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辺境のマリーン 〜ギルド嬢の事件簿〜  作者: 源平氏
補章:王都から来た少女編
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王都過去1:家族を作る冴えたやり方

 作業台の上には布、布、布。


 そして針と糸を持ちひたすら手を動かすのがあたし。あたしは服の肩口に袖を縫い付ける作業をしていた。


「あいよ、これ追加ね」


 呉服屋のおばさんが台に袖の束を置いた。相変わらず容赦ないわね。大人でもすぐにこなせる量じゃないわよこれ。


「それが終わったら上がっていいよ」

「あっそ」


 ぶっきらぼうに返事をしたら、おばさんがギロリと目を向けてきた。


「全く、少しは愛想を覚えたらどうだい。とても七歳のガキには見えないよ?」

「接客業じゃないんだからいいでしょ」

「はっ! あんたみたいな貧相なガキが雇ってもらえるのは針子くらいさ」


 このおばさん、あたしが他に仕事の当てがないのをいいことに、かなり足元を見た賃金しか出さない。それでもその日を生きるために、あたしは従順に働いていた。


 一言もしゃべることなく時間は進む。


「終わったわよ」

「そうかい、じゃあこれ持って帰んな」


 仕事量に見合わない賃金を受け取り、あたしは呉服屋を後にした。



 外に出ると、とっくに日は暮れていて空が真っ黒になっていた。王都の街並みには明かりが灯り、酔っ払いたちが歩いているのが見える。


 早くしないと店が閉まっちゃう。あたしは足を速めた。



「おじさん、いつもの」


 あたしは行きつけの定食屋に着くとそう言った。パン一切れに雑菜と豆のスープを受け取り、さっき貰った賃金から代金を渡す。これで賃金のほとんどが無くなった。


 硬いパンをスープに浸して食べる。身なりが汚いから、店の裏に隠れるようにして。そうでないとおじさんが怒るから。


「もう店じまいだ。さっさと食って帰れ」


 あたしは追い立てられるようにご飯をかき込むと店を後にした。



 街灯が無い狭い路地に入り、ふらふらと歩く。足取りがおぼつかない。あたしの体は暗がりに染まっていた。


 大丈夫、疲れただけ。休めば回復する。大丈夫。大丈夫。



 やがて着いたボロボロの家があたしの寝床。祖母が住んでいる家だ。


 お母さんはあたしが生まれると同時に死んだらしい。お爺さんがあたしを育ててくれたけど、六歳の時に病気で死んじゃった。お父さんの事はよく知らない。祖母に聞いたら物凄く怒ってぶたれた。お父さんのことを恨んでいるみたい。


「お前なんか生まれてこなければよかったのに!」


 祖母が良く言う言葉だ。



 家に入るとそこがあたしの寝床だ。つまり玄関。あたしは床に体をあずけると、そのまま体を丸めて目を閉じた。


 家に帰っても祖母には会わない。部屋の中に居るし、もう寝てる。ご飯はここ一年くらい出してくれてない。あたしが針子の仕事をするようになった理由よ。


 あたしは、一人で生きていた。






 二年経った。あたしは九歳になった。


 祖母との関係は相変わらずだ。針子の仕事をしているのも相変わらず。変わった事と言えば、呉服屋のおばさんが少し優しくなった事だ。


 裁縫の腕はかなり上達して、今じゃあたし一人で三人分の作業をこなす事ができる。それでいて賃金は安く済むんだからあたしを重宝するのも当然だ。優しさは有償なんだとあたしは学んだわ。


「今日はもう上がっていいよ」


 おばさんがそう言った。外は夕暮れ時。最近はこの時間に帰ることができているから楽だ。あたしは賃金をもらって呉服屋を出た。


 夕焼けに染まった王都をたくさんの人たちが行き交っている。仕事帰りの人、酒場へ向かう人、そして家族連れの人。あたしはある家族に目が留まった。


 五歳くらいの男の子が両親と手をつないで歩いていた。三人とも笑顔。いったい何が楽しいんだろう。


 あたしはその家族が見えなくなるまで目を離すことができなかった。



「おじさん、いつもので」

「おう、毎度!」


 行きつけの定食屋に着いたあたしはおじさんといつものやり取りをした。


 あたしは賃金から代金を払う。残ったお金は半分くらい。明日朝ごはんを出店で買って残りはとっておくのがいつもの使い方だ。


「あいよ、日替わり定食だ」


 おじさんが定食を運んできた。おばさんが安く売ってくれた服を着るようになってからあたしを邪険にしなくなったのよね。身なりが良くなっただけなのに。


 夜ご飯を食べながらさっきの家族のことを考える。無償の愛をくれる人、それが家族なのだと誰かが言っているのを聞いた事がある。あたしも家族が居ればあんな風に笑うのかな。あたしはさっきの子を羨ましいと思っちゃった。祖母? あれは家族じゃない。



 家族か……。



 ……そうだ、居ないなら作ればいいんだ! あたしはあるアイデアを思い付いた。はやる気持ちを抑えきれなくなったあたしは急いで定食を食べ終えて家に帰った。



 ボロボロの祖母の家に駆け込む。一瞬祖母の姿が見えたけど無視。自分の部屋に入った。祖母は最近無視を通り越して無関心になったから、勝手に空き部屋を使っても何も言わなくなっていた。


 あたしは部屋に隠していた貯金を手に取ると、呉服屋に引き返した。




「おばさん、今夜作業室借りるから。あとこれで布と綿を買うわ」


 あたしはおばさんに貯金を渡した。


「いきなり何だい? 別に構わないけど」

「ぬいぐるみを作るの」


 あたしはおばさんの返事を聞かずに作業室に入るとランプをつけた。作業台が明かりに照らされる。そして道具と材料を広げ、一心不乱にぬいぐるみを作り始めた。


 あたしが思いついたのは、ぬいぐるみを家族にするという事。あたしはあたしに無償の愛をくれる家族を作る事にしたの。ナイスアイデアだと思う。


 外が真っ暗になり、次いでおばさんの部屋の明かりが消えても、あたしはぬいぐるみ作りに熱中し続けた。



 そして夜が明ける頃、あたしはとうとうぬいぐるみを完成させた。熊さんのぬいぐるみよ。ぬいぐるみ作りは初めてだったけどうまく出来たわ。あたしが魂を込めて作った自信作。


 没頭してたせいで一睡もしてないけど、疲れが気にならない程の達成感があった。


「あなたはあたしの家族よ。これからよろしくね」


 あたしはぬいぐるみを抱きしめた。それだけで、あたしは幸せな気分になれた。




 あたしは興奮していた。だから自分の疲労に気づいていなかった。昼になって、あたしは仕事中に倒れた。


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