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46. 過去をたどる

 鑑定したところ、倒れていた男性は名前がありませんでした。普通、ステータスの名前が変化することはありません。名付けをされる前の赤ん坊でもなければ、名前の欄には本名が記載されます。偽名を名乗ろうが違う名前で有名になろうが、記憶が無くなろうがそれは同じです。にもかかわらず、彼には名前がありませんでした。一体どういうことなのでしょうか。


 鑑定では手掛かりを得られず、次は身元が分かる物を持っていないか調べることにしました。が、彼の持ち物は今着ている服のみ。身分証はおろか、食料や飲み物の一つも持っていません。森に来るような恰好ではありませんでした。


「街の外に出るならそれなりの荷物は持って来るはずですが、何か思い出せませんか」

「持ち物ですか?」

「はい。食料や水、着替えや武器に、もろもろの道具とかです」

「……そう言えば持っていた気がします! 少し思い出しました。たぶん近くにあると思います」


 そう言って名無しさんがあたりを見渡しました。


「いや、お前が起きる前に周辺を調べたがそんなものは無かったぞ」


 冒険者の一人がそう言いました。が、名無しさんが思い出した記憶を頼りに探したところ、すぐ近くの地面にリュックが落ちていました。


「あ、あれぇ? なんで?」


 先ほどの冒険者が首をひねっていましたが、とにかく手掛かりが見つかったので精査します。リュックの中には食料と水筒、着替えにナイフが入っていました。残念ながら、身分証は見つかりませんでした。


 他にも手掛かりがないか周辺を捜索しましたが、持ち物はおろか、彼がここに来るまでの足跡すら見つかりませんでした。


「他に何か思い出したことはありませんか」

「他ですか?」

「例えばあなたがどこから来たのかです。ここは今壁で囲われています。昨日までは囲いが完成していなかったので、囲われていなかった方向から来たのだと思いますが、どうですか。何か思い出しませんか」


 私は地図を見せ、囲いができていなかった方向を指し示しました。名無しさんが持ち物のことを思い出した事から、他にもきっかけがあれば思い出すかもしれません。


「……そういえば、あちらから来た気がします」


 名無しさんは野営地と反対の方を指さしました。囲いが昨日できていなかった方向です。名無しさんの新しい証言から、先ほどまで見つからなかった足跡があっさり発見されました。


「えぇ? さっき探した時は見つからなかったぞ……」


 冒険者たちが足跡を見て顔をしかめています。普通に見てすぐに分かる場所に足跡がありました。彼らの目は節穴なのでしょうか。


 冒険者が足跡を辿って調べた結果、足跡は森沿いを通る街道から来ていた事が分かりました。街道には足跡がなくそれ以上は辿れませんでした。名無しさんもそれ以前は思い出せないようです。


 その後新しい手掛かりは得られず、私たちは名無しさんを野営地に連れて戻りました。現場はこれから開拓される囲いの中。まだ手掛かりを探したくはありますが、名無しさんの素性を調べるために開拓を遅らせるわけにはいきませんでした。



 夜になりました。名無しさんは遭難者として扱われ、テントと食事が与えられました。野営地では名無しさんの話が広まっていました。野次馬共が遭難者を一目見ようと集まりましたが、彼は記憶喪失。何を聞かれても分からないの返事ばかりで、しらけたやじ馬はじきに散っていきました。彼らの間で迷い人という言葉が行き交っています。


「迷い人とはどういう意味でしょうか」

「たまにいるんだ。記憶も名前もない奴が」


 私の独り言に後ろの誰かが答えました。振り向くと、木こりのドーウさんが立っていました。


「あのような奴は時々現れる。記憶も名前もない状態で、気が付けば人気のないところにいたと言ってな。大体森の中に現れるんで、木こりの間では迷い人なんて呼ばれて知られている」

「彼のような人が他にもいるんですか」

「たまにだがな。魔物がいない森で見つかる場合がほとんどだ」

「なぜ魔物がいない森ばかりなのでしょう」

「魔物がいる森では見つかる前に魔物に食われてるんだろう。なぜ森で名前と記憶を失うのかは誰も知らん。本人も知らないのだからな」


 迷い人、ですか。森で記憶を失うというのは怖いですね。なぜ記憶を失うのかわからないのでは対策もできません。絶対に森で一人にはなるまい、そう思いました。



 翌日、開拓は何事もなく無事終わりました。囲った領域の木を全て切り倒し、森に大きな空白地帯ができました。防壁で囲われているこの領域は、今後周辺を開拓するときの基地として利用される予定です。


 そうして開拓を終え、私たちはヨハンへと戻ってきました。名無しさんは衛兵に保護され、私の仕事は全て終わったのでした。

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