王都過去4:仮面令嬢
オルトローグ家に引き取られて五年。私は十四歳になっていた。もうすぐ十五で成人よ。
家族との仲は相変わらずで、お父様は私に物を見るような目を向けて来る。お母様は拒絶を貫き通してるし、ミールは相変わらず絡んできては嫌がらせをして来る。まあ、私にはどうでもいい話だけど。
侍女長による教育はほとんど終了してて、私は傍目には立派な貴族令嬢になっていた。引き取られたばかりの頃と違って今じゃ時間に余裕があるから、よく趣味のぬいぐるみ作りをしてる。
「お嬢様、当主様がお呼びです」
侍女長が部屋に来てそう言った。お父様が私を呼ぶのは珍しい。だから私はすぐに用件を察した。
「分かりましたわ。すぐに伺います」
貴族語にはもう慣れた。人と話す時と内心とで口調の切り替えも自然とできる。私は針と糸を机に置くと立ち上がった。
「お前の嫁ぎ先が決まった」
お父様の言葉を聞いた私はやはりかと思いつつもつばを飲み込んだ。気になるのはその相手。
「お相手はどのようなお方なのでしょうか」
「第一王子だ」
「!!?」
私に衝撃が走った。無理もないでしょ。だって王族なんだもの。
お、落ち着け私! この程度で令嬢の仮面が外れるようじゃ侍女長に再教育されるっ!
「それは光栄ですわ」
「当然だ。お前を王家に入れるようにしてやったことに感謝しろ」
恩着せがましい。どうせ自分が権力を得るためだろうに。
「ここまで育ててくださった事への感謝を忘れた日はありませんわ」
真っ赤な嘘を堂々とつく。貴族の社交には必須の能力だ。表情には出さないけど、内心ではもやもやした感情が渦巻いていた。私は人身売買される奴隷の気分だった。
その後話の詳細を聞かされた私は心穏やかとは程遠い状態で自分の部屋に戻ったのだった。
『ねえテディ。私、第一王子と結婚するんだって』
その日の夜。目が冴えて眠れなかった私は起き出してテディと話をした。テディは深夜にもかかわらず私の話に付き合ってくれた。
『王子とですか。それは何とも……すごい事になりましたね』
『どんな人なのかな。ミールみたいながきんちょだったらどうしよう』
『評判などは聞いたことないのですか?』
『知らないわ。私は社交界に出た事ないもの』
『箱入り娘ですからね』
『どうせ平民出身だから隠したかったのよ』
私はため息をついた。知らないことを考えてもしょうがない。王子の事、明日侍女長に聞いてみよ。
『ミールはいつまで私に嫌がらせするんだろ。いい加減飽きたらいいのに』
『あなたに受け流されているのでムキになっているんでしょう』
『馬鹿みたい』
『案外寂しいのかもしれませんよ? 嫁いだらなかなか会えなくなるのですし、一度話し合ってみればどうですか?』
『冗談きついわ』
私はあくびをした。テディと話してたおかげで眠気が出て来たみたい。私はベッドに戻るとすぐに眠りに落ちた。
次の日。
王族に嫁ぐためには王族としての作法を覚えないといけないらしい。貴族とは微妙に立場が違う分、立ち振る舞いも少し変わって来るんだって。まあ、一回やれば覚えられる位のちょっとの差しか無かったけど。
稽古が済んで部屋に戻ると、ミールが居た。なんで私の部屋に居るのよ。
「聞いたぞ。お前、第一王子に嫁ぐらしいな」
私に気づいたミールがそう声をかけてくる。
「ミール、いくら家族とはいえ淑女の部屋に勝手に押し入るのは良くありませんわ」
さすがに嫌だった私はミールを咎めた。立場はミールの方が上だけど、私の方が姉だからこの言葉遣いで問題ない。
……そう言えば久しぶりにまともに声をかけた気がする。
「お前に家族だなんて言われたくはない」
近づいて来たミールが見下ろしてくる。この五年で私も結構背が伸びたけど、ミールはそれ以上に伸びていた。
「それで、何の用かしら」
「……ふん。もうすぐその顔を見なくて済むようになると思うと嬉しくてな」
じゃあ会いに来ないでよ、と私は内心毒づく。返事をしない私にミールは舌打ちをした。
「その目……」
……目?
「どうしてお前は俺をそんな目で見るんだ。まるで物を見るような目をして!」
変な事を言われた。私の愛想笑いは完璧なはずなのに。目?
「お前はいつもそうだ! ここに来た時から! ずっと他人に興味がない目をして!」
どうでもよかったのは確かだけど、そんなに顔に出てたかな。後一人で盛り上がらないで欲しい。
ミールの目は、どこか寂しそうに見えた。
「……人形作りはそんなに楽しいか?」
不意にミールが私の部屋を見回してそう言った。私の部屋には作ったぬいぐるみがたくさん飾ってある。
「ええ、まあ」
「こんな物があるから、こんなものに興味を取られるからそんな目をするんだ」
ミールがぬいぐるみの一つを手に取った。私の机に置いていた古いぬいぐるみ。
「この熊の人形、家に来た時から持ってたな。これも自分で作ったのか?」
「勝手に触らないで!」
私はつい大声を出した。だってそのぬいぐるみは、私が一番最初に作った特別なものだから。
「こんな物が、俺よりも大事なのか!?」
「返して!」
私は手を伸ばしたけど振り払われた。ミールは男で私は女。力の差は歴然だった。
「ファイアーボール!」
ミールが手の平に火の玉を生み出した。そしてぬいぐるみに近づける。ミールの目には狂気が宿っていた。
「やめて!!」
私はミールを突き飛ばしていた。ミールが転ぶと同時に火の玉が手の平で破裂してミールの服に燃え広がった。
「うわっ!? うわあああああ!!!!」
ミールが転げまわった。私はそれを火を無視してぬいぐるみを奪い取った。よかった、燃えてない。
「何事です!?」
騒ぎを聞きつけた侍女長が部屋に入ってきた。そして燃えるミールを見て目を見開く。
「ウォーター!」
侍女長が水魔法を放つと、後には服が焦げたミールが水浸しで倒れていた。
私はミールを傷付けたとして怒られた。どれくらい怒られたかというと、お父様に直接怒られたほど。侍女長のスパルタ教育が天国のように思えた。それくらいお父様は怖かった。
さらに言うとお父様に殴られた。嫁入り前に顔はさすがにまずいと思ったみたいで、みぞおちに一撃。吐くかと思った。いや、死ぬとすら思った。そして痛みのあまり気絶した。
気が付くと部屋に寝かされていた。侍女長が来て、三日間の自室幽閉を言い渡された。まだお腹が痛かった私は寝転んだままそれを聞き、聞いた後はまたすぐに寝込んだ。
次に目を覚ました時、私は異変に気付いた。部屋のぬいぐるみが全て無くなっていた。
「無い! 無いっ! どこにも!」
私は必死で部屋を探したけど、一つとしてぬいぐるみを見つけることはできなかった。部屋を出ようとしたら鍵がかけられていた。そうだった。謹慎中だった。
そうだ! 念話だったら!
『テディ! テディ! 聞こえる!?』
お願い! 返事をして!
『はい、聞こえます……』
『良かった! 今どこ!?』
『それが……』
テディが言い淀んだ。その事に私の中に不安が募る。
『私は売り飛ばされてしまいました』
『そんな!!?』
『私は目を付けられてしまったようです。あなたへの罰のつもりなのでしょう』
『そんな……』
私は膝をついた。どんなに辛い時も、テディだけは私を励ましてくれた。悩みを聞いてくれた。他の使用人や奴隷が話すらしてくれない中でテディだけが。
私が今まで音をあげずにいられたのはテディのおかげだった。
それなのに、この家は、私からテディを奪おうというの!?
そんなの納得できない!
私は立ち上がった。カーテンを取り外して繋ぎ合わせロープにする。ここは二階。庭に降りるのに大した長さはいらない。
私は窓を開け放った。太陽はまだ高い。夜までまだ時間はある。
テディによると今市場で売られているらしい。
私は意を決して、窓から脱出した。
そしてテディを追って街へと走り出したのだった。
次が最終話です!




