121. ウォッチ教国へ
私は教会の隠し部屋に案内されていました。薄暗い小部屋、そこに設置してある転移魔法陣を前に私は躊躇します。
「どうしたのですか?」
先に魔法陣の上に立ったクルツさんが怪訝そうに目を向けてきました。私は生唾を飲み込み確認します。
「これ、間違って岩の中とかに転移しないですよね」
私は未知の技術を前に臆していました。嫌な想像ばかり思い浮かんできます。信頼性テストとかはきちんとクリアしているのでしょうか。
「しません。安全です」
クルツさんがそう断言しますが私の不安は尽きません。
「本物の私が消滅して向こう側にコピーが生み出されるなんて事は……」
もしそうなら、それは本当に私なのでしょうか。
「そんな事にはなりません。空間をつなげて物体そのものを移動させます。大丈夫ですから魔法陣に乗ってください」
クルツさんが呆れたようにこちらを見てきます。そんな目をしても怖いものは怖いんです。
魔法陣には幾何学的な模様が刻まれており怪しげな光を放っています。私は再度唾を飲み込みました。
えーい、ままよ!
私は意を決して魔法陣に飛び乗りました。途端に魔法陣の光が強まります。私はつい目を閉じました。
何も起こりません。揺れも無く音も無く、私は飛び乗ったままの姿勢で立っていました。恐る恐る目を開けてみます。
眩しいと、最初に私は感じました。次いで周囲の景色が変わっていることに気づき、私は周囲を見回します。大理石の床に壁、そして柱。明るい空間。
そこは先ほどまで居たヨハンの教会の隠し部屋ではありませんでした。別の神殿の中に私は立っていたのです。
「ウォッチ教国へようこそ。マリーンさん」
クルツさんが私にそう言いました。
教国の街並みを端的に表すとしたら、とにかく教会が多いの一言に尽きるでしょう。先ほどから100mに一つは教会が立っています。そんな街の中を私とクルツさんは歩いていました。
さらによく見ると、教会以外にも特徴的な建物が立っていました。継ぎ目のない石材で作られているのです。レンガを積んで建てたのではありません。たしかコンクリートとかいう建材だったはず。最新の建築手法です。
街並みで言えばもう一つ。なんと十数メートルおきに街灯が立っているのです。ヨハン属するロード王国の王都でもこんなに立っていません。せいぜい数十メートルおきです。街並みだけでも教国が豊かな国であることが察せられました。
それだけで終わりません。ロード王国との決定的な違いがありました。人間以外の種族が当たり前のように歩いているのです。パッと見ただけでも獣人にエルフにドワーフ、さらには魔人らしき姿も見えます。いろんな人種が入り混じってこの街は賑わっていました。人間至上主義のロード王国では考えられない光景です。
「珍しいですか?」
キョロキョロしていた私にクルツさんが尋ねてきます。
「ええ、王国ではまず見ないので」
私は素直に答えました。
「他種族を排斥する国はまだまだ多いのが現状です。この国ではそんな他種族と積極的に対話をし、今では共存に至っています。フルーさんの亡命を受け入れたのと同じ様に、他の国で差別された他種族の方を受け入れているのですよ」
話し合えば分かるというのは理想です。しかし現実は甘くありません。教国はその理想を夢物語で終わらせなかったのです。そして今こうして繁栄している。
私はロード王国の偏狭さを突きつけられたように感じました。私個人が悪いわけではないのになんだか後ろめたい気分になります。
いや、私は悪くありません。社会です。社会が悪いのです。
「ところで、今私たちはオーブン枢機卿の元に向かっているのですよね」
私は話題を変えました。重要なのは私たちの目的。つまりフルーさんの救出です。
「そうです。オーブン枢機卿によるとこの先のペルシア神殿で待っているそうです」
「オーブン枢機卿に従うふりをしてフルーさんの居場所を突き止め救出、その後クルツさんが国に訴え出てオーブン枢機卿の罪を追求する、でいいのですよね」
「はい。先に人質を救出します。何か気になる事でもありますか?」
気になるというか、違和感を感じます。
「オーブン枢機卿の手の者が姿を見せません。てっきり転移の直後に私兵にでも包囲されると思ってました」
オーブン枢機卿が私たちに自由を与える理由が分かりません。私たちが転移するのを待ち構えておいて即拘束した方が確実です。
「それは、確かにそうですね」
「そもそもクルツさんに自分の居場所を伝えたのが変です。私たちが指示を無視して憲兵に通報する可能性を考えなかったのでしょうか」
「確かに……」
「どうにも手口がお粗末なんですよね」
私は周囲を見回しました。特に監視されていたり尾行されているようには感じません。それがさらに私を警戒させました。
ですが警戒もむなしく、私達は何事もなくペルシア神殿に到着しました。なんだか拍子抜けです。
私はペルシア神殿の壁を見上げました。白い外壁は神聖そうなオーラを醸し出しています。
「それでは入りますよ?」
扉の前でクルツさんが振り向きました。
「はい、行きましょう」
私とクルツさんは扉を押し開きます。扉が大きな音を立てて開くと中に祭壇が見えました。そしてその周りには人影。
豪華な祭服を着た男性と、煌びやかな鎧を纏った騎士が数名。
そして祭服の男の隣には見知った顔がありました。驚いた顔でこちらを見ています。
こうして会うのは何ヵ月ぶりでしょうか。無事な姿を見た私は思わず名前を呼びました。
「フルーさん!」
これが私とフルーさんの、再会の瞬間でした。