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123. 赦されざる行為

 私はフルーさんを助けたかったのです。生きていて欲しいと思ったのです。たとえそれが偽りの生であっても。


 ですが私はフルーさんに突き放されてしまいました。もう会うこともないと言われてしまいました。残ったのは悲しさと喪失感、そして未練でした。


「いけないだろう、フルー君。君のために駆けつけてくれたというのに泣かしてしまうとは」


 そこに割り込んできたのは祭服の男。私は涙をぬぐい男を見据えます。


「あなたがオーブン枢機卿でしょうか」

「その通り。マリーン君、君を歓迎しよう。……やれ」


 オーブン枢機卿が指示を出すと、騎士たちがフルーさんを拘束しました。そして祭壇に備え付けられた台の上に寝かせ、手足を枷で固定します。


 騎士たちは私達にも迫ってきました。私は取り囲まれ、クルツさんは組み伏せられます。私は鉈を抜き騎士たちと対峙しました。


「何をするのですか!」


 フルーさんが叫びます


「フルー君。マリーン君を帰らせるわけにはいかない。なにしろ本命は彼女なのだから」

「どういうことですか!? 私が協力すればマリーンさんには手を出さない約束のはずだ!」


 フルーさんのその言葉に私は目を見開きました。そして理解します。フルーさんは私を守るためにオーブン枢機卿に従っていたのです。


 フルーさんが私を拒絶したのは、私を巻き込まないため。私を冷たく突き放したその言葉の裏には、フルーさんの暖かさが隠れていました。本当にフルーさんに嫌われたわけではなかったのです。


 そのことが分かっただけで、私はまた前に踏み出せると思えました。


「そんなの嘘に決まっているだろう」

「なっ!?」

「フルー君、君は人質なのだよ。君のスキルがもたらすのは偽の命に過ぎない。それなら命を与えるスキルを本命にするのは当然だろう?」


 オーブン枢機卿が祭壇のそばに立ちました。そして台の上の石板に手をかざすと、フルーさんを見下ろすように空中に魔法陣が浮かび上がります。


「あの魔法陣は!」


 クルツさんが声をあげました。


「知っているのですか」

「あれはスキルを他人に移植する魔法陣です!」

「スキルを移植!?」

「そうです! 詳しくは省きますが、魔法陣からの光を受けるとフルーさんはスキルを失います!」


 まずいです。フルーさんがスキルを失うという事は、動かない唯の死体となるという事。完全に死んでしまう事を意味します。やっと会えたのに、もう話をする事もできなくなってしまいます。


「マリーン君、フルー君の命が惜しくば私に従ってもらおう」


 オーブン枢機卿が私にそう言いました。


「私にどうしろと」


 私はオーブン枢機卿にそう聞きました。フルーさんの真意が分かった以上、見捨てるという選択肢はありません。


 絶対にフルーさんを助けます。そのためにも今はまだオーブン枢機卿に逆らえませんでした。


「まずは武器を捨てろ」


 オーブン枢機卿が命令してきます。私は鉈とスリングショットを床に落としました。騎士がそれを蹴飛ばして私から遠ざけます。そして私を拘束しました。


「ここに来い」


 逆らわずに歩きます。私は祭壇に備えられた棺の前に連れてこられました。


「中を見てみろ」


 オーブン枢機卿がそう言うと騎士の手によって棺の蓋が開かれます。中を見ると一人の少女が横たわっていました。


「これは……」


 鑑定メガネに少女のステータスが表示されました。状態の欄には死亡の文字。


「私の娘だ。もうじき10歳を迎えるはずだった」


 オーブン枢機卿は少女を愛おしそうに見ていました。


 フルーさんのスキルを移植する魔法陣、そして私のスキルが本命というオーブン枢機卿の言葉、そして少女の死体。そこから導き出されるオーブン枢機卿の目的はただ一つでした。


「生き返らせろ。お前ならできるはずだ」


 オーブン枢機卿は私にそう要求したのでした。





 どうして私がフルーさんに未練を持ってしまうのか。その理由がこれでした。


 私のスキルは命なきものに命を与えるのです。その対象は無機物だけではありません。


 そう、たとえそれが死体であっても、このスキルは効果を発揮すると思われます。


 その可能性が、フルーさんを生き返らせられるという可能性が私に未練を残しました。


 甘美な誘惑でした。一度思い至ってしまえば最後、脳裏から決して離れませんでした。たとえそれが人の行いから外れる行為と分かっていても。


 私が踏みとどまっていられたのは機会がなかったから。そしてスキルによる命や心を本物と認めていなかったからでした。



 なぜ死者を敬うのか。それは命に価値があるからです。命が尊いからこそ、それを全うした者を汚す行為は忌避されるのです。


 なぜ死を覆すことは出来ないのか。それは死者が人の手の届かない所、つまり神の元に召されるから。逆に言えば、人がどうこうしてよい事ではないのです。


 死者を蘇らせるのは赦されない行為でした。



「生き返らせるのだ! 代わりにフルー君のスキルで妥協しても良いのだぞ!」


 オーブン枢機卿が石板にかざす手に力を入れます。魔法陣に流れる魔力が増しました。今にも起動しそうです。



 一人生き返らせてしまえば、それが二人になっても大して変わらないのでは。


 そんな誘惑が私を襲いました。



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