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8. 引きこもり

引きこもり編はじまります。短編1話です。


 皆さん、おはようございます。マリーンです。私は今出勤中、ギルドに向かって人混みの中を歩いています。ここ開発都市ヨハンはまだインフラの整備が途中なため、通勤時にはこうして渋滞がよく発生します。人間が邪魔です。


「ちょっと!? 今触ったでしょ!」


 突然近くを歩いていた女性が声を張り上げ、男性の腕をつかみ上げました。そしてある呪文を唱えます。


「この人痴漢です!!」


 クリティカル!男性の社会生命に大ダメージ!


「なっ、何の話だ!? 俺はやってない!」

「黙りなさい変態!」


 男性は無罪を主張し続けましたが、衛兵に連れていかれました。




 冒険者ギルドへの依頼には、日雇いの労働から専門的な技術が必要なものまで様々なものがあります。これらの依頼は可能な限り全て達成するというのがギルドの方針です。これは、どんな依頼でも受け付けることで街の人がギルドに依頼しやすくなるように、という本部の意向があるためです。


 そのため、人よりも仕事のほうが多いヨハンでは、冒険者だけでは受けきれない程の依頼が舞い込むことがあります。そういう時は、他の組織に外注したりギルド職員が受注することになります。


 私も現在、依頼を一つ受けています。毎晩1時間、1か月間継続の依頼です。夕飯を終えた私は今日も依頼主のところへ向かいました。



「メルムさーん、こっちは大丈夫ですよー!」


 私は今、人気のない夜道を歩いています。一緒にいるのは依頼主の娘のメルムさんです。以前、人混みの中で全身をまさぐられるという目にあったメルムさんは、トラウマによって家に引きこもってしまったそうです。


 私が受けている依頼は「引きこもりの娘を更生させて、トラウマを克服させてほしい」というものでした。今日は依頼を受けて5日目です。根気よくメルムさんを説得した結果、他人に近づかないという条件で、初めて彼女を外に連れ出すことができました。


「メルムさーん、辛くなったら言ってくださいねー!」


 私はそう言いつつ彼女と歩調を合わせて進みました。彼女にとっては久しぶりの外です。できるだけトラウマを刺激しないようにしながら外に慣れさせていくしかありません。焦らずに、これから毎晩かけてトラウマを克服していきましょう。



 次の日も、私とメルムさんは夜道を歩きました。さらに次の日も、その次の日も。



 そしてさらに数日が経ちました。メルムさんもいくらか外に慣れ始めたようで、以前より足取りがしっかりしています。いい傾向です。


 しかし、そこに奴があらわれました。そう、通行人Aです。こちらに向かって歩いています。いま私たちがいるのは狭い一本道。このまますれ違ってしまえばメルムさんが触られてしまいます。


 メルムさんを見ると明らかに動揺していました。まだ対人恐怖の克服はしていません。トラウマがよみがえってしまえばまた引きこもってしまう可能性があります。危険な状態です。


「メルムさん、引き返しましょう!」


 私は元来た道を引き返すことにしました。後ろを歩いていたメルムさんが今度は前になります。


「ち、近いです……。」


 メルムさんが私に言いました。しまった、振り返るときにうっかり一歩近づいてしまいました。


「すいません、ですがこのままだと通行人と接触してしまいます。ここは戻りましょう。」


 こうして私たちは通行人Aから逃げました。しかし、いつまでもこうしていたら、対人恐怖は克服できません。外に出ることは慣れてきたので、そろそろ次の段階に移ることにしましょうか。




 次の晩、私とメルムさんは大通りが見えるところにやってきました。他人がいる空間に慣れてもらうためです。まずは遠くから見て慣れていきます。



「メルムさーん、平気ですかー」



 私は隣にいるメルムさんに声を掛けました。彼女は小さくうなずきました。どうやら近くに入らなければ大丈夫そうです。



 ふいにメルムさんがある屋台に目をやりました。どうやら串焼きの香りに食欲を覚えたようです。



「買ってきましょうか」


「……いいんですか?」


「代金はギルドの経費で落とすので問題ないです。ここで待っていてくださーい」



 私はそう言うと、二人分の串焼きを買ってメルムさんの隣に戻ってきました。



「じゃあ、渡すので、触れますね」



 私はメルムさんが頷くのを確認すると、ゆっくりと近づきました。



 一歩、二歩、三歩、四歩、そして五歩。私がメルムさんに触れるのは初めてですが、なんとか耐えられているようです。今まで何度も会っている分、少しは心の距離が縮まったようです。



「どうぞ」



 そう言って私は串焼きを渡し隣に戻ると、一緒に串焼きを食べました。ギルドの経費で食べる串焼きはとてもおいしかったです。



 私はさらに次の段階に移ることにしました。行うのは、他人と触れ合う訓練です。





 私はメルムさんに近づいていきます。メルムさんは体を触られる感覚に一瞬硬直しましたが、なんとか我慢できたようです。そのまま慣れるまで何度も近づきます。訓練は何度も繰り返し行われました。




 そして依頼を受けて26日目となりました。



「あっ……」



 接触訓練中にメルムさんが声を上げました。



「どうかしましたか」


「……区別が、付きます。触られていません」



 ついに待望の瞬間が訪れました。彼女のスキルレベルが上がったのです。





 彼女はあるスキルを持っていました。「共感覚 LV1」です。



 共感覚というのは、ある感覚を受けた際に別の感覚が引き起こされる現象です。例えば文字に色を感じるなどです。



 彼女の共感覚は、触覚とパーソナルスペースでした。パーソナルスペースというのは簡単に言うと、他人に近づかれて不快感を覚える範囲のことです。相手が親しいほど不快感を覚える距離は狭くなります。この不快感と触覚が彼女のスキルによって結び付けられていたたのです。



 メルムさんは偶然このスキルを人混みの中で習得してしまいました。さらに、このスキルは本来の触覚と区別が付きませんでした。そのため全身をまさぐられたように感じ、トラウマとなったのです。



 そこで私は、スキルの訓練を行うことでレベルを上げることにしました。スキルはレベルが上がるほど使いこなせるようになります。触覚と共感覚の区別がつくようにしたのです。



 ちなみに、外に慣れる訓練はその前段階として、私が近づいても耐えられる程度にトラウマを解消し親しくなるために行いました。不快感が強いほど強い触覚を感じてしまいさらにトラウマが強くなる悪循環となるためです。



 最初の頃は3メートル以上離れていないといけなかったので、常に大声で会話をしないといけなかったので大変でした。




 依頼最終日、メルムさんは一人で買い物をしました。共感覚の区別がつくようになった彼女は、他人に近づくことができるようになったのです。こうして私は依頼を達成したのでした。


後から調べてみたら、ミラータッチ共感覚というものがあるようです。


オリジナルの創作のつもりが、まさか前例があったとは。(^^;


次回予告:ごみ編

 街で度々発生する魔物、その出所を探るマリーンがたどり着いたものとは。そしてマリーンの戦闘スタイルが明らかに。乞うご期待。


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