60. エルーシャと祭りの終わり
攫われた私とエランドは危機を脱し衛兵詰所に来ていた。私は事情を話し、チンピラたちは逮捕された。
エランドも無事目が覚めた。今は両親に連絡を取って引き取りに来るのを待っている。
そして、お姉ちゃんはついぞ見つからなかった。あれだけ流していた血も消えていて、手掛かりは一切見つからなかった。いったいどこに行ったんだろう。
「エルーシャ、お勤めご苦労様です」
「マリーン! 私を犯人みたいに言わないでよ! 無実だよ!」
「はいはい、犯人はみんなそう言います」
くっ、前に捕まったマリーンを引き取った時の仕返しか! まだ根に持ってたのかよ!
「っていうか、どうしてここに? 迎えに来てくれたの?」
「いえ、あの後別の事件に遭遇して事情聴取されてたらエルーシャのことを聞いたので見に来ました」
「なんでそんなに事件に遭遇するかなあ」
「本当に物騒ですよね。で、そっちは何があったのですか」
「実はあの後……」
かくかくしかじか。
「ふむ、それでお姉ちゃんさんは行方不明だと」
「そうなんだよ」
「エルーシャ!」
私を呼ぶ声に振りかえるとエランドがいた。
「エランド、衛兵さんとのお話は終わった?」
「うん。お母さんが迎えに来たから帰るの!」
「そっか、じゃあ私もお母さんに挨拶しないとね」
私たちが詰所の入り口に行くとエランドの母親がいた。衛兵からエランドが保護されたいきさつを聞いていた。
「あの、一緒に居ながらエランドを危ない目に合わせてしまい申し訳ありませんでした!」
「あなたがエルーシャさん? エランドがお世話になりました。エランドが無事だったから責めたりしないわ。一人で遊びに行かせた私が悪いもの」
「あの、エランドのお姉ちゃんがまだ行方不明で……」
「お姉ちゃん? ああ、それなら気にしなくていいわよ。お姉ちゃんって言うのはエランドの妄想だから」
「……へ?」
「この子、昔から想像の友達と遊んでるのよ。それがお姉ちゃん」
……どういう事?
「この子は【イマジナリーフレンド】ってスキルを持っているの。それで小さい頃から想像のお姉ちゃんと遊んで育ったのよ。だからお姉ちゃんが見つからないのも当然だわ」
エランドの母親の言葉に私は頭が真っ白になった。私が見たお姉ちゃんがエランドの想像? お姉ちゃんは確かに見たしチンピラも倒していたのに!?
「イマジナリーフレンド。主に子供に良く起こる精神的な現象ですね。それのスキルですか」
マリーンがそう言って話に入ってきた。
「マリーン、詳しいの?」
「そこまでは。ですが興味深いですね。エルーシャが見たお姉ちゃんはそのスキルによって生まれた実体かもしれません」
生まれた、マリーンのその言葉を聞いた私は、以前マリーンが言っていた人間原理のことを思い出した。動物が無から生まれるという途方もない話、もしお姉ちゃんを別の動物に置き換えて考えれば、そこまで考えて私は思考を断ち切った。良く分からないけど、私の中の感情がそれ以上考えることを拒んだ。
「ねえねえお母さん」
エランドが口を開いた。そして次にとんでもない事を言った。
「お姉ちゃんってだれ?」
夜になり、ギルドではヨハン建設祭の警備の打ち上げが始まっていた。冒険者たちが酒を片手に談笑している。
私はテーブルでマリーンを待ちながら、エランドとの思い出を思い返していた。たしかにエランドはお姉ちゃんを探していた。お姉ちゃんを知らないなんてことはあり得ない。だがエランドはお姉ちゃんのことを全く覚えていなかった。その存在すらも。
「お待たせしました」
そう言ってマリーンが向かいに座った。マリーンは今まで今日の事件の報告書を書いていた。出くわした事件が多かったため遅くなったというのは、ご苦労様としか言いようがない。
「マリーン、今日は飲むよ! 乾杯だ! 乾杯!」
私はテンションを振り上げ酒をのどに流し込んだ。不可解なことは飲んで忘れよう。それがいい。
「エランド君のことを気にしているのですか」
ブホッ!
マリーンの言葉を聞いた私は咽てしまった。鼻に酒が逆流してくらくらする。
「気にしてはいないよ。……気になっているだけ」
「そうですか。エランド君がお姉ちゃんさんのことを覚えていないのはそう変な事ではありません。もともとイマジナリーフレンドというのは幼少期に起こりやすい現象です。ほとんどの場合、成長するにつれて忘れていくことで収まる物なのですよ」
「そうなんだ」
「あの後衛兵に聞いたのですが、保護された後の検査でエランド君を鑑定したところ、特異スキルは持っていなかったそうです」
「え? 【イマジナリーフレンド】は?」
「もしかしたら、お姉ちゃんさんを忘れたと同時に失ったのかもしれませんね。今となってはもう確かめようがない事ですが」
マリーンはそう言うと酒をあおった。
その後もギルドでの打ち上げは続き、翌朝には飲み潰れた冒険者が死屍累々となっていた。祭りは終わり、今日からまた仕事が始まる。
「よし!仕事するぞ!!」
ギルドは今日も大忙しだった。
これでヨハン建設祭編は終了です。
お読みくださり誠にありがとうございます。
次回予告:
逮捕されたスキル狩りの証言から、行方不明となっていた孤児院の少女ナッツもまた誘拐されていたことが明らかとなった。マリーンはナッツ捜索のために人身売買の調査に乗り出し犯罪ギルドの存在を知る。時を同じくしてギルマスに呼び出されたある人物、その人物もまた犯罪ギルドの調査に乗り出すのだった。やがて捜査はヨハンの裏社会を大きく揺るがす激闘へと発展していく!
次回、犯罪ギルド編! バトルメインの長編です。




