38. 下水パニック
「何か聞こえないか?」
下水道内の探索を続けて1時間、冒険者の一人が声をあげました。全員静まり返り、耳を澄ませます。
「魔物の鳴き声、でしょうか」
「ああ、たくさんいるな」
「なんか、徐々に声が大きくなってないか?」
「確かに。こっちに向かってるぞ!」
私たちは戦闘態勢に入りました。全員が魔物に備えて構えます。やがて魔物の群れが見えてきました。ネズミの魔物の群れです。こちらに向かって一直線に走ってきました。その数、百匹以上。
「う、撃て! 撃ち殺せ!」
冒険者の一人が叫びました。ネズミとは言え数が半端じゃありません。広い絨毯が通路を滑っているかのような光景です。怒涛の勢いで押し寄せてきます。
魔法を使える人たちがたまらず迎撃しました。しかしネズミたちは速度を緩めずに突っ込んできました。
「撤退! 撤退ー!」
私は号令を掛けました。いくらネズミといえ、あの数が相手では危険です。群れに飲み込まれれば、全身を噛まれ徐々に殺される可能性もあります。そうなったら悲惨です。私達はネズミたちに追われて走り出しました。
私達が魔法で迎撃しながら逃げていると、冒険者の一人が通路のぬめりに足を滑らせて転倒しました。転倒した冒険者がとっさに前の人の足をつかんだせいでさらに一人転倒。さらに、転倒した二人の後ろを走っていた一人もそこに突っ込み転倒しました。
「ば、ばか野郎!」
「退け! 起き上がれないだろ!」
「死ぬ! 死ぬー!」
転倒した三名が悲鳴をあげます。そこにネズミの群れが追い付きました。そのまま三名を群れが飲み込みます。ですが、ネズミたちが走り抜けた後に三名の姿がありました。私達の方もスルーし、そのままどこかに走り去っていきます。
「た、助かった……のか?」
「奇跡だ!」
「いい加減退け!」
三名は無傷でした。
「俺たちを襲ってきたんじゃないのか?」
ダルドさんが疑問を口にしました。
「まるで何かから逃げているかのようでしたね」
「おい! あれを見ろ!」
冒険者の一人がネズミが来た方向を指さしました。そちらを見ると、通路の奥から大量の水が押し寄せているではありませんか。
「ぎゃああああああ!」
私たちは再び走り始めました。指示も号令もあったもんじゃありません。全員が同時に逃亡を選択しました。
魔物を見かけても無視。生に向かって逃走します。魔物は洪水に轢かれました。
私達は曲がり道をジグザグに逃げ、水の勢いが弱まるほうへと逃げることで難を逃れました。奇跡的に全員無事です。
「何だったんでしょうか、今のは」
『あれはスライムだ』
私の疑問に鑑定メガネが答えました。……嘘ですよね。
『鑑定したから間違いない。巨大なスライムが移動してきただけだ』
いつの間にか下水ダンジョンが魔境と化していたようです。いや、ダンジョンな時点で魔境ですが。
「魔物だ!」
また冒険者の一人が声をあげました。指さす先は下水。水面からひれが見えました。ひれが水中に沈んで数秒、下水から巨大魚が飛び出してきました。口を大きく開け、私達に向かって飛んできます。
「サ、サメだー!」
「よけろ! よけろー!」
私達は蜘蛛の子を散らすように回避しました。サメが通路に頭から激突します。打ち上げられたサメは水を纏い通路の上を泳ぎ始めました。
「サメが来るぞ!」
「倒せ!」
私は風魔石のブレスレットでサメを攻撃しました。しかし、纏っている水が盾となり効きません。他の冒険者が火や土の魔法を放ちますが、すべて水に防がれています。水魔法の攻撃は吸収されてしまいました。
「くそっ、魔法が届かない!」
「剣士! 何とかしろ!」
「無茶言うな、奴の纏う水に飛び込めってのか!」
「トラップ地帯に誘導しましょう! 電撃なら効くかもしれません。」
奴隷さんが声をあげました。
「トラップは停止しているだろ!」
「手動で魔力を注げば動きます。こっちです!」
「しかたない、移動するぞ!」
私たちはサメから逃げつつトラップ地帯に向かいました。追ってくるサメを足止めしつつ走ります。
「ここです!」
奴隷さんが立ち止まりました。床に魔法陣が見えます。
「この魔導線に魔力を通せば動きます!」
「私達で魔力を通します。サメをトラップに誘導してください」
私と魔法使い数名が魔導線に触れ魔力を注ぎました。魔法陣が起動します。
「おら、こっちだ! 軟骨魚類!」
トラップを挟んだ位置取りで、冒険者が魔法を放ちサメを攻撃しました。その冒険者にサメが敵意を向け突っ込みます。そしてサメの纏った水が魔法陣に触れました。
魔法陣から電撃が流れました。サメが感電して小刻みに痙攣します。纏っていた水が崩れ落ち、サメは歩道に落下しました。そこへ冒険者たちが剣を突き立てとどめを刺したのでした。




