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辺境のマリーン 〜ギルド嬢の事件簿〜  作者: 源平氏
補章:王都から来た少女編
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王都過去3:家族?

 新しい家族への挨拶。立場が上の人から順に周らないといけないらしい。まずはお父様から。あたしは侍女長に連れられて書斎とかいう部屋に行った。


 侍女長に教えられたとおりに挨拶する。


「ふん、最低限人間らしくはなったか」


 貴族らしい恰好になったあたしを見たお父様はそれだけ言うとこちらを見もしなくなった。あたしを引き取りに来た時ほどは見下されなかったと思う。あたしはそのことに内心ほっとした。



 次はお母様。もちろんあたしと血は繋がっていない。部屋に通されたあたしは、お父様にして見せたのと全く同じ挨拶をする。


「平民の分際で貴族のまねごとだなんて……汚らわしい」


 あたしはお母様からグチグチと説教とか嫌味とかを聞かされた。侍女でありながらお父様を誑かした卑しい女の娘だとかなんとか言われた。でもお母さんに会った事無いから実感もなければ怒りも湧いてこなかった。


 他人事みたいに聞き流してたのがバレて部屋を追い出された。侍女長から冷たい目で睨まれた。……あたし悪くないもん。



 一番目のお姉さまと二番目のお姉さまはもう結婚して家を出ているらしい。だから二人は飛ばして次は長男の元へ。


「お前がお姉様になるだと!? そんなの認めないぞ!」


 長男の名前はミール。あたしより一歳年下だった。あたしはどう返していいかわからなくて言葉に詰まる。そんなの教えられた台本には無かったもの。


「ミール様、確かにお嬢様の方が先に生まれてはいますが、次期当主であるミール様の方がお立場が上にございます。ご安心くださいませ」


 あたしが黙っていると侍女長が代わりに喋ってくれた。


「ちっ、それならいい」


 ミールは自分が上と言われて満足したみたいで、どっかりと椅子にふんぞり返った。そしてあたしを見る。


「聞いてたな? 俺の方が偉いんだ。それを忘れるな!」




 家族への挨拶はこれで終わり。あたしが感じたのは、こんなものか、だった。家族ならもっと仲良くするものだと思ってたけど、そんな事無かったみたい。歓迎されてないみたいだけどあたしはどうとも思わなかった。



 こうしてあたしの貴族生活が始まった。着心地のいい服に美味しいごはん。毎日湯浴みもして、温かいベッドでぐっすり寝れる。平民街での暮らしとは大違いだった。


 でも嬉しい事ばかりじゃなかった。起きてる間のほとんどの時間が貴族としての教育に使われるもの。礼儀作法にいろんなお稽古、そして学問。頭がパンクしそうなくらいいろんな事を覚えないといけなかった。


 普通の貴族なら五歳から始めるらしいんだけど、あたしはもう九歳だから遅れを取り戻さないといけないんだって。あたしの教育係になった侍女長は鬼みたいにスパルタだった。


 どれくらいスパルタかというと、あたしが何か失敗する度に教鞭でぶたれた。一晩で本一冊分の内容を暗記させられた。試験に合格できないとご飯の時間を無くして覚え直させられた。やっとの思いで試験に合格してご飯にあり付けても、テーブルマナーを間違えたらそれ以上食べさせてもらえなかった。




 ある日、昼ご飯をほとんど食べれずに次のお稽古に向かってたらミールに出くわした。ミールと目が合う。


「なんでお前がここに居るんだ! 俺の家に何しに来た!?」


 何しに来たって、引き取られたから仕方なくここに居るのよ。


「……だってここに住んでるから」

「なに? 晩餐にも来ないから屋敷にはいないと思ってたぞ」

「お母様が一緒に食べたくないって。だから一人で食べてる」

「……まあいいだろう。お前、俺の家来にしてやる。ついて来い!」


 ミールが歩き出した。私はそれを見送る。


「……ついて来いよ!」


 それに気づいたミールが私の手を引っ張った。私はそれに逆らう。


「これからお稽古があるから無理よ」

「うるさい! 俺の言う事が聞けないのか!? 俺の遊び相手にしてやると言ってるんだ!」


 恩着せがましいわね。あんたより侍女長の方が怖いのよ。こんな所で油を売って次の稽古に遅れたらきっとぶたれる。それは絶対に嫌。


「このっ!」

「ひっ!?」


 ミールが腕を振り上げた。侍女長にぶたれたトラウマが呼び起こされた私はとっさに目をつぶる。


 ……いつまで経ってもぶたれない。私はそっと目を開けた。


 ミールは手を振り上げたままだった。何か言おうとして口を開いて、でも何も言わずに閉じる。言いたいことを言葉で言い表せない様子だった。


 私は怯えたままミールを見ていた、と思う。


「……っ、この!」


 ミールが衝動的に手を振り下ろした。パァン、と廊下に音が鳴り響いた。




「もう嫌!」


 その日の夜、あたしはとうとう我慢できなくなって叫んだ。今は就寝時間の少し前。一日の中で唯一の自由時間だけど、明日までに暗記しないといけない事があった。あたしはベッドにダイブしてまくらを締め上げる。


 衣食住は満たされているのに、どうしてこんなに息苦しい生活をしないといけないんだろう。


「おばさんに会いたいな……」


 前は会いたくないって思ったのに、今は寂しさが募ってきた。不思議ね。


『ねえテディ、どうしたらこんな生活から抜け出せるの? もう勉強は嫌』


 私は屋敷で唯一の話し相手に声をかけた。家族はもちろん他の屋敷の使用人や奴隷ですら私とまともに話してくれないけど、テディはいつも私の話し相手になってくれる。


『逃げ出してもいい事はありませんよ』


 テディは声を出せなかった。その代わりにスキルで念話してる。


『だって……』

『大丈夫です。あなたは十分頑張っていますよ』

『でも失敗してばっかりよ』

『最初は誰だってそうです。このまま続けて出来るようになればいいんですよ』

『うん……』


 テディにそう言われると、あたしはもう少し頑張れる気がした。テディの言う通りだわ。出来るようになれば怒られる事もない。


『ありがとう、テディ。あなたがお父様だったらいいのに』


 あたしはそう言うと、明日に備えて勉強を始めた。



 それからあたしは精一杯取り組んだ。侍女長に教えられたことを覚え、実践し、身に着ける。貴族としての立ち振る舞いを覚えて、言葉遣いを直して、スキルの使い方も覚えていった。時間は風のように過ぎ去っていった。




 そうして五年が経った。




 あたしは、




 私は、十四歳になった。


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