったのでした。 

いつもご愛読いただきありがとうございます。これで夢世界編は終了です。


次回予告:教育編

 エルーシャがエランド君の家庭教師に! マリーンはエルーシャの教育活動を裏で支えることになる。しかしエランド君は友人たちと一緒に突然逮捕されてしまうのだった。その罪状は、国家反逆罪!?

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