55. マリーンも歩けば事件に当たる
皆さんおはようございます。マリーンです。今日はヨハン建設祭初日。今街の中央広場では開会式が執り行われていました。祭りの実行委員長や領主、その他のお偉いさんが順に挨拶をしています。拡声の魔道具のおかげで遠くにいる私の所にまで眠気を促す音波が届いていました。
挨拶が終わると式は追悼に移りました。このヨハンを建設するために行われた大規模な魔物の駆逐、軍隊によって行われたその作戦は過酷な物だったそうです。数千人を動員した作戦は当初こそ順調に進んだものの、魔物の大群が突如進攻してきたことにより地獄と化し、結果数百名の人員が犠牲となったそうです。その死者に祈りを送るために、壇上で街の教会の司教であるクルツさんが神の教えを説いていました。
「悲しみはすれど、恐れることはない。死者の体は土へと還り世界を巡る。死者の魂は魔力へと還り世界を巡る。そして神により新たな命として再び大地に産み落とされるのだ。神は世界の生まれと共に大いなる眠りに就いたが、今でもこの世界のことを見守っておられる。だから我々は祈るのだ。世界を巡って行った者たちが、再び命となり帰ってくることを願って。私達は生きる。神が目覚めるその時まで。神を讃えよ。」
「「「「神を讃えよ」」」」
クルツさんの祈りに合わせて人々も神に祈りました。そして祈りを30秒続け、追悼は終わったのでした。同時に開会式も終わり祭りが始まったのでした。
街は賑わいを極めていました。今日の祭りに合わせて別の街からも多くの商人が集まり露店や屋台を並べています。住民たちは楽しそうに思い思いの店を見て回っていました。
しかし、人が増えれば問題も多く起こるのが世の常。商人に紛れて街に犯罪者が入ってきているかもしれません。冒険者達は衛兵隊からの依頼により警備に駆り出されていました。私も現在警ら中です。おや、怪しい店を発見です。
「この水はなんとですね! この国で一番高いと言われる霊峰の湧き水を汲んだものなんですよ! ただの水ではございません! 山頂の雪が溶けて何年もかけて山の中を通りながら濾過されて生まれた金の天然水! ふもとの住民はそれを毎日飲んでいるためにいつまでも健康で若々しく暮らしているんですよ! 今なら一樽10万イエーンのところ49980イエーン! 無くなり次第閉店、早い者勝ちですよ!!」
店の商人が矢継ぎ早にセールストークを繰り広げています。たかが水なのに往来の人々の注目を集めまくっていました。
「水が一樽5万イエーンとは、ぼったくりもいいとこですね」
私は商人に声を掛けました。問題が見つかれば退去してもらいます。
「お嬢さん、無茶言っちゃいけませんよ。霊峰のふもとからここまで運ぶのにどれだけ費用が掛かると思ってるんです? 適正価格ですよ適正価格」
「その水を飲めば健康になれると言われても信用できませんよ」
「そのお気持ち、大変良く分かります。たかが水、されど水です。人は一日2リットル飲まないと生きてはいけません。現地の住民は何世代も前からこの水を飲んできたんです。いいですか? 健康というのは一日二日でどうこうなるもんじゃないんです。毎日の積み重ねで健康は維持できるんです。その第一歩目を皆さんに踏み出してほしいんですよ! この天然水をきっかけにして! そのために利益度外視で、輸送費しか賄えないのを承知でこの値段でお売りしているのです! お客様の笑顔が私の報酬なのです!」
商人のトークを聞いた客たちから拍手が上がりました。感動して涙を流す人もいます。商人のトーク一つで疑いの空気がきれいさっぱり消えていました。私以外。
「では念のため商品を鑑定させてもらいますね」
私はそう言うと鑑定メガネをかけて水を鑑定してみました。なにやら商人が慌てています。ええい、邪魔をするな。鑑定。
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水。
ヨハンの井戸で汲まれた水。
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はい詐欺です。商売お疲れ様です。今からは牢屋の中で休んでいいですよ。私は衛兵を呼び、詐欺商人は拘束されました。
「違うんだ! 誤解だ!これは濃縮還元100%天然水なんだー!」
詐欺商人はそう喚きながら連行されていきました。鑑定されればバレると思わなかったのでしょうか。まぬけですね。
私は見回りを再開したのでした。
路地を歩いていると、人だかりの向こうで騒ぎが起きました。覗いてみると、二人の男性が喧嘩をしているようです。
「何てことしやがる! 弁償しろ!」
「ぶつかってきたんはお前やろが!」
彼らの足元には割れた壺。状況を見るに、二人がぶつかった事で片方が持っていた壺が割れてしまったようです。
「この壺がいくらしたと思ってる! 100万だ!ただの壺じゃねーんだぞっ!」
「前見て歩かんお前が悪いやろ!」
「弁償代をよこせ!」
ああ、これ当たり屋ですね。わざとぶつかって持ち物が壊れたと言って弁償代を迫る犯罪です。
「なんやと! こっちの壺は200万やぞ! 弁償せえや!」
「じゃあこっちの壺は300万だ!」
「なんでやねん!」
よく見ると散らばっている破片は2色ありました。なんと両方当たり屋だったのです。二人は私が呼んだ衛兵に捕まり連れていかれました。
さらにしばらく見回りをしていると、突如爆発音が聞こえました。音のした方を見ると煙が上がっており、人々がパニックになって逃げ惑っていました。周囲の屋台には火が燃え移っています。
急いで向かうと、奇妙な全身鎧を付けた人が爆心地に立っていました。足元に倒れている男性を踏みつけ動けなくしています。踏みつけられている男性はまる焦げでした。
「何をしているのですか! ジーンさん!」
私は全身鎧の人物に声を掛けました。彼はCランク冒険者のジーンさん。放火魔の通り名で知られている人物です。一般人に暴行したとあっては冒険者ギルドの評判に関わります。
「む、ギルドの職員か。どうかしたのか?」
「何をしているのかと聞いているのです。その人を放しなさい!」
私はスリングショットを構えました。返答次第では戦闘の可能性もあります。
「いや、こいつはひったくり犯だぞ?」
周囲に微妙な空気が流れました。
話を聞くと、ひったくりが起こった所に居合わせたジーンさんが犯人を捕まえたというだけでした。問題は、捕まえるたとはいえ火魔法で周囲ごと燃やした事です。
「なぜ周囲に被害が出るような攻撃をしたのですか」
「燃やせば解決すると思ったから」
ジーンさんは駆け付けた衛兵に連行され、犯人は治癒院に運ばれたのでした。ご愁傷さまです。
時刻は昼過ぎ、屋台で軽く食事を済ませた私は引き続き見回りを開始しました。食事時になり、道にはさらに多くの人があふれていました。多すぎてまっすぐ歩けません。人の合間を縫うように歩いていた私でしたが、向かいから歩いてきた男性にぶつかってしまいました。
「あ、すいません」
「おっとごめんね」
お互いにそう言い合ってすれ違った直後、後ろからけたたましい音が鳴りました。振り返れば、先ほどの男性の手元で私の財布が鳴っていました。私が財布に付与していたスキル「サイレン LV1」の効果です。
「この私からスリをしようだなんて100年早いですよ」
私は犯人を叩きのめしてそう言いました。これは警備の仕事、仕事です。個人的な報復とかではありません。今日も平和ですね。すっきり。
まだ祭りは始まったばかり。私は次なる犯人を捜して見回りを再開するのでした。




