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辺境のマリーン 〜ギルド嬢の事件簿〜  作者: 源平氏
補章:王都から来た少女編
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王都から来た少女

 五年ぶりの王都は新鮮だった。大まかには記憶と一緒だけど、細かいところが変わっていた。私だけ時間に取り残されたみたいな感覚。


 テディは市場で売りに出されているらしい。他の人に買い取られる前に見つけないと。私は自然と足早になる。


 そうだ、お金が無い。どうしよう……。


 私は自分の体を見た。金目の物……、服はドレスだから脱いだら下着姿になっちゃう。アクセサリは付けてない。となると靴を売るしかないか。


 そんなことを考えていた私は通行人たちから目を向けられていることに気づいた。そっか、明らかに貴族っぽい子供が居たら目立つよね。


「いたぞ! お嬢様だ! 捕まえろ!」


 声がした方を見ると騎士がいた。付けている紋章からオルトローグ家の騎士だと分かる。その騎士が三人、こっちに向かって走ってきてた。


 もう脱走がバレた!? 私は騎士から逃げるように走り出す。街中で始まった逃走劇に住民たちが驚いていた。


 騎士は騎士、そして私はしょせんは子供だった。必死で走ってるのにみるみる距離が縮まっていく。


 私はこんなところで捕まるわけにはいかない。でも捕まるのは時間の問題だった。


 こうなったら……



『燃えて!』


 私は屋台に掛けられていたランプにスキルを使うと騎士に投げつけた。地面に落ちたランプから炎の壁が上がる。騎士がたたらを踏み、近くの住民からはどよめきが起こった。


 その隙に距離を稼ぐ。距離が開くほど私を見失いやすくなるはずだ。私は市場へと入っていった。


 でも騎士たちはすぐに炎を飛び越えて追いかけて来た。


『拘束して!』


 私はその辺に売られていた紐を手に取るとスキルを使った。両足を結ばれ拘束状態になった騎士が地面に倒れる。


 その間に他の二人が迫ってきた。


 必死で逃げる。


 住民たちは何事かと注目していた。


 騎士の鎧の音が背後から聞こえる。


 ガチャガチャとうるさい。


 鉄の塊を着込んでるのに、どんだけ走れるのよと思う。


 騎士がすぐ背後まで迫っていた。


 私はもうむやみやたらにスキルを発動しまくった。


 市場に売られている物に手当たり次第に。


 薬草に、古着に、つるはしに、骨に。


 ちゃんと考えて使わなかったから、大した足止めにもならなかった。


 そして、



 私は騎士に捕まった。






 カタカタカタ……



 異常が起こったのはその時だった。


 渇いた叩き音が聞こえたと思ったら、騎士の一人が殴り飛ばされた。



 私は見た。


 無闇やたらとスキルを使った対象の一つ、市場で売られていた動物の頭蓋骨の置物が変形して人型になったのを。そいつが騎士を殴り飛ばしたのを。


 非現実な光景に私は固まった。いや、逃走劇を見ていた住民たち全員も固まっていたと思う。



 カタカタカタ……


 人型になった骨がそう顎を鳴らすと、周囲に売られていた他の骨も動き出して人型になった。




「ス……」


 硬直の中、誰かが口を開いた。


「スケルトンだあああああ!!!」


 スケルトン、私はそれを知識としては知っていた。魔物の一種で、周囲の骨を使って増殖していく危険な魔物。



 市場は大パニックになった。




 それから後の事はよく覚えていない。パニックになって逃げる人々に揉みくちゃにされて、私もパニックになって逃げ惑ってた気がする。


 気づいたら私は街の中に魔物を発生させた犯人として牢屋に入れられていた。


 スケルトンは衛兵だか冒険者だかによって無事駆除されたらしい。


 恐喝まがいの取り調べを受けていたら、侍女長が迎えに来て釈放された。多分お父様が裏で手を回したんだと思う。


 侍女長は私と口を利かなかった。 




「このっ、大馬鹿者めが!!!!!!!」


 執務室に行くと、お父様がブチ切れていた。額に青筋が浮かんでいる。血管が切れるんじゃないかってくらい怒り狂っていた。


 お父様が机に拳を振り下ろした。ドン、と執務室に音が響く。机が拳の形にへこんでいた。


「警察には手を回してもみ消した! だが人の口に戸は建てられん! お前が魔物を生み出したことはもう王都に広まってしまった!」


 ギギギギ、とお父様の歯ぎしりが聞こえた。人ってここまで怒れるものなんだと私は思った。


「今王都ではお前が魔女だと話が広まっている! オルトローグ家の娘は魔物を生み出す魔女だとな!」


 不思議な事に、前に怒られたときは怖かったお父様が、今はあまり怖くなかった。なんというか、何もかもが他人事みたいに感じた。


「王家にも知られた! おかげで第一王子との婚姻の話も白紙だ!!」


 テディ、大丈夫かな? 私はそれだけが心配だった。お父様の説教は右から左。


 お父様の罵詈雑言が続く。


「お前はもうオルトローグ家の者ではない! 今すぐ出ていけ!」


 聞き流してたら説教が終わってた。私はそのままの恰好で家を追い出された。


 不思議な感じがした。今までのしかかっていた重圧から解放されたような気分。心が透くようだった。



「おい」


 聞き覚えのある声がした。私は屋敷を振り返る。そこにはミールがいた。


「……」


 ミールは口を開き、何かを言おうとして、そして口を閉じた。そしてポケットから何かを取り出した。


「持っていけ。少しは足しになるだろ」


 ミールの手に握られていたのは数枚の金貨だった。どういう風の吹き回しかは知らないけど、今の私にとっては貴重な資金だった。


「……ありがと」


 私はそれを受け取ると屋敷を去った。一度も振り返らずに。






 それから半月後。


『お父さん、見えてきましたよ。あれがヨハンです』


 私はお父さんと一緒にキャラバンに乗っていました。ちなみにお父さんというのはテディの事です。市場で売られていたのを見つけ無事買い戻しました。今では私たちは家族です。


 私の事は本当に王都に広まっていたようで、行く先々で魔女だなんだと言われました。魔女というのは昔話に出てくる魔物を操る人物から来ているそうです。そのせいで泊まる宿を探すのにも一苦労でした。


 呉服屋に行ってみたら別の店が建っていました。おばさんの行方は知れません。実家は廃墟になっていました。


 王都に私の居場所はありませんでした。その代わり、新しく建設されたばかりの街の事を知りました。辺境のヨハンという街です。出来たばかりなので住民は皆移住してきたばかり。余所者への疎外感は無く、私の事を知る者はいません。


 全てをゼロからやり直すのに、これほど条件が揃った街はありませんでした。



『ところで、本当にその口調に変えるのですか?』


 お父さんがそう聞いてきました。


『はい、もう平民街のあたしもオルトローグ家の私も居ませんから。』


 それは、私なりのけじめでした。過去との決別と言っても構いません。


『これでお父さんとお揃いの口調ですね』


 王都を出る時、不思議な事が発覚しました。私のステータスの名前欄から家名が無くなっていたのです。門番に鑑定され名前を読み上げられたことで知りました。



『今日から私はただのマリーン、辺境のマリーンです』








 私の過去話を聞いたメアリー姫は呆然としていました。少し長話し過ぎましたね。私は水を飲みのどを潤します。


「分かりましたか? 姫は自分を世界一の不幸者だなどと言いましたが、姫が経験した程度の不幸などこの世界にはありふれています。私の友人にもっと凄惨な過去を持つ人も居ます。あなたのは所詮子供の我儘に過ぎないのですよ」

「そんな……」


 姫、顔が真っ赤でした。不幸話を自慢げに話していた自身を思い出し恥ずかしくなったのでしょう。自己語りをしていた時の姫は悲劇の主人公を気取っていましたからね。あまつさえ自分はかわいそうだから好き勝手しても許される的なことまで言っていました。だから私は私の過去を語って聞かせたのです。


「姫は恵まれている方です。あなたを慕って付いてきた家臣がたくさんいます。母親と引き離されたと言いましたが、王都に行けば会えるのでしょう? そして今も思い合っている」


 姫はうつむいてぬいぐるみに顔を埋めていました。母親からもらったという大切なぬいぐるみです。決して上物ではありませんが、姫にとっては宝物なのでしょう。


「母親と暮らしたいのなら、願いを叶えるだけの力が必要です。姫の場合は権力。姫を利用しようとする貴族たちの操り人形にされないよう渡り歩く必要があります。無学では政争に勝てません」


 姫がピクリと反応し顔をあげました。私は姫を真っすぐに見つめます。


「もしあなたが望むのであれば、私はあなたに教育を施す事ができます。後は姫の気持ち次第。どうしますか?」


 私はこれを最後通告にする事に決めました。ここで教育を嫌がるようなら、それで終わり。他の家庭教師を見繕ってさよならです。


 ですが、そうはなりませんでした。


「……やるわ! いや、教えて下さい! 先生!」


 それは、これ以上ない返事でした。ならばこそ、私もそれに応えたいと思えました。


「分かりました。なら私も姫のやる気に応えられるよう力を貸しましょう」


 姫の教育は、この日から本格的に始まったのでした。




「ただいま帰りました」


 私が家に帰ると返事は無し。明かりも無し。どうやらフルーさんはまだ雑貨屋のようです。私は明かりを付けました。


 自分の部屋に入り、荷物を置きました。私の部屋の机には一体のぬいぐるみが置いてあります。


「お父さん、ただいま帰りました」


 ぬいぐるみの名前はテディ。私が最初に作った熊のぬいぐるみであり、その時習得した神級スキルで最初に命を与えた存在でもあります。幼かったあたしが、家族にあこがれて作った家族の代わり。


 そして、私が神級スキルを失うと同時にただのぬいぐるみに戻りました。




 おとうさん、元気ですか?


 私は元気です。


 今日はメアリー姫と打ち解けることができました。


 私の過去話をしたら、すごく聞き入っていましたよ。


 自分でも話していて懐かしい気分になりました。


 辛かった時、お父さんはよく私を励ましてくれましたね。


 お父さんが居なかったら、私は挫けていたかもしれません。


 あの頃は幸せというものを知りませんでしたけど、今は幸せを知ることができました。


 愛する人と家族になって、大切な友人が居て、ただそれだけの幸せ。


 私があこがれた幸せです。


 きっとお父さんが居なければこの幸せは手に入らなかったのでしょうね。


 私を導いてくれて、本当にありがとうございました。


 私は今、とても幸せです。


 これにて「辺境のマリーン ~ギルド嬢の事件簿~」は全編完結です。最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ評価・感想をお願いいたします。

 ※次話以降は設定集ですのでお読みいただかなくてもかまいません。

 

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