72. vs. フレイズ
フレイズとジーンが互いに炎を放ち合い、周囲は灼熱地獄と化していた。あちこちで引火し火事が起こっている。彼ら以外の者は巻き込まれまいと既に避難していた。
「燃え尽きろ! フレアバースト!」
ジーンの手の平からジェットが噴き出した。太い炎の束がフレイズに飛んでいく。フレイズは避けることもせずにそれを受けた。周囲の地面が余波で赤熱する。ジーンはさらにフレアバーストを放ち続けるが、フレイズに有効なダメージを与えることはできなかった。
続いてジーンの鎧の背部からジェットが噴き出した。それを推進力にしてフレイズに迫る。攻撃を格闘戦に切り替えたのだ。
「ロケットブロウ!」
ジーンが拳を振りかぶると肘からもジェットが噴出した。加速された拳打がフレイズを打ち据える。さらにそれだけで終わらずジーンの連打が続く。フレイズは腕をクロスさせそれを耐えていた。
「なるほど。鎧の要所にある噴射口からジェットを出せるのね。ユニークな鎧だわ」
フレイズは連打を浴びながらもジーンの戦闘スタイルを分析していた。その表情にはまだ余裕がある。それを見たジーンは連打の威力をあげるため振りかぶりを大きくする。
「隙ありよ。インパクトナックル!」
大振りになったジーンの攻撃の間にわずかな隙を見出したフレイズは拳技を叩き込んだ。ジーンが一撃で殴り飛ばされる。そして建物に激突しレンガの壁を粉々に砕いて貫通した。
「残念だったわね。私は近接戦にも自信があるの」
フレイズが殴った拳をうっとりと眺めていると、ジーンが再び突っ込んで来た。ジェットで加速しつつ飛び蹴りを放つ。
「懲りないわねえ」
フレイズがカウンターを入れようとした次の瞬間、ジーンは逆噴射を駆使して軌道を変え、フレイズの背後に回り込み横蹴りを放った。フェイントである。踵からのジェットにより加速された蹴りでフレイズの延髄を狙う。
しかしフレイズはしゃがむことで蹴りを回避。そしてジーンに後ろ蹴りを放った。ジーンが上へと蹴り飛ばされる。
「ヘルファイアブレス!」
そこへフレイズが追い打ちを放った。先ほどよりも威力を上げたブレス。空中のジーンは直撃を受け、そして地面に落ちて倒れ伏し動かなくなった。
「つまらない芝居はやめなさい。あの程度で倒れるあなたじゃないのは分かっているわ」
フレイズがジーンに声を掛けた。その言葉を聞いたジーンが立ち上がる。
「ちっ、油断しないか。背後から燃やしてやろうと思ったが」
「うふふ。もしそれに成功したとしても私にダメージは無かったと思うけどね。私に炎は効かないもの」
フレイズは両腕を開き自慢げにそう言った。全身が周囲の炎の光を反射しテカテカしている。それはフレイズが皮膚から分泌した粘液によるものだった。
「私の分泌する粘液は不燃性なの。どんな高熱も遮断する優れものよ。これがある限り私を焼くなんて無理だわ」
フレイズは背負っていた鉄パイプを構えた。先端が斜めに切られ切っ先となっている。
「これであなたの鎧に穴をあけてあげるわ。その鎧のおかげで私のブレスを防げているみたいだけど、穴を開ければ中に火が通るでしょ?」
「出来るものならやってみろ。その頃にはお前はまる焦げになっているだろうがな」
「あら、あくまでも私を燃やすつもりなの? 放火魔の鏡ね」
「当然だ。放火魔の称号は誰にも渡さん。だからお前は邪魔だ」
「うふふ、せいぜい頑張りなさい。突進突き!」
フレイズが槍技を発動した。ジーンに向かって突進する。ジーンは右手をフレイズに向け左手で右手首を押さえた。そしてフレイズをぎりぎりまで引き付ける。
「プロミネンス!」
ジーンが攻撃を放った瞬間、ジーンの手の平から光が放たれた。目が焼けるほどの閃光。それが炎によるものだということにフレイズは一瞬気が付かなかった。広がる衝撃。ほとばしる熱。圧倒的な破壊がすべてを蒸発させ飲み込んでいく。
そして、ジーンの前方50mは跡形もなく吹き飛んでいた。
「ちっ、引き付けすぎたか」
そう言うジーンの鎧の腹部には穴が空けられていた。フレイズが吹き飛ばされながらも突き刺したのだ。血は出ていない。鎧に穴が開いただけのようだった。ジーンは鎧の損傷を確認すると前を見た。
抉れた地面が一直線に伸びている。その底には溶岩が溜まっていた。そして抉れた地面の先にあった建物に巨体な穴が開いていた。プロミネンスが当たった部分が溶けて蒸発したのだ。ジーンはその穴をくぐり中を見る。
「がああああああああ!!」
そしてその建物の穴の向こうでフレイズがのたうち回っていた。全身には火傷が広がっている。フレイズにとっては生まれて初めての火傷だった。
「嘘よ! 私の火耐性を上回るなんて! そんな火力をどうやって出したというの!?」
フレイズがジーンをにらんだ。その目には焦りが浮かんでいる。
「なぜ俺がおまえと話をしていたと思う? その間に炎を溜めていたからだ。」
「なっ!?」
ジーンの言葉を聞きフレイズが防御の姿勢を取った。今こうしている間にもまたあの攻撃の準備をしている可能性を考えたからだ。そしてそれは当たっていた。ジーンは話しながら次の攻撃のための炎をチャージしようとしていた。
「ん? 駄目か。炎が漏れるな」
ジーンが腹を見てそう言った。鎧に空けられた穴から炎が噴き出していた。
それを見たフレイズは、なぜ穴から炎が噴き出しているのか疑問に思う。噴射口から炎が出るのはそう言う効果を持った鎧だからだろう。ではなぜ自分が開けた穴からも炎が出るのか。その穴は鎧の内側に繋がっているはずである。ということは。
「まさか……鎧の中で炎を出しているの!?」
そう、フレイズは勘違いをしていた。炎を噴射する機能を持った鎧なのではない。鎧の機能は噴射口を開閉する事のみだった。ジーンの放っていた炎は、ジーンが鎧の内側で生み出していた物だったのだ。そして密閉された鎧の中で圧縮され、噴射口を通って外に放出されていたのだ。
普通そんな事をすれば中の人間はまる焦げである。ジーンは自分の炎に、そして圧力に耐えていたということになる。それはつまり自分が放ったプロミネンスでさえも耐えるだけの耐性があるという事。
「まさか、無効化スキル!?」
「さあ、な!」
ジーンはそう言うと距離を詰めた。背からジェットが吹く。しかし腹の穴からも炎が漏れるため以前ほどの加速を得られていなかった。
(しめたわ!奴は鎧の破損で火力が落ちてる。もうさっきの攻撃はできないんだわ!)
フレイズは戦況を分析し活路を見出した。ジーンの鎧に穴をあけることはできるのだ。なら槍で突き殺すことができる。
「フレアバースト!」
ジーンが炎を放った。しかし炎に以前のような勢いはない。フレイズの予測通り威力が落ちていた。
が、それを受けたフレイズは全身を焼かれることになる。
「ぎゃああああ!」
フレイズの全身に痛みが走った。なぜダメージが……、そう思いフレイズが体を見ると、炎から身を守ってくれるはずの粘液が固まりひび割れていた。限界を超える熱を浴びたことにより耐火性を失っていたのである。フレイズにとって初めての経験であったため、粘液の効果が失われることをフレイズは知らなかったのだ。
このままではやられる! そう判断したフレイズは、ほんの一瞬だけブレスを吐いた。瞬きほどの短い時間のブレス。それは燃やすためではなく煙などを払うためのブレスであった。それによりフレイズを包んでいた炎が払われ視界が開ける。フレイズは鉄パイプを咥えると切っ先をジーンに向けた。
「ヘルファイアブレス・スピアー!」
それはフレイズの奥の手であった。鉄パイプから極細のブレスが噴き出す。鉄パイプにより絞られたブレスはその速度と貫通力を極限まで引き上げられていた。そしてジーンの胸を貫き穴をあけ、その先にある全ての建物をも貫き、遂にはヨハンを囲う城壁にすら穴をあけた。
「はあ、はあ、さすがにこのブレスは耐えられなかったようね」
フレイズは胸を貫かれ倒れたジーンを見てそう言った。フレイズもまた自身のダメージの大きさに膝をつく。そして全身の火傷の痛みに気が狂いそうになりうずくまった。
「誰が耐えられなかっただと?」
その声を聞いたフレイズは痛みも忘れ顔をあげた。フレイズの前には一人の男が立っていた。金髪碧眼のイケメンである。そして全裸だった。
「う、嘘よ! そんな! なんで!?」
フレイズはうろたえた。その男の声はジーンに他ならなかったからだ。そんなフレイズの顔をジーンが掴み上げる。
「――――――!!?」
口を塞がれたフレイズはジーンの腕を掴み引き剥がそうとした。が、フレイズの手はジーンの腕をすり抜ける。
「!!?」
フレイズは目を見開き、次にジーンを殴りつけた。しかし殴った部分が炎となりすり抜ける。
「無駄だ。俺のスキルは【炎化】。炎を掴むことはできない。俺からお前を掴むことはできるがな」
スキル【炎化】、体を炎に変化させることが出来るようになるスキルである。このスキルによってジーンは体を貫かれても無傷だったのだ。そんなの反則じゃない! フレイズは心の中でそう叫ぶ。
「これで終わりだ」
ジーンはフレイズの口の中に炎を噴射した。口内が、のどが、そして肺が焼かれる。フレイズは一時はもがいていたがすぐに動かなくなった。ジーンはさらに炎を出し続け、ついには骨も残らず灰にしてしまった。
「参ったな……」
ジーンは壊れた鎧を見てそう言った。
「着て帰る服がない」
服が燃えるため全裸で鎧を着ていたジーンは、替えの服を持っていなかった。




