50. 月3万で驚きのセンスに
「さあ、作業を進めるわよ!」
ボスおばさんがそう宣言しました。裁縫道具が並べられ、未完成のパーツを作っていきます。
「ほら、せっかくだからあなたも手伝いなさい」
私はボスおばさんによって作業机に座らされると、邪神の制作に手を染めるよう言われました。渡されたのは、未完成の触手。パーツごとに完成させてから本体にくっつける製法のようです。
おばさんたちは裁縫をしながらも、邪神をさらに改造するためのアイデア出しをしていました。既に属性過多なのに、これ以上何を付け足すというのでしょうか。
「妥協してはだめよ。今ある壁を乗り越えた先に新しいデザインがあるのよ!」
ボスおばさんが他のおばさんを鼓舞しました。その壁は乗り越えなくてもいいと思いますよ。
「そうは言っても、これ以上パーツを付けられる場所がないわね」
「一体どうしたらいいのかしら」
おばさんたちが悩み始めました。
「マリーンさん、あなたも何かアイデアを言ってごらんなさい?」
おおっと、会話がこちらに飛んできました。
「ドラゴンらしくないパーツを全て取り払ってシンプルなデザインにしたらどうでしょう」
私はとっさに思ったことを言いました。
「……」
「……」
「……」
全員黙りました。
「……」
そして続く静寂。どうやら言葉のキャッチボールに失敗したようです。大暴投です。いや、だって仕方ないじゃないですか。彼女たちのセンスについていけないんですから。
「……なるほど、良く分かったわ」
やがてボスおばさんが口を開きました。
「分かってくれましたか」
「ええ、あなたはセンスを磨かないとだめね」
「分かってくれませんでしたか」
ボスおばさんが私の肩に手を置きました。
「あなたに私たちのセンスを伝授してあげるわ」
「い、いえ、お気になさらず……」
私がやんわりと断ろうとすると、ボスおばさんは大きくため息をつきました。そして取り巻き達と目を合わせると、大げさに肩をすくめます。
「よく居るのよね。初心者が他人から学ぼうとせずにオリジナリティーを出そうとして、他人に評価されなければ見る目がないなんで文句を言っちゃう人がね」
私のことを言っているのでしょうか。私は初心者ではないのですが。幼いころから手芸で小遣い稼ぎをしていて一応現役の手芸作家でもあるのですが。
「あなたは運がいいわ。今なら特別に私の内弟子にしてあげる。本当は通い弟子から始めないといけないんだけど、今回だけ特別よ。私の下で働きながら学ぶといいわ」
それって雑用係ですよね。都合よく使おうとしてますよね。
「月謝3万するけど、それで私たちのセンスを学べるのだから安いものよ」
しかもお金取るのですか。そこそこ高いですし。このまま流されてはいけません。はっきりと断らないと。
「すいません。私の求めるセンスとは違うので」
「ちょっと! 会長が特別に誘ってくださってるのに、無碍にするつもり!?」
「信じられない! せっかく内弟子になれるチャンスを投げ出すなんて! なりたくてなれるものじゃないのよ!?」
うわ、取り巻きおばさんAとBが急にキレました。口々に批難してきます。
「会長に謝りなさいよ!」
「これだから礼儀のなってない若者は!」
ええ……。私悪くないと思うのですが。しかし多数決で不利です。
「よしなさい、二人とも」
そこにボスおばさんが救いの手を差し伸べてくれました。
「集中力が切れちゃったわ。いったんお茶にしましょう。いい茶葉があるの」
そうして、私達は隣の部屋に移動して休憩することになりました。
出されたお茶は、いい茶葉というだけあってとてもおいしいお茶でした。もし一緒に飲んでいるのがエルーシャであれば楽しいお茶会となったでしょう。しかし今の私はアウェー。おばさん達から嫌味の集中砲火を受け、楽しむどころではありません。
針のむしろとなった私は一旦トイレに避難しました。トイレを流すための水が汲まれた桶が目につきます。あらかじめ井戸から汲んでおいた水を人の手で流すのがこの国の一般的なトイレです。桶を覗き込むと、水面に映った自分が見えました。
「私はなぜこんなところに来てしまったのでしょう」
少し考えて私は元凶を特定しました。店長です。店長がここを紹介しなければ、店長がもっと高く買い取ってくれれば、こんなところに来ることはなかったのに。ええ、完全な八つ当たりですね。
水面に揺らぐ自分の顔を見ていたら、少しすっきりしました。私はその後しばらくしてからお茶会に戻りました。
そしてなんとかお茶会を耐えきり、私たちは作業場に戻って来ました。邪神が私たちを出迎えます。
「ああっ!」
「うそでしょ……」
「どういう事!?」
作業場を見て、おばさんたちが驚きました。そこにおいてあった邪神のぬいぐるみは、お茶会の前とは全く違う姿となっていたからです。
邪神は、全身を切り裂かれて見るも無残な姿となっていました。




