59. エルーシャと誘拐
目が覚めると私は見知らぬ部屋にいた。手足が縛られて動けない。一瞬混乱したけど、すぐに気を失ったときのことを思い出した。
「そうだ、殴られて気を失ったんだ、私」
隣にぬくもりを感じて見てみるとエランドがいた。私と同じように縛られている。どうやら寝ているみたい。
「エランド、エランド、大丈夫?」
「……!! エルーシャ! 気が付いたの!?」
声を抑えて呼びかけたらエランドが目を覚ました。
「良かった! 殴られて死んじゃったんじゃないかって、怖かったよ!」
「私は大丈夫みたい。エランドは大丈夫? ケガしてない?」
「うんっ」
「おいっ、うるさいぞ!」
同じ部屋にいたチンピラが私達に怒鳴った。今更気づいたけど見張られていた。辺りを見ると、私達が居たのは殺風景な部屋だった。窓がなくて薄暗くひんやりとしている。地下室かな? 扉は二つ。その扉の一つが開いて他のチンピラ達が入ってきた。全部で5人だ。
「ああ? なんだよこの女。どう見ても成人してんじゃねーか。なんで攫ってきたんだよ」
偉そうなチンピラが後ろに立っていたチンピラにそう聞いた。こいつがリーダーかな?
「すまん、ガキを攫ったときに見られたから捕まえた」
それを聞いたリーダー(仮)がこっちを睨んできた。なんなのさ、成人してたら文句あるわけ?
「……なんだよ、スキルもくそじゃねーか」
スキル!? 今鑑定された?
「ガキのほうは……おお、【特異スキル】持ってるじゃねーか! こいつは高く売れるぜ!」
こいつら、スキル狩りか。珍しいスキル持ちの子供を攫って売るやつらだ。どうしよう。というかどうなるの? どうにかなるの?
「女はどうする?」
「こいつ、よく見たら顔整ってるし娼館に売っちまえばいいんじゃね?」
「せっかくだからその前に楽しませてもらおうぜ?」
「ぐへへ……」
ちょ! 貞操の危機! やめて! 私まだ未経験なんだけど!!
「エルーシャに手を出すな!」
エランドが叫んだ。ちょ! 刺激したら危険だよ!
「あん? ガキがナマ言ってんじゃねーよ!」
「お前らなんか、お前らなんかボコボコにしてやる!」
え、できるの? まさか特異スキル? 「普通スキル」、『上級スキル』ときてその上に来るのが【特異スキル】だ。もしかしたら何とかなるのかも!
「お前らなんか、お姉ちゃんが倒してくれるんだもん!」
おおっと他力本願。でもお姉ちゃんはここの事知らないと思うんだ……。
ダンッ!
その時、チンピラが入ってきたのと別の扉を蹴破って誰かが入ってきた。
「エランド無事!? 今助けるから!」
「お姉ちゃん!!」
キタ―――!! お姉ちゃん来たよ! どんなタイミングだよ!?
「なんだこいつ!?」
「どこから入ってきた!?」
「やっちまえ!」
チンピラたちがお姉ちゃんに襲い掛かった。多勢に無勢、そう思ったけどお姉ちゃんは掴みかかってくるチンピラを避けてうまく立ち回っている。背後から攻撃されても見えてるかのように避けて反撃していた。次第にチンピラたちが倒れていく。
「おい止まれ! ガキがどうなってもいいのか!!」
でもお姉ちゃんの大立ち回りも終わってしまった。チンピラの一人がエランドの首にナイフを突きつけて人質にしたからだ。お姉ちゃんの動きが止まる。
「良くもやってくれたなこのアマ!」
お姉ちゃんにチンピラが剣で斬りかかった。やばい! まずい! 止められない!
「ぐふっ!」
お姉ちゃんのお腹に剣が刺さった。傷口からあふれた血が床に染みを作って、お姉ちゃんが倒れこんだ。嘘でしょ……。
「お姉ちゃん! お姉ちゃーん!!」
エランドの叫び声が響く。エランドは何度もお姉ちゃんを呼び続けた。
「いつまでも騒ぐんじゃねえ!」
チンピラがエランドを殴りつけた。それでもエランドはお姉ちゃんを呼び続ける。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! 嫌だよっ! 起きて!!」
無理だ。治癒魔法でも使えないとあの傷は助からない。
その時、驚くべき事が起こった。お姉ちゃんが、立ち上がった。お腹から引き抜いた剣が音を立てて床に落ちる。
「なっ、こいつ立って……!」
チンピラたちが動揺した。その隙にお姉ちゃんがチンピラに襲い掛かる。
顔面を殴られたチンピラが吹っ飛び壁にめり込んだ。みぞおちを入れられたチンピラはうずくまって気絶した。顎を蹴り上げられたチンピラは天井に突き刺さった。裏拳があごに命中したチンピラは倒れこんだ。股間を蹴り上げられたチンピラは泡を吹いて失神した。
「こ、このガキがどうなっても……」
リーダー(仮)がエランドを人質に取ろうとしたけど、お姉ちゃんにアイアンクローをされ宙釣りにされた。リーダー(仮)が暴れるけど振りほどけない。
「エランドにひどい事してんじゃないわよ!」
お姉ちゃんはそう言うとリーダー(仮)を床にたたきつけた。後頭部から床に叩きつけられだリーダー(仮)は動かなくなった。それ死んだんじゃない? あ、生きてる。
「エランド大丈夫!?」
「大丈夫だよ、お姉ちゃん!」
お姉ちゃんがエランドに駆け寄って抱きしめた。縄をほどかれたエランドもお姉ちゃんに抱き着く。そしてそのまま泣き出してしまった。
「って、そんなことより傷やばいんだった! 早く治癒院に行かないと!」
私も縄をほどいてもらったけどそれどころじゃない。お姉ちゃんが死んじゃう! 急いで治癒院に、いや、下手に動かさずに治癒士を読んだ方がいい!?
私は急いで出口を探した。あれっ? お姉ちゃんが入ってきた扉の先行き止まりじゃん! 出口は逆か! 私はチンピラたちが入ってきた扉から外に出て治癒士を探した。
エランドはお姉ちゃんにやさしく抱きしめられていた。初めて感じるお姉ちゃんのぬくもりに安心を感じていた。そして、抱きしめられていたことでお姉ちゃんの傷を目の当たりにしなくて済んでいた。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
「でも刺されてた……」
「エランドが応援してくれたから、もう平気」
「良かった、良かったよぅ」
また泣き出したエランド君は、やがて泣き疲れてそのまま寝てしまった。お姉ちゃんが優しく頭を撫でる。そしてささやいた。
「これからはお姉ちゃん無しでも頑張って生きてね」
それがお姉ちゃんの、永遠の別れの挨拶となった。
それから数分後治癒士を連れて戻ってきたエルーシャが見たのは、部屋の中で眠るエランドと、気絶したチンピラたちだけだった。そしてお姉ちゃんはおろか、お姉ちゃんが流した血の一滴も、その部屋から見つかることは無かった。




