41. 休憩
「ぜぇー、ぜぇー」
数時間の行軍の末、私達一行は野営地に着きました。エルーシャが荒く息をしています。彼女にはつらい運動だったようです。
「なんで、マリーンは、平気なのさ」
息絶え絶えにエルーシャが言いました。
「リュックに重さ軽減の効果を付けたので」
私はリュックにスキル「収納」と「運搬」を付与していました。これにより中が見た目より広く、重さが軽減され運びやすくなっています。マジックバッグという高級な魔道具があるのですが、それと同じ効果ですね。
「え、ずるい!」
「使えるものは使うのが私の主義です。自分の能力を使うのにずるいも何もないでしょう」
「むぅー、でもずるい」
エルーシャがすごく恨めし気にこちらを見ています。
「ふくれていないで、仕事をしますよ」
私たちは新人を集めました。いまから研修内容の確認を行います。
「えー静かに。今から研修内容の確認を行います。しっかり聞いてください」
私がそう言うと、ザワザワしていた新人たちが静かになりました。それを見て、私は話を続けます。
「研修は二泊三日、今日はこれから野営地の設営と、先輩冒険者による指導を行います。指導の内容は、森に入って活動するときに必要となる知識の伝授などです。数名ずつの班に分かれて、実際に森の中で経験してもらいます」
森に入るという言葉を聞いて、何人かの新人がつばを飲み込みました。彼らのほとんどは15から17歳、もちろん森の活動は未経験です。魔物と戦ったこともないでしょう。緊張しているのが伝わってきます。
「夜になるとここで就寝して、二日目は実際に森で狩猟採取を行ってもらいます。また、複数のミッションとそのための物資を与えますので、それらを達成してもらいます。パーティーは作らず、単独で行ってもらいます」
ここで私は一旦溜めをつくり、新人たちを見渡しました。体格はひとぞれぞれで装備もバラバラ。ほとんど普段着の人もいます。しかし、全員真剣な目をしていました。
「二日目の夜はこの野営地ではなく、森の中で夜を過ごしてもらいます。そして三日目の朝に集合し、街へと帰還します。何か質問はありますか」
私がそう言うと、一人が手をあげました。
「強い魔物と遭遇したら負ける自信があるのですが、どうすればいいですか?」
「現在随伴の冒険者が周囲の安全を確かめに出ています。研修の範疇を超える危険な魔物は排除してもらっていますので大丈夫です。ですが、だからと言って油断はしないでください。どんなに弱い魔物でも、魔物だというだけで危険だということを忘れないように。他にはありますか」
質疑を終えると、私たちは野営地の設営を始めました。テントを組み立て、焚火の準備をします。そして、魔物除けの臭い薬を周囲に巻き安全地帯を確保します。
そして野営地の設営を終えた頃、索敵に出ていた冒険者たちが戻ってきました。分担された各方向の安全報告がそろっていきます。
「……大丈夫。」
そう報告する彼女はCランク冒険者のパルムさん。小柄な人物で、フードを目深にかぶっているため素顔は分からず、どういう人なのかはよく知りません。謎多き人物ですが、一部の冒険者からは戦闘力だけなら優秀という噂が挙がっています。一度も魔物を狩った記録はありませんが。ともかく、最後に戻ってきた彼女の報告によりここら一帯の危険な魔物が無事排除されたことがわかりました。
一定の安全が保障されたことで、新人たちは教官役の冒険者に連れられて森へと入っていきました。魔物の痕跡や習性、木の実や薬草といった森のめぐみの見つけ方、水の確保、方角の把握の方法、覚えることは多いです。
そして研修が行われる間に私達職員が何をするかと言うと、実はあまりやることがありません。定期的に冒険者を斥候に出したり今夜の炊き出しの準備をする以外では、不測の事態に備えて待機するのみ。つまり休憩です。
「いやー、久しぶりに昼間からゴロゴロできるよ」
エルーシャがハンモックに寝ながら足を組みました。ご丁寧にアイマスクまで準備しています。
「待機は休憩じゃないですよ」
「そう言うマリーンだってくつろいでるじゃん」
「久しぶりに昼間からゆったりできるので」
「あー、これだけは研修のいいところだよねー。日々の業務から解放されて幸せー」
「まったくです」
こうして私たちは久しぶりの余暇を楽しみました。
そして夕方、新人たちが戻り夕食となりました。職員で炊き出しを行い、冒険者たちに食事を配っていきます。明日の狩猟採取は単独行動で達成してもらうので、今はしっかり英気を養ってもらいます。
冒険者全員に食事を配り終え職員たちも食事を取ろうとしたとき、あることが発覚しました。食器が一人分足りません。
「確かに人数分用意したと思うのですが」
私は首をひねりました。しかし、何度見ても一人分足りません。
「さてはマリーン、準備の時に数え間違えたでしょ」
「そんなはずはありません。準備するときに確かに人数分数えました。多分」
物資は必要最低限しか用意していませんので予備もありません。
「ふーん。じゃあ妖精が持っていったんじゃない?」
「おとぎ話ですよねそれ。そういうのは子供相手にしてくださいよ」
人知れず物が無くなったら、それは妖精が盗んでいったのだというおとぎ話があります。無論妖精なんてものは実在しませんが、物をなくした人への揶揄に使われます。
私たちは余分に食器を持っていった人がいないか探しましたが、ついぞ見つかりませんでした。
「しかたないね。私達で使い回そっか、食器」
「……すいません」
そうして夕食を終えた後は片づけを済ませ、就寝となりました。魔物が襲ってきてもすぐ戦ったり逃げられるように武器や荷物はまとめておき、見張りの数人以外はマントに包まって寝ます。見張りは焚き火を維持しつつ、交代までの数時間を過ごします。
見張り番の順番も決められ、私達は眠りについたのでした。




