36. 共に生きる
ツモアたちが起こした騒ぎから5日、破壊された結界は修復され、侵入していた魔物は全て駆除されました。風魔石によって集められた瘴石は再びギルドで管理されています。人々はいつもの生活に戻り、相変わらず仕事があふれ忙しい日々へと逆戻りです。
街は平穏を取り戻していました。
ツモアたち魔人は全員捕縛され、現在は牢に繋がれています。スキルを無効化する結界とステータス値を弱体化させる魔道具により脱獄は不可能です。
彼らは王都で公開処刑されると領主から発表がありました。あれだけのことをしでかした以上、死刑は免れませんでした。
私はツモアとの戦闘で怪我をしたものの、その後受けた治癒魔法によって全快し翌日からギルドに復帰していました。破壊されたギルドの復旧と並行で通常業務もこなす激務の日々です。
私は今、ある人を尋問していました。その人物は、ロックさん。魔人の一体であるキャッシュさんの家の使用人です。ロックさんはキャッシュさんの育ての親と言える人でした。
「あなたが出そうとした依頼の内容をもう一度言ってください」
「その……ある人の救出です……」
「ある人というのは」
「……坊ちゃまです」
「名前が分かるよう言ってください」
「キャッシュ坊ちゃまです……」
ロックさんは、死刑が決まったキャッシュさんを逃亡させる依頼をギルドに持って来たのでした。当然すぐに待ったがかかり、こうして捕まりました。
「それが犯罪であることは分かっていますよね」
「どうしても……坊ちゃまを助けたかったので、つい……。私には坊ちゃまを見捨てることができません」
「まったくあなたという人は、父親以上に父親ですね」
「すいません……」
「いえ、褒めてるんですよ」
「……すいません」
やれやれ。私は周囲を確認しました。
この場にいるのは私とロックさんのみ。私はある機密をロックさんにばらすことにしました。そのために最後の確認をします。
「ロックさん、あなたはキャッシュさんのためなら今までの人生を捨てることができますか」
「え?」
「今の地位や生活を捨てて、キャッシュさんと共に生きることを選ぶかと聞いているのです」
「……はい! 何でもします!」
「例えば、魔人になれと言われたらなりますか」
「それで坊ちゃまと共にいられるのであれば」
「分かりました。ではあなたが魔人たちの輸送に同行できるよう手を回しますので同行してください。それから、今から話すことは機密です。絶対に誰にも漏らしてはいけません。いいですね」
「はい」
「魔人たちは王都に輸送中、何者かの襲撃により逃走します」
数日前の話。私はギルマスに呼び出されました。
「話というのは何でしょう」
「ああ、魔人の処遇についてだ。王都で処刑されるという発表は聞いたな」
「ええ、公開処刑だそうですね」
「そうだ、魔人たちを王都に輸送しなければならん」
「なぜ王都で。処刑ならヨハンでもできるでしょう」
「これから言うことは機密事項だ」
「帰ってもよろしいですか」
「輸送中に魔人たちが脱走する」
ギルマスは逃がしてくれませんでした。
「ある国からの要望でな。魔人たちを引き取るそうだ。内密に引き渡すよう国王から勅命が届いた」
「なぜ罪人を渡すことを了承したのでしょう。しかも魔人ですよ。どこの国の要望ですか」
「エロース国だ」
「……あの国とは国交は無かったと思うのですが」
「表向きはな。だが全くないというわけはない。国交がないことにすると決め交わすくらいには国交がある」
「それは確かに機密になりますね。それも国家レベルの」
もしこの事実が国民に知れたら大騒ぎとなります。
「お前には輸送の手はずを整えてもらう。輸送中に向こうが襲撃して攫ってくれる事になっているからな。人選は限られている」
「失敗すると分かっている依頼を冒険者に出せと」
「先の魔物の襲撃に乗じて盗みを働いた冒険者たちがいる。それを使え」
「分かりました……」
大変な案件を任されてしまいました。気が重いです。エロース国は大森林地帯を挟んだ隣国で、オリピュロス国家連合に属しています。連合の通称は、魔王連合。
魔人たちの国です。
「さてと、お主ら準備はよいな? 今から儂らの国に転移するぞい」
ある魔人の老人が、他の魔人たちに振り返りそう言った。ここは街道。ヨハンから王都へ輸送中だった魔人たちはこの老人に助けられ、輸送隊から脱走していた。
「ああ、少し待ってください。これを飲んでおきます」
そう返事をしたのは、彼らの中に交じっていた唯一の人間。彼がある薬を飲むと、体から瘴気があふれ魔人化した。
「マリーンさんが回収された特効薬をこっそり持ち出してくれたのですよ」
そういう彼の名は、ロック。人間でありながら、他の魔人たちと一緒に魔人の国に行くことを選んだ人物だ。
「ロックさん、本当によかったの?」
キャッシュがそう言った。ロックは彼の育ての親だった。
「あなたと共に生きると決めました。どこまでもついていきますよ」
「ほっほっほ。よき家族を持ったのう。では今度こそ行くぞい」
老人はそう言うと宝珠を取り出した。転移の魔道具である。一度だけ、あらかじめ登録してある場所へとテレポートできる代物だ。
魔人たち8人は老人に連れられ、魔人たちの国へと旅立っていったのだった。
これでツモア編は終わりです。
気持ち的にはこれで第一部完といった具合です。
これからも「辺境のマリーン」をよろしくお願いいたします。
また、活動報告にてツモア編までの振り返りを書きました。制作裏話とか気になる方はどうぞ。
次回予告:下水ダンジョン編
魔人たちが出した瘴気により下水がダンジョン化! マリーンと冒険者たちはダンジョンの攻略作戦を開始する。そして浮かび上がる、魔物大増殖の謎。乞うご期待。




