71. vs. ザキリ
包囲の西側は制圧部隊の本隊が居る場所だった。そのため奇襲による混乱を早急におさめることに成功し組織的な活動を可能としていた。衛兵と冒険者たちは犯罪ギルド員と互角の戦いをしていた。
そう、互角である。最も戦力が多い西側の制圧部隊が体勢を立て直してもまだ互角であった。犯罪ギルドも戦力の多くを西側に充てていたからだ。西側の戦況はまさに総力戦であった。
「負傷者を回収して後方に下がらせろ! 軽症の者は治癒が済んだら前線に戻れ! 2番隊、前へ!」
衛兵隊の隊長がひっきりなしに指示を出す。指揮所は蜂の巣をつついたように慌しくなっていた。そこに飛んでくる数本の斬撃。空中で軌道を曲げながら飛んでくるその斬撃を隊長は剣で弾いた。散発的に飛んでくるこの飛斬は犯罪ギルドの幹部ザキリが放ったものだった。ザキリは前線で暴れまわりながら嫌がらせのごとく隊長ほか上位の指揮者にも攻撃をしていた。
「うっとおしい奴め!」
苛立った隊長が吐き捨てるようにそう怒鳴る。犯罪ギルド員より衛兵のほうが平均的な戦力は上である。しかしザキリはうまく敵をかき乱しつつ指揮系統を狙うことで戦線を支えていた。制圧部隊の負傷者の多くはザキリによるものだった。
しかし、苛立っているのはザキリも同じだった。ザキリは手下が時間を稼ぐ間に早々に敵の指揮官を討ち取り指揮系統を壊滅させるつもりだった。実際そのために数回隊長格を狙いに行ったが、それを邪魔する者がいた。エドガーとマリーンである。ザキリが居なければ犯罪ギルド側がじき崩れる事を理解していた二人はザキリが単身乗り込んできたところを狙って来たのだ。
ザキリがその二人の相手に手間取っている内に犯罪ギルド側が崩れそうになり、ザキリがそのフォローに入って体勢を立て直す、そんな攻防が繰り返されていた。
やがてザキリは自力で敵を壊滅させることを諦め、他の幹部が増援に来るのを待つことにした。ザキリは時折敵の指揮官に飛斬を飛ばすに留め遅滞戦闘に努めていた。ザキリ以外の3名の幹部は皆ザキリと同等に強い。最も戦力が集まっているこの西側で互角であれば、他の場所では幹部が圧勝すると思われたからである。
それはエドガーとマリーンも同じ考えだった。だからこそ幹部が分散している内に倒さなければ勝てない、そう考えザキリをしつこく狙っていた。
「待て! 切り裂き魔!」
「そう言われて待つ切り裂き魔は居ないと思うよ」
エドガーが前線のザキリを追う。ザキリは敵味方入り混じる中をうまく立ち回ることでエドガーを翻弄していた。時には衛兵を盾にして、またある時は斬撃を別の相手に飛ばしエドガーに守らせ、できるだけ直接戦わないようにしていた。
「あの衛兵相手じゃ倒すのに時間がかかりすぎるんだよね。そんなに一人に掛かりきりだと前線が崩れちゃうよ」
ザキリが冒険者の一人を斬り殺しながら愚痴を吐いた。そこに飛んでくる魔石を飛斬で撃ち落とし、魔石が飛んできた方角を見る。斬られた魔石が爆発した。
「あれも面倒だなあ。何発も撃ち落とされてるのにまだ撃ってくる。ひょっとして僕への嫌がらせのために撃ってきてる? 神経を疑うよ」
ザキリが見た方向に居るのはマリーンだった。離れたところの高所に陣取りスリングショットを構えている。
その隙にエドガーがザキリに追い付き風魔法を放った。エアーボムがザキリに向かって飛び、その途中で爆発した。
「くそっ、厄介な斬撃だ」
エドガーはエアーボムを繰り返し撃ち込んだ。普段なら剣で斬りかかるエドガーだが今回に限ってはその様子がない。それはザキリのあるスキルを警戒してのことだった。
『斬撃操作 LV6』、それがザキリの持つスキルだった。文字通り斬撃を自在にコントロールできるスキルだ。ザキリはこのスキルにより、自分の周囲に飛斬を設置することでエドガーの接近を防いでいた。知らずに突っ込めば斬られるという恐ろしい罠である。
「君たちに構っている暇はないんだ。じゃあね」
ザキリはエドガーの周りに飛斬を設置し去っていった。エドガーにかかればすぐに取り払われてしまうが、それでも時間稼ぎには大変有効である。
「くそっ!」
エドガーが面倒とばかりに風魔法を放った。自分をまきこむ威力の爆風が周囲の斬撃を掻き消す。そして再びザキリを追いかけた。
時を同じくして包囲の南側。そこの戦いは犯罪ギルドの勝利で決着がつきかけていた。制圧部隊はフレイズに勝つことが出来ずその半分が壊滅し、残った者たちは潰走を始めていた。
「ここは俺が食い止める! 怪我人を連れて早く行け!」
そう言ってフレイズの行く手を阻むのはCランク冒険者のダルドだった。ダルドは自分を犠牲にしてでも他の者が逃げる時間を稼いでいた。手に握る剣が汗で濡れるのを感じつつ恐怖を抑え込む。
「私も残るわ。仲間だもの」
ダルドの背後に一人の女が立った。Cランク冒険者のメリーである。彼女とダルドは二人でパーティを組んでいた。
「やめろ! お前が敵う相手じゃねえぞ!」
「それはお互い様でしょ?」
反対するダルドにメリーが反論した。それを聞いていたフレイズがにんまりと笑う。
「仲がいいのね。素敵。アツアツじゃない」
「そんな関係じゃねーよ。俺たちは」
「そうよ。まだそんな関係じゃないわ」
「うふふ、あなたたちの一方を殺せば残った方は泣き叫ぶのかしら? それとも怒り狂うのかしら。見てみたいわ」
「クズが! 喰らいやがれ!」
ダルドが斬りかかった。フレイズはそれを軽く避けダルドを蹴り飛ばす。
「アクアランス!」
メリーが水魔法を放った。それを見たフレイズが火を噴くと水の槍は蒸発した。すると広がった水蒸気に隠れ背後にまわったダルドがフレイズの死角から剣を突き立てた。しかしその切っ先はフレイズに刺さらすぬるりと滑った。フレイズの体表を粘液が覆い守っていたのだ。
「ちっ、巨大ミミズを思い出すぜ。」
ダルドはそう言いつつ何度も剣を振るった。しかしフレイズには傷をつけることができない。
「無駄よ。私が分泌しているこの粘液は攻撃を滑らせ受け流すの。効かないわ」
「そいつはどうかなっ!?」
そう言ってダルドが再び剣を振るうと、フレイズの皮膚に浅くだが切り傷ができた。
「あら?」
「粘液は前に経験したから対策も考えてあるぜ!」
驚くフレイズにダルドが啖呵をきった。粘液を無力化した方法は単純である。乾かしたのだ。ダルドはメリーの水魔法で水分を飛ばし渇いたところを斬ることで斬撃を通したのだった。
「やるじゃない! 見直したわ!」
しかしフレイズに与えられた傷は表皮を斬る程度だった。初めてダルドに傷を与えたものの、殆んどダメージは無かった。
「ご褒美に二人纏めて焼いてあげる! 喰らいなさい! ヘルファイアブレス!」
ダルドたちに炎が迫った。メリーが水の防壁を作るが一瞬で蒸発する。二人は死を覚悟し目を閉じた。
しかし、二人を襲うはずの炎は届かなかった。どういう事かと思い目を開けた二人の目の前には一人の人物がいた。その人物がフレイズのブレスを防いだのだ。
「お前が放火魔フレイズだな?」
そう言いフレイズと対峙するその人物は全身鎧を着ていた。声からして若い男である。ダルドはその人物を知っていた。
「お前! ジーン! 放火魔ジーンか!!?」
放火魔ジーン、Cランク冒険者である。彼がギルマスが送り込んだ最後の一人であり、裏Sランクの人物であった。




