80. 夢の世界で
夢から一時戻った私は、再びスーンさんに事情を聴きました。サッシュさんの夢に出てきた家族らしき人物について訊ねてみます。
「それは間違いなくサッシュの父親と祖父です」
スーンさんは夢で見た話を聞き、そう断言しました。
スーンさんとサッシュさんは3年前に一族揃ってヨハンに移住してきたそうです。サッシュさんの家族構成は祖父と父。母はサッシュさんを生んで数年後に病で亡くなりました。スーンさんは結婚により既に別の家に嫁入りしていたそうです。
「父親は今はどこに。スーンさんがサッシュさんを引き取ったという事は、ヨハンにはもういないのですか」
「それが、サッシュの父親は2年前に行方不明になりまして……」
話によると父親は商人で、ヨハンの建設ラッシュ・移住ラッシュに乗じて一儲けする為に一家そろって移住してきたのだそうです。商売はうまくいっていたようで、後に大商会と合併する程にまで成功したようです。それが行方不明の直前の話。
「これからというところで、サッシュの父親は失踪してしまったのです」
「そう、ですか」
サッシュさんはヨハンで父と祖父の両方を失ったということになります。これが夢に閉じこもった原因なのでしょうか。
「そう言えば、スーンさんが嫁入りしたという事は、サッシュさんはこことは別の家に住んでいたという事ですか」
「ええ、まだ手付かずで残っていますが……」
「そちらを見せてもらってもよろしいでしょうか。なにか手掛かりがあるかもしれません」
私はスーンさんに案内されて、ある家の前に来ました。サッシュさんの家です。少し前までサッシュさんが祖父と暮らしていたため綺麗なままです。
中に入ると、見覚えのある部屋がありました。ここは、夢世界で最後に見た民家でした。
家の中を物色していると、また見覚えのある物が見つかりました。金庫です。夢に出てきた巨大な鉄の扉と同じ見た目でした。ただし、夢の中では家ほどもあったのに対し、こちらは1メートル四方ほどです。
金庫は開きませんでした。スーンさんはダイヤルの番号を知らなかったからです。もし知っているとすれば、サッシュさんだけだろうとのことでした。
『夢に出てきた位だ。なにか重要な手掛かりが入っているのかもしれんな』
『でも開けられないのでは手掛かりも掴めませんよ』
『こっちで開けられなくても、夢の中で開ければいいだろう。あの世界なら鍵開けのスキルも作れるだろうしな』
『夢と現実の区別くらい付けましょうよ。同じ物が入っているとは限りませんよ』
『夢の中でのダイヤル番号とこの金庫のダイヤル番号はおそらく同じだろう。記憶が基になっているのだからな。番号が分かればいい』
『犯罪の臭いがするのですが……』
『夢の中まで取り締まる法などない』
そんなこんなで、私は再びサッシュさんの夢の中に潜入しました。夢世界は再び変貌を遂げており、公園の中に巨大金庫が鎮座していました。サッシュさんの姿は見えません。
代わりにあの化け物が金庫の前に居ました。金庫の扉をたたき、開ケロ開ケロと言っています。私たちは離れたところに隠れてそれを見ていました。
「というか、あの化け物は一体何なのですか」
『悪夢なのです。悪夢は今のマスターには危険なのです。あれに全身を侵されることは、精神が崩壊させられるのと同じ意味を持つのです』
「そう言うことはもっと早く言ってください! 私あれに浸食されかけたんですけど!」
「で、実際どうするのだ? みたところ、金庫に固執しているようで離れる気配がないぞ」
『戦闘スキルを作るのです。圧倒的火力で蹂躙するのです』
夢枕、意外と武闘派ですね。
『対悪夢特攻のスキルを組んだのです。手の平を向けて浄化と言えば発動するのです』
「どれどれ、浄化」
わたしがそう言うと、手の平からすさまじい勢いで白い炎が噴き出しました。私の前方が吹き飛びます。悪夢どころか金庫まで巻き込み煙に包まれました。
「……これ、オーバーキルなのでは」
『圧倒的火力なのです。聖なる炎で浄化するのです』
「おいおい、金庫も吹き飛んだのではないか?」
しばらくすると煙が晴れ、金庫が見えてきました。どうやら金庫は無事のようです。悪夢は金庫の前で倒れていました。
『まだ生きていたのです。とどめを刺すのです!』
「容赦ないな……」
「待ってください。ちょっとこの悪夢、鑑定してみましょう」
私はメガネにそう言いました。悪夢の正体が分かれば、なにか手掛かりになるかもしれません。
「確かにその通りだな。鑑定」
メガネがそう言うと、悪夢の纏っていた靄が消え顔が顕わになりました。その人物の正体は、スーンさんでした。
「これは……どういう事でしょうか」
「どうやらサッシュはスーンにあまりいい感情を持っていなかったようだな。スーンに対する嫌悪が悪夢となったようだ」
「ぐふっ!」
スーンさんは黒い血を吐き、やがて消滅しました。
『邪悪は滅されたのです』
「考えても仕方ありませんね。さっさと金庫を開けましょうか」
「そうだな」
『鍵開けのスキルを組んだのです。開錠なのです!』
夢枕がそう言うと、金庫のダイヤルが回り始めました。
その時、
「止めろー!!」
声がした方を振り返ると、サッシュさんが走ってきていました。
「開けるなー!!」
サッシュさんが悲痛な声をあげます。が、すでに遅し。金庫のロックは解け、扉がゆっくりと開きました。
突然、何かが金庫の内側から扉を弾き飛び出してきました。黒い、どす黒い液体が洪水のように金庫から溢れ出してきます。
「これはっ!?」
『悪夢なのです! さっきの悪夢とは比べ物にならない大きさなのです!』
「このままじゃ飲み込まれますよ!」
『浄化なのです!』
夢枕が鼻から白い炎を放ちました。炎は悪夢を焼き払いますが、次から次へと溢れ出る悪夢は押し止められず左右から回り込んできました。
「まずい! 囲まれるぞ!浄化!」
メガネも炎を手から放ちました。私も続けて浄化を放ちます。三人がかりでギリギリ悪夢と拮抗することができました。
「来るなあああああ!!!」
サッシュさんの悲鳴が聞こえました。見ると、悪夢がサッシュさんにも押し寄せています。サッシュさんは背を向け逃げまどっていました。
危険です。このままではサッシュさんが悪夢に浸食されてしまいます。
「この悪夢を鑑定してください! 正体が分かれば倒し方が分かるかもしれません!」
「了解した! 鑑定!」
メガネの鑑定により、洪水のように押し寄せていた黒い液体が消えていきます。悪夢はその姿をみるみる小さくしていき、やがて一人の男性が残りました。あれが悪夢の正体のようです。
その正体は、サッシュさんの父親でした。




