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122. あなたのために

「フルーさん! 無事ですか!?」

「帰ってください!」


 私の呼びかけにフルーさんがそう返してきました。なぜそんな事を言うのか分からず私はうろたえます。


「何を言っているのですか!? 私はフルーさんを助けに!」

「誰がそんな事を頼んだのですか? あなたには関係の無い事だ」


 それはフルーさんからの拒絶の言葉でした。


「どうして事情を知ったのかは知りませんが、私は私の意志でここに居ます。口出しされる筋合いはありません。邪魔しないでください」

「どうして……」


 私は理解できませんでした。人質のフルーさんがどうしてオーブン枢機卿に従っているのかを。


「いい機会なのでついでに言わせてもらいますが、もう手紙のやり取りも止めましょう。いい加減うんざりです。恩人だからと言ってその後も関わってこようとするのは止めてください」


 私は、フルーさんに拒絶された事を受け入れられませんでした。目の前が真っ暗になります。力が抜けた私は床に膝をつきました。


 気が付くと目に涙が溜まっていました。


「帰ってください。ここでお別れです。もう会う事もありません」


 フルーさんが容赦なく私を突き放します。私はもう涙を止められませんでした。



 なぜ私は泣いているのでしょう。


 いえ、本当は分かってます。


 ニーモさんに尋ねられて、私は自分の気持ちに気づきました。


 私は、フルーさんに恋をしていたのです。


 きっと、初めて会った時から。



 あーあ、失恋です。初恋の結果がこれでは涙も出るというものです。


 でも、よくよく考えるとこれで良かったんじゃないですか? だってフルーさんはすでに死んでるんですから。死者に恋したところで虚しいだけじゃないですか。


 第一、私は今のフルーさんを心から好きにはなれません。だって生命の尊厳を認められないですもの。スキルによる命や心はしょせん紛い物なのです。だからこそ私は命を与えた魔石に自爆特攻させられるのです。スキルによる命を認めれば、私は命を粗末に扱う極悪人になってしまいます。


 そうですよ。これで良かったんです。これだけ突き放されれば未練も残らないというものです。






 ……嘘です。未練たらたらです。簡単に諦められません。私はやっぱりフルーさんが好きでした。だからこそ、フルーさんに拒絶されたことがとても悲しいのです。


 私は失意のどん底に突き落とされていました。







 【フルー LV9】、それが私のスキル。持ち主の死後、持ち主に変わり体を動かすスキルです。このスキルの凄い所は持ち主の人格を再現して生きているかのように振る舞う所。今の私は生前の私のコピーです。


 アンデッド系の魔物とみなされた私はマリーンさんに助けられ、ウォッチ教国に亡命しました。ウォッチ教国は私を受け入れ、今では平穏な暮らしを送れています。


 ウォッチ教国に来てから、私は亡命前と同じように雑貨屋を営みました。当初は国風の違いに戸惑ったものの、今ではそこそこ繁盛し順調に経営できています。


 ですがふと思うのです。私は何のために暮らしているのか、と。生きているわけでもなく、ただスキルに再現された人格に従い動いているだけ。この疑問すらも、生前の私ならそう考えるから考えているにすぎないのです。今の私に心というものは存在していません。


 そんな私にも楽しみがありました。マリーンさんとの文通です。初めは助けてくれた事へのお礼を伝えるために手紙を書いただけでした。ですがマリーンさんとやり取りしているうちに、それが私の心の支えとなっていたのです。


 そして、同時に申し訳ないとも思っていました。心の無い相手との文通をマリーンさんはしているのです。子供がぬいぐるみに話しかけているのと大して変わりません。


 いい加減そんな虚しい事をマリーンさんにさせてはいけないと思いつつも、私は今まで文通を続けてしまいました。それだけ私はマリーンさんとのやり取りを心地よく感じていたのです。


 最後に手紙を送ったのはひと月ほど前。そろそろマリーンさんに届くといった頃です。オーブン枢機卿が訪ねてきたのはそんな時でした。



「私のスキルが欲しい?」


 オーブン枢機卿の話を聞いた私はついそう聞き返しました。


「そうだ。君のスキルを摘出したい。どうしても必要なのだ」

「摘出? どういう意味ですか?」

「そのままの意味だ。取り出して他人に移植する。そして君はスキルを失う」


 スキルを他人に移すなど聞いたことがありません。それにたとえ出来るのだとしても、私にとっては受け入れがたい頼みです。


「お断りします。そんな事をしては私が死んでしまう」

「もう死んでいるのにか?」

「言葉の綾です。そもそも何が目的なのですか!」


 私はオーブン枢機卿の揶揄につい口を荒げました。オーブン枢機卿が口を開きます。


「……事だ」

「なっ!?」


 私は息をのみました。オーブン枢機卿が口にしたのは、神が定めた摂理に反する願いだったからです。


「お断りします。それは生命への冒涜だ。命の価値を貶める行為です」


 私が言えた事ではありません。ですが私は第二の私が生まれる事を許せませんでした。


「いいや、フルー君。君は私に協力する。協力せざるを得ないのだよ」

「何を言っているのですか?」

「君が協力しないのであれば他の協力者が必要だ。私の目的を叶えられるスキルを持った者の協力が」

「そんなスキルあるはずがないでしょう」


 私は首を横に振りました。そんなスキルを人が持ち得るはずがありません。そんなことができるのは神くらいの物でしょう。


「居るのだよ。神の力を持つ者が。命無き物に命を吹き込むスキルを持つ者が」

「まさか……」

「君もよく知っているだろう? ロード王国に住むマリーンという小娘だ」


 そして私はオーブン枢機卿から聞かされました。マリーンさんのスキルの正体を。そして今マリーンさんを巡って、ロード王国水面下で貴族同士の争いが起こっているという事を。


「神級スキルの事が知れ渡ってしまった以上、小娘を国外に連れ出すのはまっとうな方法では不可能だ。この国に連れてくるとなるともはや攫って来るしかない」


 私は理解しました。これは頼みではなく脅し。私が断ればマリーンさんを誘拐するとオーブン枢機卿は言っているのです。


 そんな事認められません。マリーンさんの人生を大きく狂わせてしまいます。ですが私はただの市民。オーブン枢機卿を止めるだけの力はありません。


 マリーンさんを守る方法は一つしかありませんでした。


 私が完全な死を迎えるだけでマリーンさんを守れると考えれば、割には合っているでしょう。死者よりも生者の方が尊ばれるべきなのです。


 私はオーブン枢機卿に従う事に決めました。




 それなのに



「フルーさん!」


 今からスキルの移植を行うという所で、マリーンさんが神殿に来たのです。


「なんで……」


 私はそう漏らしました。どうしてここに来たのかと、事情は知っているのかと私の中に疑問が渦巻きます。


「フルーさん! 無事ですか!?」


 マリーンさんが私に呼びかけます。私を助けに来たのでしょうか? 私はまた会えたことが嬉しくて、しかし受け入れられませんでした。


 どうして私なんかを助けに来てしまったのですか。巻き込みたくなかったのに、巻き込まないためにオーブン枢機卿に従う事にしたというのに。


 だから私は、


「帰ってください!」


 マリーンさんを拒絶しました。


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