63. 組織の裏、裏の組織
資料室勤務、それは閑職の最たるものである。そこに配属させられるという事は戦力外通知を意味し、ほとんどの場合そこに配属になった者は一月もせずに自主退職する。しかし冒険者ギルドには資料室に三年勤務している者がいた。ニーモである。三年も仕事をしなければ解雇されそうなものだが、なぜそうならないのか知るものは数少ない。
その数少ない一人であるギルマスに呼び出され、ニーモはギルマスの執務室に来ていた。
「それで、今回はどういった依頼ですか?」
ニーモは単刀直入にそう聞いた。彼女は依頼の話に余計な手順を踏まない気質だ。
「最近犯罪が増えているのは知っているな? 上がそのことを問題視している」
「……パーシャル商会がらみですか」
たった一度のやり取りでニーモは依頼を把握した。パーシャル商会は表は普通の商会だが、裏はヨハンの裏社会を支配する組織である。そして上、つまり権力者から犯罪をある程度見逃される代わりに、他の犯罪組織の台頭を防ぐ防波堤として機能していた。
「釘を刺すために私を派遣する、という事ですね?」
「そうだ」
パーシャル商会は賄賂によって権力者から優遇を受け、ヨハン有数の大商会となった。そして権力者の後ろ盾のおかげで裏社会も支配することができた。そして何より他の犯罪の抑止になったからこそ今まで見逃されて来た。だからこそ、裏社会を支配しきれなければ権力者から切り捨てられる。
とはいえ現状では、パーシャル商会に変わって裏社会を支配しかつ権力者に従う犯罪組織は他にない。パーシャル商会の支配を立て直したほうが楽であり手っ取り早いのだ。だからこそ現状の改善をさせるために釘をさすことにしたのだろう。
「ただしお前は商会への補助要員というのが建前だ。せいぜい手伝ってやれ」
「それで、商会に従わない犯罪者の処遇はどうしますか?」
「そのためのお前だ」
「分かりました」
資料室勤務のニーモ、それは表の顔である。ニーモの本業はギルド直属の暗殺者だった。表沙汰にできない正義を成すための必要悪、それが冒険者ギルドの持つ裏の顔であり、ニーモはそのための裏の職員の一人であった。
街中を歩く一人の大男がいた。タンクトップにバンダナという出で立ち、盛り上がった筋肉はテカテカと光を反射し、背には長い鉄パイプを背負っている。にんまりとした表情によって細長い目がさらに細くなり糸目となっていた。
「あいつがそうか?」
「ええ間違いないわ。手配書の通りよ」
その大男の後を付ける二人の冒険者がいた。二人はヨハンの数少ないAランク冒険者パーティーであるギャンとローズである。
「放火魔フレイズ、奴が最近街を騒がせている連続放火魔に違いないわ」
「200万の賞金首か。俺らだけでいけるか?」
「万全を期すならもう少し戦力は欲しいわね」
彼らはAランク冒険者。何度も修羅場を潜り抜けてきた彼らは自らの力を過信せず、冷静に戦力分析することで成り上がってきた。
「なーに話してるのかしら?」
その時二人のすぐ背後から誰かが話しかけてきた。二人は接近されるまで気づかなかったことに驚きつつも、とっさに振り返り武器を構える。そこにはフレイズが立っていた。
「いつの間に!? どうやって回り込んだ!」
「うふふ、私賞金首だから、尾行には敏感なの」
フレイズはマッチョな体をくねらせてそう言った。この動き、言葉遣い、間違いなくオネエである。
「こうなったらここでやるわよ!」
「おう!」
ローズがレイピアを手に距離を詰めた。スキル「高速 LV10」「突進 LV8」の同時発動による高速移動。さらに「剣技 LV9」によって放たれた刺突技アクティブスピアーによる目にも止まらぬ攻撃がフレイズに迫った。ローズが最も得意とする技である。ローズはこの技で過去何体もの敵を屠ってきた。
ボウッ!
突如としてローズの目の前に炎の壁が立ち昇った。ローズは止まることができずに炎に突っ込んでしまう。そして炎により視界が塞がれてしまった次の瞬間、ローズは殴り飛ばされていた。拳が顔面にめり込み、ローズは気を失ってしまう。
ローズが飛ばされた先にはギャンがいた。ギャンは火魔法を得意とする魔法使いだが、ローズがフレイズとの間に位置するため攻撃できず、とっさにローズを受け止めた。
「ひどいじゃない。女の子を前で戦わせるなんて」
ローズを受け止め両手が塞がったギャンにフレイズが声をかけた。いつの間にか距離を詰められていた。
「このっ!?」
ギャンはとっさに後ろに飛び、ローズを・・・背後に投げた。最も隙を減らし庇える選択を取ったのだ。今度はギャンが二人の間に位置した形となる。
「くらえ! フレイムアロー・八連!」
ギャンがスキル『火炎魔法 LV1』を発動しフレイズを攻撃した。発動速度、そして連射性を重視した魔法の運用によって魔法使いの弱点である隙の大きさを克服した事でギャンはAランクに上り詰めたのだ。八本の炎の矢がフレイズに迫る。
フレイズは避けることもせずに炎の矢を受けた。全身が爆炎に包まれる。
「今度は投げるなんて、女の子の扱いが成ってないわね」
あたりに漂う煙の中からフレイズが歩いて出てきた。無傷である。しかしギャンは既に次の魔法を準備していた。先ほどの攻撃は目くらまし、こちらが本命である。
「フレア・ストーム!」
ギャンの詠唱により、フレイズを炎の竜巻が覆った。ギャンは「風魔法 LV7」も使うことができる。フレア・ストームは火と風二つの魔法を組み合わせ圧倒的な威力を生み出すギャンのとっておきだった。燃費は悪いがそれに見合うだけの圧倒的な熱量が生み出される。
「どうだ!」
勝ったという確信がギャンにはあった。どんな魔物もこの魔法で倒せなかった事は無かったからだ。しかし、竜巻が収まった後には何事も無かったかのようにフレイズが立っていた。
「いいわね、久しぶりに熱いと思えたわ。お礼に焼き返してあげる」
そう言うとフレイズが息を大きく吸った。あからさまな隙にギャンは反射的に魔法を撃ち込む。
「ファイヤーボール!」
ギャンが放ったのは最も発動が早いファイヤーボールだ。とっさに放ったと言っても威力は十分ある攻撃だ。普通ならば。
「ヘルファイアブレス!」
フレイズが口から炎を吐いた。吹き出された炎はファイヤーボールを押し返し、そしてそのままギャンを飲み込んだ。
炎が晴れると、重度の火傷を負いギャンが倒れていた。不幸なことに意識が残っていた。全身を激痛が走る。
「く、そ……!」
「ふふっ、私はザキリちゃんみたいな殺人鬼じゃないから見逃してあげる。少し楽しかったしね」
「ザキ……リ?」
「そう! お友達なの! 最近話題の切り裂き魔と!」
「!!? なにもんなんだ。お前ら……」
「気になるの? いいわ、遊んでくれたお礼に教えてあげる。私とザキリちゃんはね、最近できた犯罪ギルドって所の幹部なのよ! 今度はもっとお友達を連れてきなさい。また遊んであ・げ・る!」
フレイズはそう言うと去っていった。ギャンとローズはその後通りかかった住民の通報により治癒院に運び込まれ、なんとか一命をとりとめたのだった。




