129. エピローグ:マリーンの掴んだ幸せ
光が止み、私の目に神殿の天井が映ります。私はなぜか消えていませんでした。
不思議な感覚です。さっきまで何度も見た天井のはずなのに、どこか色鮮やかに見えました。まるでさっきまではモノクロに見えていたかのように錯覚します。
私は周囲を見回しました。世界が、美しく見えました。
石板の前ではオーブン枢機卿がうろたえていました。
「馬鹿な!? なぜだ! 移植は完璧に終わったはずだ! なぜ娘が蘇らん!?」
オーブン枢機卿は私を見て、そして驚愕しました。
「フルー! 貴様、なぜ生きている!」
「……私にも分かりません」
魔法陣は確かに発動しました。私はただの死体へと戻るはずでした。なのになぜ……。
「……!? どういうことだ! フルー、なぜスキルが無いのに生きている!」
オーブン枢機卿がそう言います。どうやら私を鑑定したようです。それによると私のスキルは予定通り無くなっているらしいです。にもかかわらずオーブン枢機卿の娘には移っていないようでした。
「馬鹿な!? なぜ状態欄に死亡と書かれていない! これではまるで……」
オーブン枢機卿はそこまで言って口をつぐみました。私のステータスの状態欄から死亡の文字が消えた? それではまるで、私が生き返ったかのようではありませんか。
「無い! スキルがどこにも! これでは娘を生き返せない!」
オーブン枢機卿が床に手を突きました。
「もう一度! もう一度娘と会いたいのだ! 笑顔が見たい! 声が聞きたい! なぜだ! なぜ私の願いが阻まれねばならん!」
オーブン枢機卿が手を握りしめます。その手は強く握りすぎて震えていました。
「死者を生き返らせるのは人の手には余る行為です」
私はオーブン枢機卿に声をかけていました。
「黙れ! 若造に何が分かる!」
「人は皆、そういう願いを抱えて生きています。あなただけではありません」
「黙れ! 黙れぇ!」
オーブン枢機卿は床に額をこすりつけました。鼻水をすする音。
オーブン枢機卿は泣いていました。
「何故! 何故貴様は生き返ったのだ! 何故貴様なのだ!」
「……私は生き返ったのですか?」
「そうだ! 鑑定でそう結果が出ている! 何故だ!」
「わかりません……」
まるで皮肉です。生き返らせたいと強く願う人の願いは叶わず、死者蘇生を認められない私が生き返るなんて。
まさか、生き返ってしまうとは。
その後、オーブン枢機卿は神殿でいつまでも泣き続けました。
「フルーさん!」
マリーンさんが駆け寄ってきました。そして抱擁。私たちは見つめ合いました。
色鮮やかな世界の中で、マリーンさんはひときわ輝いて見えました。マリーンさんの目が潤んでいます。頬はわずかに赤く染まっていました。息遣いが聞こえるほどの距離。
愛おしいと、私は思いました。
「マリーンさん、改めて言います。あなたが好きです」
「私も、フルーさんが好きです」
私たちは再度、深く抱きしめ合いました。マリーンさんの体温が伝わってきます。そして私自身の体温も。温かい……。私は生を実感していました。
私たちの恋はこうして実を結んだのでした。
皆さんどうも、初恋が実ったマリーンです。
私は転移魔法陣を使い、ヨハンの教会へと戻ってきました。無事返してくれる辺りクルツさんは真面目ですよね。数時間ぶりのヨハンです。
「あっ! 出て来たぞ!」
教会を出ると、外で群衆が待っていました。一斉に私に駆け寄ってきます。
「あなたがマリーンさんですね? わたくし、伯爵家たるブランド家の者で……」
「マリーン様、わが当主ワンダー様があなたと婚姻したいと!」
「ええい! 抜け駆けするな貴様ら! 爵位ならローン公爵家が一番上なのだぞ!」
それは神級スキルを狙った貴族の使いの人たちでした。
「おお、マリーン。最悪なタイミングで来てしまったな」
「マリーン! 助けてー!」
群衆の中にギルマスとエルーシャが居ました。必死に群衆を整理しようとして揉みくちゃにされています。
「ギルマス、この人たちは一体何ですか」
「あなたに手紙を無視された貴族の使いが一斉に押し寄せて来たのです」
「うわっ!?」
突如背後から声が聞こえ、私は振り返りました。いつの間にか背後に忍び寄っていたニーモさんと目が合います。なんというか、目がめっちゃ怒ってました。
「……ニーモさん、ただいま帰りました。約束通りヨハンに帰ってきましたよ?」
「それだけですか?」
「ご心配ご迷惑、おかけしました……」
「今度食事奢ってください。それまで許しません」
ニーモさんの声には有無を言わせぬ圧がこもっていました。
「はい……」
「ええいお前ら! 落ち着け!」
群衆の中からギルマスの声が聞こえました。群れに飲み込まれてしまった模様。
こうなったのも私が原因ですし、私がケリを付けないといけませんね。
「皆さん、注目!」
私は道端のベンチの上に立ちました。皆が私を見上げます。
「鑑定スキルを持っている人、私を鑑定してみてください! どんなスキルを持っていますか」
「……あれ!? 持ってない! 持ってないぞ!?」
「なんだと!? どういうことだ!」
「デマだったのか?」
群衆に動揺が広がりました。彼らの狙いは神級スキル。今やそれを持っていない私に、彼らは果たして価値を見い出すのでしょうか。
価値があるはずありませんよね。
「帰るか……」
「くそっ、任務失敗だ」
「当主様になんて報告すれば……」
群衆が帰り始めました。
「よかったら知り合いの貴族にも広めてくださーい。また押し寄せられるのは困るので!」
群衆にそうお願いして私はベンチを下りました。これでもう暗殺者に狙われる事も無くなるでしょう。
後に残ったのはギルマスとエルーシャ、ニーモさん、クルツさん、そして……
「フルーさん、紹介しますね。この人はジェームズさん。私の職場のギルマスです。こちらはエルーシャでこちらはニーモさん。二人は同じ職場で働く私の友人です」
そう。フルーさんも私と一緒にヨハンに帰って来ました。一度はこの国を追われたフルーさんですが、この国では死亡扱いになっている事、教国で新しい身分を得た事、そして生き返った事でヨハンに戻る事が出来るようになったのです。
法的には、ここに居るフルーさんはアンデッドのフルーさんとは別人です。フルーさんはギルマスとエルーシャ、そしてニーモさんに挨拶しました。
「お三方とも初めまして。マリーンさんの……お付き合いの相手のフルーと申します」
「え……? ええええええええええええぇぇぇぇぇ!!!?」
エルーシャの驚愕がヨハンに響き渡りました。
数か月後。
「おはようございます、マリーンさん」
「ああフルーさん。おはようございます。ちょうど朝食ができたところですよ」
寝起きのフルーさんが机に座ります。私は二人分の朝食を机に並べました。料理は意外と「料理」スキルを持っているエルーシャに習って、最近やっとまともに作れるようになりました。
二人で朝食をいただきます。
「フルーさん眠そうですね? 遅くまで作業してたんですか?」
「はい、お店が繁盛したおかげでアクセサリの品ぞろえが少なくなってしまったので」
「なるほど。じゃあ今夜手伝いますね」
「ありがとうございます」
朝食を終えれば私はギルドに、フルーさんは自分の店に出勤します。新生活もやっと落ち着き始めたところです。
「あ、マリーンおはよう! 大変なんだ!」
ギルドに出勤するとエルーシャが声をかけてきました。なんでも商業ギルドに卸した素材にクレームが来たらしいです。これは謝罪に行かないと先方の機嫌が収まらない奴ですね。菓子折を買いに行かないと。
「せんぱーい。おはようございまーす」
受付嬢のレイが出勤してきました。またもや遅刻です。こいつ、いつになったら反省するのでしょう。給料ダウンを経理部に掛け合ってやりましょうか。
「おはようございます」
いつの間にか背後にニーモさんが居ました。
「マリーンさん、捜査です。ドラゴンの卵を違法に売買するという情報が……」
今日もギルドは大忙しです。ですが、こんな日々が続けばいいと私は思いました。だって、私は幸せを手に入れたのですから。
昼になったらエルーシャとニーモさんとまた食事をしましょう。毎回勝手について来るレイもおまけで一緒に。
夜になったら家に帰りましょう。家族となったフルーさんが待つ家に。
そんなありふれたささやかな幸せに、私は満足しています。
開拓都市ヨハンは今日も活気に満ちています。開拓計画により好景気ですが、まだまだ人が足りない状態です。移住、出稼ぎ大歓迎!
もしよければあなたもヨハンに来てみませんか? もしかしたら、あなたにも素敵な出会いがあるかもしれませんよ?
これでフルー編は終了です。
無事ハッピーエンドを迎えさせる事ができました。感無量です。
そして、これで「マリーン」本編も完結です。
後1章、最後におまけというか、補章を書きます。
よろしければお付き合い下さい。