56. 手芸コンテスト前編
ヨハン建設祭初日午後、私はある建物にやってきました。公営の施設であり、建設祭中はブース展示用に部屋が使われている建物です。様々な文化活動の展示がその建物に集まっていました。
私の目的は手芸コンテスト。個人、団体問わずに作品を集め、投票で作品の優劣を競う催しです。以前知り合った手芸倶楽部のボスおばさんに誘われたためこうしてやってきたわけです。今回のテーマはぬいぐるみです。
「あら! いらっしゃいマリーンさん!」
「来てくれたのですね!」
「ええ、こんにちは、ユーリさん。レヅさん」
展示会場に入ると、ボスおばさんことユーリさんが声をかけてきました。隣には彼女の親友のレヅさんもいます。ユーリさんと知り合ったときは絶交状態だった二人でしたが、私の橋渡しによって無事仲直りできたようです。
「コンテストはどうですか」
「私たちの作品は暫定2位よ。1位は編み物倶楽部ローズ」
「ああ、件の団体ですか」
「ええ。そうなの」
編み物倶楽部ローズ。ユーリさんの手芸倶楽部リリーにスパイを送り込み、策略によりレヅさんと仲違いさせた団体です。
「さすがにスパイだった二人は来てないけれど、わざわざ私達に嫌味を言ってくるのよ」
私たちがそう話していると、その編み物倶楽部ローズの会長が声をかけてきました。
「あら? そこの小娘は新しい会員さんかしら? あなた達の倶楽部に入るなんて、ずいぶんと奇特な人がいたものね」
ローズの会長はそう言いながら不敵に笑い見下してきました。
「何の用? 馴れ馴れしいわよ!」
「話しかけないでください!」
ユーリさんとレヅさんがこれに反発。私も続いて反論しました。
「会員じゃないです。ただの知り合いです」
「ちょっと、マリーンさん! 名誉会員の会員証を渡したでしょう!?」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
私はおばさんグループの一員ではないです。一緒にしないで欲しいです。
「ふふっ、仲悪いのね、あなた達。そんな有様なら、今回の大会は私の倶楽部が優勝したも同然ね」
ローズの会長はそう言うと勝ち誇った顔をしました。
「調子に乗らないでくださる? 私たちの作ったドラゴンが優勝するにきまっているわ!」
「え? キメラじゃないの!?」
「キメラじゃないですよレヅさん。邪神です邪神」
「ドラゴンよ!!」
「手芸倶楽部リリーの栄光も地に落ちたわね。それに今回は優勝の常連、神細工の貴公子と名高いフルーもいない。もはや私の倶楽部に敵はいないわ! おーっほっほっほ!」
ローズの会長は高笑いをしながら去っていきました。あんな悪役の典型みたいな人いるんですね。ですがそれ以上に気になることが一つ。
神細工の貴公子って! フルーさん、そんな通り名あったんですか! しかも優勝常連者! さすが、雑貨屋で自作のアクセサリを売っていただけのことはありますね。惜しい人を亡くしました。悲しい……。
「そんな悲しい顔をしないで、マリーンさん」
ユーリさんが私の肩に手を置きました。
「一般投票とは別で、1票で50人の投票扱いになる特別審査員がもうすぐ来るの。まだ逆転は可能よ!」
「私達の倶楽部のためにそこまで悲しんでくれるなんて、マリーンさんはいい人ですね」
違うんです。そんな事で悲しんでいるわけでなないです。優しい目をしないでください。優しさが痛いです。
そのとき、会場の入り口がざわざわとし始めました。出品者たちの間に緊張が広がります。
「来たようね。特別審査員が」
ユーリさんが入口に目をやりました。入口には屈強な老人が一人。老いを感じさせないがっしりした体格と鋭い眼光が強者感を醸し出していました。彼の歩みにより人垣が割れ道が開いていきます。
「あれが特別審査員、手芸皇レーベン・ギャラクタよ!」
手芸皇って何……。
「権威よ」
そうこうしているうちに、レーベンさんは展示されたぬいぐるみを見周り始めました。動向を気にする人々が野次馬となって追従していきます。私達もそれに混じってレーベンさんを追うことにしました。
「縫い目が雑だ! こんなごまかしが見逃されると思ったか!!」
レーベンさんの一喝がある出品者を打ちのめしました。
「生地の選び方がなっとらん!」「バランスが滅茶苦茶だ!」「なぜこんな編み方をした!!」
レーベンさんは次々作品を切り捨てていきました。ダメ出しをされた出品者たちが撃沈していきます。容赦の欠片もありません。やがて、レーベンさんの評定は編み物倶楽部ローズの作品に移りました。
「ふむ、エレファントムのぬいぐるみか。中々の大作ではないか。手触りも悪くない。抱きしめれば全身を優しく包み込んでくれるのもポイントだ」
エレファントムは魔物の一種です。幻影を操るその魔物は幻の象とも呼ばれ、目撃例もほとんどない半ば伝説の魔物です。レーベンさんの評価はまあまあ。くやしいですが、確かに高い完成度です。
そして評定は進み、ついに邪神の番がやってきたのでした。




