70. vs. フォール
包囲北側で幹部を倒したパルム。実は彼女は制圧部隊の一員ではなかった。ではなぜ戦場にいたのか。
それはギルマスが手を回したからだった。犯罪ギルドに所属する凶悪な犯罪者、特に幹部の戦闘力はAランク冒険者をも上回る。ギルマスはその幹部との戦いで多くの犠牲者が出ることを予測しある冒険者たちを送り込んだ。
冒険者ギルドのランク制度では総合的な判断で冒険者にランクを付ける。しかしそれは表の評価。冒険者ギルドには別のランク制度が隠されていた。通称、裏ランク。戦闘能力のみを基準とした評価である。
強者が埋もれ評価されないことを阻止し有事の際に備え人材を確保するためのこの裏ランクは、同時に強者を見つけ管理するための制度でもあった。ギルマスが集めたのは3名、その冒険者たちは裏ランクでAランク以上に評価された者たちだった。
その一人が裏Aランク、パルムであった。そして残りの二人もそれぞれ戦場に到着していた。冒険者ギルドの反撃は既に始まっていた。
包囲の東側では次々と建物が切り倒され大量の瓦礫が積み重なっていた。フォールの仕業である。フォールは制圧部隊がまとまるとそこを飛斬で攻撃して来る。そのため制圧部隊は散開せざるを得ず、そこを犯罪ギルド員が集団で襲うことで各個撃破していた。戦況は犯罪ギルド有利であった。
フォールに近づけば斬られ、魔法を撃ち込んでも斬り落とされ、物陰に隠れても遮蔽物ごと斬られる。制圧部隊はフォール一人によって完全に抑え込まれていた。フォールさえ居なければ、制圧部隊の誰もがそう思っていた。フォールさえいなければ他の犯罪ギルド員を数の差で圧倒できるのだ。
その願いに応えるかのように、戦場に一人の冒険者が現れた。背は低めだがずんぐりした体つきをした男だ。手に斧を持っている。男はまっすぐにフォールに向かって歩いていた。
近くに居た犯罪ギルド員たちが男を囲み斬りかかった。しかし、男が斧を振り一回転すると全員の胴体が輪切りになった。吹き出す血を顧みずに男が再び歩き出す。
「ほう、お主、かなりの手練れと見た。名はなんという?」
フォールが男に問いかけた。10メートルほどの距離、男が立ち止まり問いに答えた。
「俺の名はドーウという。ただのしがない木こりだ。お前はフォールだな?」
男の正体は木こりのドーウだった。Bランク冒険者である。そして、裏Aランクでもあった。ギルマスが送り込んだ3人の内の一人である。
「如何にも。それで、そのしがない木こりが儂に何の用だ?」
「お前たちを討ち取るよう言われてな。戦いは本業じゃないが、付き合いもあるから断らなかった」
ドーウの言葉にフォールの顔がわずかに歪んだ。
「ほう……。まるで儂を討ち取るのは簡単とでも言いたげだな?」
フォールは大剣を握る手に力にが入った。ドーウが殺気に曝される。しかしドーウはそれを受けてもなお平然としていた。
「気に障ったか? イライラしてると血管が切れるぞ?」
ドーウはさらにフォールを挑発した。フォールはその態度にブチ切れた。感情のままに大剣を振り下ろす。
「貴様の全身の血管を斬り裂いてやろうか!!!!!!」
フォールの剣から斬撃が飛ぶ。特大の斬撃が地面を割きながらドーウに迫った。
「おお、でかいな」
ドーウはそう感想を述べつつ斬撃の側面を斧で切りつけた。斬撃が掻き消える。
「なに!!?」
「飛斬は正面からの力には強いが側面は脆い。コツさえ知っていれば楽に無力化できる」
ドーウが簡単そうにそう言ったが、実際は簡単にできることではない。タイミングや位置がシビアであり相当の技術を必要とする。一歩間違えれば無力化できずに斬られるのだ。
「武技はそう簡単に使うものではない。発動すれば動きが決定されるし放った後に硬直ができる。今のようにな」
ドーウはフォールの隙をついて間合いを詰めた。斧がフォールに迫るが、斬られる直前に硬直が解けたフォールがギリギリそれを防ぐ。そして大剣を振り回しドーウを弾き飛ばした。
「中々の力だ。ほとんどの敵は一撃で倒せただろうな。だが力に頼りすぎだ。それでは自分以上の力を持つ相手に勝てんぞ」
「余計なお世話だ!!!」
フォールが横一文字に斬撃を放った。ドーウは空中に飛んでそれを躱す。
「貴様! 飛ぶなど赦さん!! ヘヴィースラッシュ!!」
フォールが空中のドーウに剣技を放った。空中に居るドーウはそれを避けることができない。そう思われた。
「トリックサイズ」
ドーウは武技を発動すると斧で剣を絡めとり軌道を変えた。フォールの攻撃が空振りに終わる。
「馬鹿な、鎌技だと!? なぜその武器で発動できる!」
それを見たフォールが驚いた。先ほどドーウが使った武技は相手の攻撃をからめとる鎌技である。斧では鎌技は発動できない。
フォールがドーウの斧を見ると、いつの間にか斧にパーツが付けられていた。斧の柄の先端、そこには槍の穂先と鎌の刃が取り付けられていた。いわば片手サイズのハルバードである。
「俺の武器は特注でな。いろんな武器の技を発動できるようにしてある。こんな風にな。スピアーランス!」
ドーウが槍技を発動した。フォールに槍の穂先が迫る。フォールはそれを大剣で受けると押し返し振りかぶった。
「馬鹿め! 武技の硬直で隙だらけだ!」
フォールが大剣を振る。その刃がドーウを斬り裂くと思われた瞬間、ドーウは滑るようにフォールの背後に移動していた。そしてその時には既に斧を振りかぶり武技を発動していた。
「なに!?」
とっさに前に飛びのき回避したフォールは飛斬を放ち反撃した。するとまたしても硬直で動けないはずのドーウが高速移動し避けながら距離を詰めてくる。
ドーウは足を使って移動していなかった。まるで何かに引っ張られるかのように地面を滑っている。人間の、いや、どんな生き物の移動方法からもかけ離れていた。
「貴様! なんなんだその動きは!? どうして武技を使っても硬直しない!?」
ドーウの武技の連撃を受けたまらずフォールはそう言った。理解が追い付かない。ドーウには隙が生まれず、フォールの隙はドーウに突かれる。フォールは押されていた。
「企業秘密だ」
ドーウは問いに答えなかった。わざわざ自分の情報を与えるほどドーウは馬鹿ではない。
ドーウの移動方法の秘密、そのカギは武技にあった。一度発動すれば決まった動きを発動者にさせる武技、ドーウはこの武技を独自の方法で使用していた。複数武技の同時発動である。
もともと多くの種類の武技を習得していたドーウは、一つの武器ではその武器の技しか発動できない事を残念に思っていた。その時ドーウは一つの武器に複数の武器の役割を持たせることを思いつく。それにより今の武器を作らせたドーウは、しかしまだ満足していなかった。
武技はその隙の大きさゆえに、ここぞという場面でしか使わないのが定石だ。それでは習得している武技の一部しか使わないことになる。どうにかして武技をリスク無く乱用できないか、ドーウは考えた。そして武技の研究を始めた。
複数の武技を同時に発動することを試みた者は過去にも何人かいた。だがその者たちの結末は悲惨な物であった。武技を同時に発動すると、スキルにより二つの動きを同時に行わされる事になる。それによりある時は体がねじ切れ、ある時は体が引き裂かれるのだ。
しかしドーウには武技の深い知識があった。それにより同時使用できる武技の組み合わせと発動のタイミングを割り出すことに成功する。そして副産物として得たのが高速移動法だった。
武技による動きはスキルにより体を引っ張られて行われるものだった。それを逆用し推進力を得ることでドーウは高速移動法を確立した。
さらにドーウは武技の検証を続けた。そして武技発動後の硬直を他の武技で上書きできることを発見。これによりドーウは世界で唯一、武技の無限コンボで戦う人間になった。
フォールは延々と繰り出される攻撃に防戦一方となった。防いでも防いでも次の武技が放たれる。攻撃に終わりは見えず、気を抜く暇も体勢を立て直す隙も無い。
「ぐっ! なめるな!!」
フォールは重力魔法を発動した。周囲一帯に高重力がのしかかる。ウードを地面に押し付けて動けなくするつもりだ。
「重力魔法か。だが無駄だ」
ドーウがそう言った。その言葉通りドーウの動きは全く衰えていない。相変わらず滝のように武技がフォールを襲う。
「武技は決められた動きを発動者にさせる。重力が強かろうと手足を縛られようとそれは変わらん。重力で動きが鈍っているのはお前だけだ」
そう、重力魔法の効果はフォールにもかかっていた。フォールの動きが遅くなり攻撃を防ぎきれなくなっていく。
「くそ! 解除だ!」
たまらずフォールが重力魔法を解除する。高重力が無くなったことで、踏ん張っていたフォールの重心がわずかに浮いた。それにより踏ん張りがきかなくなったフォールは体勢を崩されてしまう。
「これで詰みだ。」
その隙を見逃さずドーウがとどめの一撃を放った。フォールは自らの敗北を悟る。死を悟ったフォールの脳内に人生の記憶が浮かび上がった。
頑張って作った積み木の塔が一瞬で崩れ泣いた幼い頃の記憶、大工だった父の建てた家が崩落し一家路頭に迷った記憶、そして、父が飛び降り自殺をした時の記憶。
せめてもっとましな走馬燈を見せろ。フォールは最期に、誰にともなくそう思った。
フォールの敗北により、東側の戦況は制圧部隊が巻き返した。数の利を活かせられるようになった事で犯罪ギルド員は次々討ち取られ、あるいは捕らえられていった。こうしてやがて東側の戦いは収束していったのだった。




