76. 見るというただそれだけの事
なぜ私が犯罪ギルドの取引現場にたどり着けたのか。それは、マントンさんにスワン男爵の監視をさせていたからです。私がなぜスワン男爵にナッツの情報をリークしたのかというと、スワン男爵にナッツを探させるためです。貴族であれば裏社会と渡りをつけることも可能だと思ったからです。
権力者と裏社会には大抵繋がりがあるものです。娘を癒せるスキルを持った人が人身売買されていると知れば、スワン男爵がそれを探すことは自然な事でした。そして犯罪ギルドに行きついたのでしょう。そして今日取引となった。
私はマントンさんに犯人の監視を任せ、スワン男爵を追いました。そして交渉の末ナッツを解放させ保護し、衛兵詰所に引き渡しました。そして取引現場に戻ってきたら、なぜかニーモさんが犯人に組み伏せられていました。そして犯人の独白が聞こえて来ました。それにより、この犯人が犯罪ギルドの黒幕であることが分かったのです。
「くだらないですね」
私はそう言って黒幕の前に姿を現しました。ニーモさんが殺されそうだったからです。
「こんばんは、黒幕さん。あなたを逮捕しに来ました」
私は黒幕の注意を引き付けることにしました。まずは黒幕とニーモさんを引き離さないといけません。なぜニーモさんがここにいるかは分かりませんが、殺されるのを黙って見る趣味はありません。
「先ほどから話を聞いていればなんですか。自分は不幸な生い立ちだったの頑張っているだの、自己弁護にも程がありますね。そんな人は探せばいくらでもいますよ。挙句の果てに愛されなかったから殺して地位を奪うなど、子供の駄々をこじらせ過ぎです」
私は黒幕を貶し続けました。敵意をこちらに向かせるためです。
「そんなことのために多大な犠牲を出して何も感じないなんて、感受性がないにも程があります。あなたは家族に愛されていないかもしれませんが、犠牲者も家族に愛されていないなんて事はありません。遺族がどれだけ悲しむことになるか、あなたは考えるべきです」
怒れ、怒ってこっちに斬りかかって来い。私がそう思っていると、黒幕はなんとニーモさんにとどめを刺そうとしたではありませんか。
「ちょっ!!?」
私はあわててエアーボムを撃ちました。黒幕の短剣がニーモさんに突き刺さる直前に命中し黒幕を吹っ飛ばします。ニーモさんと黒幕が離れました。予定外ですがチャンス! 私はニーモさんを守るように黒幕とニーモさんの間に位置取りました。
「ゲホッ! ゲホッ!!」
黒幕はとっさに放ったエアーボムでもダメージを受けているようでした。ステータスが低いのでしょうか。私は鑑定メガネをかけて黒幕を鑑定します。
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人間 クラーク 男 26歳
レベル:15
常態:普通
HP:60/106
MP:137/156
筋力:84
耐久:65
俊敏:79
知力:198
スキル:【確率化 LV3】「思考力上昇 LV8」「事務 LV8」「計算 LV7」
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おおっと、聞いたことのない特異スキルを持っています。もし戦闘に特化した特異スキルなら脅威です。ステータスはDランク冒険者くらいですが、スキルの強さのみで高ランク冒険者になれる人も居るくらいなので、油断できません。
なので速攻で倒すことにしましょう。
エアーボムを受けた痛みが収まったクラークはニーモから奪った短剣を構え、しかし困惑していた。クラークはエアーボムを回避しようとしたのだ。だが回避できなかった。
スキルの発動が遅れた? クラークはそう考えた。ニーモにとどめを刺すことに意識が向いていたから、マリーンがとっさに攻撃してきたから、反応が遅れた可能性は十分ある。
「マリーンさん! 敵は姿を消すスキルと探知系スキルを持っていると思われます! 姿が見える内に倒してください!」
ニーモがマリーンに助言した。だが、ニーモの伝えた情報は正確ではない。それらの能力はあくまでクラークのスキルの副次的な効果なのだ。
クラークの持つスキル【確率化】は、文字通り確率的存在になれる効果を持つ。では、確率的存在になるとはどういう物なのか。それは不確実な状態になるという事だ。
世界は観測されることで状態が確定される。では観測される前は?その答えは、取り得る全ての状態が可能性として重なり未だどの状態で確定されるか決まっていない状態、である。ゆえに不確実なのだ。
では、不確実な状態になるスキルはどんな効果を引き起こすのか?それは、観測不能である。通常は観測されないから不確実である所が、不確実だから観測できないとなるのだ。クラークが姿を消したのはこの効果によるものである。
話はそれだけでは終わらない。取り得る全ての状態が重なっている、そんな状態の中で、クラークは任意の状態を選ぶことができた。相手が剣を振ってもそれが当たらない行動をとった自分を選ぶことができ、相手の急所に偶然会心の一撃を入れた自分を選ぶことができるのだ。だからニーモに攻撃を当てる事ができた。
突き詰めるとこのスキルは、勝てる可能性がほんの僅かにでもあれば勝てるスキルなのだ。
逆に言えば、相手にとっては負ける可能性があれば必ず負けるのである。
このスキルは無敵なのか?
否、そうではない。そうではないが、クラークはこのスキルに絶対の信頼を置いていた。
だからこそ、
「なぜです!!? なぜスキルが発動しないのです!!!」
【確率化】が発動しないという異常事態を、クラークは受け入れることができなかった。
世界は不確実である。では、そんな世界を観測する人は確固とした存在なのか?
そうではない。人もまた観測の対象である。なぜなら世界の一部なのだから。世界は人々の観測の最大公約数によって成り立っているのである。ゆえに、人の得た観測結果が世界による観測結果に覆されることはありふれている。
クラークの【確率化】はそんな世界の観測から逃れるスキルだった。だからこそ他人の観測を覆し観測不能になる事ができる。
「違う! スキルは発動している!!? ならなぜ!? あり得ない! 世界の誰も私を観測できないはずなのに!! 私には無限の可能性が付いているはずなのに!」
クラークは自分の状況を理解できずパニックになっていた。【確率化】は確かに発動していた。にもかかわらずクラークは確率的存在になっていなかった。
「なにを意味の分からないことを言っているのですか。」
マリーンは錯乱するクラークを薄気味悪そうに見ながらそう言った。クラークとマリーンの目が合う。
「お前! 一体何をした!? 私を見るな!!!」
クラークは見られているという状況に恐怖を覚えた。そして衝動的にその恐怖の源を排除しようと動いた。
「死ねえ!!」
クラークはマリーンに飛び掛かり、短剣を大きく振りかぶった。が、クラークはエアーボムを撃ち込まれ壁際まで吹っ飛ばされた。そこにさらに撃ち込まれるエアーボム。クラークは半死半生となり意識を手放したのだった。
なぜクラークはスキルの効果を得ることができなかったのか。理由は単純、マリーンがクラークを観測できたからである。それはつまり、世界からの影響を受けず独立して観測したという事を意味する。
マリーンはしかし、その自覚を持っていなかった。世界から独立して観測する力を自覚しその意味を知るのは、まだ先の話である。




