75. 黒幕
人々が寝静まった夜、人気のない商業区のある倉庫に数人の男たちが居た。犯罪ギルドの残党である。彼らは裏取引のためにある人物を待っていた。彼らの傍らには樽が一つ。子供なら入ることができそうなその樽の中からは、時折何かが動くような音が聞こえていた。
なぜ壊滅したはずの犯罪ギルドが未だ活動しているのか。それは制圧された拠点がダミーであり、彼らたちこそが本営のメンバーであるからだった。
そこに、馬車がやってきて男たちが降りてきた。身なりのいい中年の男が1人、その部下らしき男が2人である。
「お待ちしておりました。スワン男爵」
男の一人がそう言って前に出た。犯罪ギルドのトップである。そして取引相手はヨハンに住む貴族の一人、スワン男爵であった。
「挨拶は結構。それで、例の少女の話は本当なのですか?」
「ええ、この樽の中に入っています。確認されますか?」
「そうさせて貰いましょうか」
スワン男爵は樽の蓋を空け中を覗き込んだ。そこには一人の少女が縛られ猿轡を噛ませられていた。
「念のため鑑定を」
スワン男爵はそう言って部下に少女を鑑定をさせた。
「間違いありません。【再生】スキル持ちです」
「そうですか」
スワン男爵は目的のスキル保持者を手に入れ感嘆の息を吐いた。スワン男爵の娘が事故で腕を失ってから、彼は娘の腕を元に戻す方法をずっと追い求めていたのだ。スワン男爵は犯罪ギルドの男に向き直った。
「確かに確認しました。こちらが報酬です」
「ご利用いただきありがとうございます」
彼らは商品と報酬を交換した。スワン男爵は部下に樽を運ばせると馬車に詰め込みその場を去っていった。
犯罪ギルドの男たちもその場を去ろうとしたとき、一人が首から血を吹き出して倒れた。頸動脈を斬られたのだ。男たちが驚き周囲を見回したが下手人の姿は見えない。しかし、その間にも男たちは次々斬られていった。
そして、最後の一人だけが残った。犯罪ギルドのトップの男だ。
彼が仲間を殺したのか?そうではない。彼もまた、姿が見えない何者かの標的だった。
「もしかしたら来るかもしれないと思っていましたよ。ニーモさん」
男が周囲に呼びかけると、ニーモが姿を現した。まるで先ほどまで透明になっていたかのように、何も無い所にすっと現れた。
「あなたが犯罪ギルドの本当のトップだったのですね。クラークさん」
ニーモが男にそう確認した。男の正体はクラークだった。
商会が犯罪ギルドの正体なら、クラークがそれを知らないなんて事があるのか、そう疑問に思ったニーモはクラークの監視をしていたのだ。そして真実を掴んだ。
「ええ。セドリック元会長もグレンも本当は無関係です。私が、犯罪ギルドの創始者です」
クラークは実にあっさりと事実を認めた。それは同時に、ニーモにとって暗殺すべき対象になった事を意味する。
「では死んでください。この街のために」
ニーモはそう言うと姿を消した。スキル『隠密 LV10』、それがニーモの持つスキルであった。姿、音、体温、臭い、そして魔力を敵に知覚されなくなる強力なスキルである。
「実に暗殺者らしいスキルですね。ですが、私も姿を消すスキルを持っているのですよ」
クラークがそう言うと、その姿がぼやけていきやがて見えなくなった。互いに相手が見えない状態である。
「ところでニーモさん。上があなたに調査を続けるように命令していないことは知っています。私を監視していたのはあなたの独断ですね?」
どこからともなくクラークの声が聞こえてきた。なぜクラークがニーモの事情を知っているのか。ニーモは声の出所を探ったがはっきりしなかった。まるで四方八方から声が届いているように聞こえてくる。
「ということは、あなたさえ殺せば私の秘密を守ることが出来るという事です」
どうやって、ニーモはそう思った。お互いに相手が見えない状況で攻撃を当てるのは非常に困難だ。当てずっぽうで攻撃しても、運よく当たるまでどれだけかかるか分からない。むしろ下手に動けば居場所がばれる可能性もある。
ゆえにニーモは動きを止めた。周囲を観察し、クラークが動いた痕跡を探る。
ドムッ!
そのときニーモのみぞおちに強烈な衝撃が走った。みぞおちを蹴られたようである。ニーモはそのことに驚愕した。
なぜ自分の居場所がばれたのか。偶然か? ニーモは飛びのき距離を取った。しかし、またしてもニーモは打撃を受けてしまう。とっさに短剣を振るったニーモだったが、短剣は虚しく空を切るばかりだった。そしてまた打撃を受ける。
ニーモのステータスはそこまで高くない。姿を消して不意打ちで仕留めることに特化しているからだ。ゆえに、同じくステータスが低いクラークの打撃でも十分にダメージを受ける。ニーモは攻撃を受け続け、遂に立っていられなくなった。意識に霞がかかり、隠密の効果が切れてしまう。
クラークが姿を現しニーモの腕を踏みつけた。そしてニーモの手から短剣が奪われる。このままでは殺されると判断したニーモは、とにもかくにも時間を稼ぐために言葉を発した。
「どうして商会を乗っ取るような真似をしたのですか。家族を殺させてまで」
それを聞いたクラークの動きが止まった。そして問いに答える。
「家族なんかじゃありませんよ。彼らは」
「どうしてです? あなたが養子だからですか?」
「確かに私は、セドリックに後継ぎのための養子として引き取られました。非合法の人身売買を通してです。引き取られるまでは過酷な環境でした。私は再び売り飛ばされるのではないかと不安でした。だから私はセドリックの期待に応えるため必死に働きましたし勉強もしました。商会のために裏の稼業も喜んで手を染めました。後継ぎとして相応しくなれるように努力してきました。私は順調に地位をあげ、次期会長になるはずでした」
クラークは自らの人生を語った。やがてその声には熱がこもっていく。
「それなのに! それなのにある日、セドリックに隠し子が居たことが分かったのです! 一年前のことです! 学も経験もない、精神が未熟なまま大人になったようなチンピラ風情が! グレンが! セドリックの実子だと分かったのです! そしてあろうことかセドリックは、グレンを後継ぎにすると言ったのです! 信じられなかった。今まで積み重ねてきた物が崩れていくかのようでした。私の方が後継ぎにふさわしいのに、そのために努力してきたのに、何も積み重ねてきていない奴が実の息子というだけで選ばれるのが許せなかった!」
クラークの独白は、いつの間にか叫び声になっていた。
「私は珍しいスキルを持っていたというだけで拾われたにすぎなかった! 優秀な手下としてしか見られていなかった。あんなものは家族ではない! だから私が商会の跡継ぎになるためには殺すしかなかった!」
「なぜこんな回りくどい方法を取ったのですか。そのスキルがあれば、殺すだけなら簡単でしょう」
クラークは感情を吐き出してすっきりしたのか、次第に落ち着きを取り戻した。そして元の淡々とした口調で答える。
「それでは足りませんよ。商会が裏社会を支配できているのは権力者の後ろ盾があるからです。商会の跡を継ぐなら、彼らに後継者として認められる必要がありました。だからセドリックとグレンを失脚させて、正当に跡を継ぐ必要があったのです。犯罪ギルドはそのための捨て駒です。大変でしたよ、切り捨てるための巨大組織を一から作って成長させるのは」
「そんなことのために何人犠牲になったと思っているのですか。先の制圧戦で60人以上の死者が出たのですよ!」
「私の罪悪感を煽っても無駄です。いまさら何も感じません。それに、あなたを殺せば真実は闇に葬られます」
ニーモを押さえつける力が強くなった。とどめを刺すつもりだ。先ほどから逃げる隙を伺っていたニーモだったが、一向にクラークの拘束を抜け出すことはできなかった。元より受けたダメージでほとんど動けない状態だった。
「くだらないですね」
その時、誰かが声を発した。ニーモはその声に聞き覚えがあった。クラークが周囲を見回す。すると倉庫の入り口から声の主が姿を現した。
「こんばんは、黒幕さん。あなたを逮捕しに来ました」
そこに現れた人物はマリーンだった。




