一年後
お待たせしました。
王都から来た少女編、全7話を以て「マリーン」完結になります。
どうか最後までお付き合いください。
こんにちは、マリーンです。神級スキルを失ってから一年が経ちました。
ヨハンの開拓ラッシュは少し落ち着きを見せ始めていました。街中の工事は大方やりつくされ、周囲の森も結構切り開かれました。
しかし冒険者ギルドは相変わらず騒がしいです。掲示板の前では冒険者たちが依頼表を奪い合っていますし、受付には依頼表を手にした冒険者が長蛇の列を作っていますし、受付の裏では職員たちが書類仕事と格闘しています。つまりいつも通り。
そうそう、私出世しました。依頼管理課の平職員から課長にレベルアップです。部下たちが働くのを眺めるという激務の毎日です。
あー、課長の椅子は座り心地がいいですね。
「マリーン、ギルマスが来いって」
私が積まれた書類にハンコを押し続けていると、エルーシャがやって来てそう言いました。はて、ギルマスが何の用事でしょうか。私はギルマスの執務室に足を運びました。
「第三王女がヨハンに!?」
ギルマスから話を聞かされた私は思わず大声をあげました。
「そうだ。この街に移り住むことになった」
そういうギルマスは苦虫を噛み潰したような顔をしていました。私もです。面倒ごとの予感しかしません。
「どうしてそんな人物が辺境に」
「その事なんだが、いろいろ問題を抱えていてな」
「問題とは」
「神級スキルを所持しているのだ」
私はあんぐりとしました。王族なだけでも一大事なのに、それが神級スキルを携えてやって来るのです。大事件です。一年前の暗殺騒ぎが脳裏をよぎりました。
「生い立ちが特殊でな。王が使用人との間に作った子で、幼い頃は本人も出自を知らない状態で平民街で育ったそうだ。そして神級スキルを得たことで王室に引き戻されて第三王女となった。だが使用人との子という事で冷遇されていたらしい。元々性格が激しかったそうでな、息の詰まる日々に不満が爆発した第三王女はスキルを使って暴れまわり、手が付けられなくなって辺境に流されたという訳だ」
「どこの悲劇の主人公ですかそれ」
「それを言うならお前も主人公だろう?」
「その話は止めましょうか」
ギルマスめ、なんてことを言うのでしょうか。
コホン、と咳をして私は話を戻します。
「それで私にどうしろと」
「うむ、王から第三王女の性格を何とかしろと言われた。最低限、どこかの貴族に嫁入りできる位には教育して欲しいとな」
「政略結婚の道具を育てろと」
「その通りだ。姫は学が無いそうだ。当面は家庭教師をしてもらう事になるだろうな」
嫌な仕事ですね。というか、よりによって私にそれをさせるのですか。
「不満なのは分かっているつもりだ。だがお前程の適任は他にいない。王命である以上、やりませんでは多くの者が困る」
「分かってますよ」
私はため息をつきました。まさかまた神級スキルに関わる日が来るとは。
それから一月、今日が第三王女がヨハンに到着する日です。
王女の住む屋敷は既に建設済み。全速力で建てさせました。もちろんその間他の建設は後回しです。建設関係者から文句を言われましたが、王命であることを振りかざし黙らせました。
家臣団の過半数は先んじて屋敷に入ってます。受け入れ態勢は整っていました。
そして今、王家の紋章を付けた馬車がヨハンに到着しました。
……見間違いでしょうか。馬車の数、たったの3台。王家の紋章を付けた一応豪華な馬車と、荷物を積んだ馬車、そして家臣と護衛が乗った馬車。とても王族の乗る馬車とは思えない小規模さです。なるほど、本当に冷遇されているのですね。
馬車が止まりました。豪華な方の馬車の扉が中から蹴破られます。そしてドレスを着た少女が飛び出してそのまま着地。周囲を睨み付けます。
あー、これは予想以上に荒くれた王女です。今も通行人にメンチを切っています。あ、通行人が逃げ出しました。
王女は見た目15歳くらい、赤み掛かった金髪を後ろでまとめていました。そして左腕に大きめのぬいぐるみを抱えています。
遅れて降りて来た家臣たちが慌てて王女の周囲を固めました。王女を守るというよりは、周りを王女から守っているようにも見えました。苦労してそうですね。
より一層関わりたく無くなった私ですが、意を決して声をかけました。
「お出迎えに上がりました、王女様。私、冒険者ギルドのマリーンと申します」
私は深々と頭を下げました。出来るだけ敵意を向けられないように。面倒ごとにならないよう慎重に。
そしてそのまま待機。
……。
……王女、何も言いませんね。王族に対する礼儀として、王族から言葉がかけられるまで面を伏せていなければならないのですが。
私、いつまで頭を下げていなければいけないのでしょう。
「姫様、お返事を! そうでなければこの者は頭をあげられませぬ!」
助け船を出してくれたのは家臣の一人でした。
「え!? ああ! ……ご苦労! 頭をあげていいわよ!」
家臣に促された王女は思い出したかのようにそう言いました。私はやっと頭をあげます。
王女はなんというか、礼儀作法に慣れていないように感じました。
「あたしはメアリーよ! 王女と呼ばれるのも家名付きで呼ばれるのも嫌いだから姫と呼びなさい!」
メアリー姫がビシッと指を向けてきました。何とも風変わりな姫ですね。
これがメアリー姫とのファーストコンタクトでした。どうか波風立たずに接したいと、この時の私はそう思っていました。
ですが、そんな私の願いは儚く消し飛ぶことになります。