117. 王権神授説
本編最終章、フルー編始まります。
全13話です。
マリーンには幸せになってもらいます。
皆さんこんにちは。マリーンです。
異世界人との戦いから半月、戦いの後のごたごたも落ち着きいつもの毎日が戻っていました。ギルドは今日も大忙しです。
忘れられがちですが、私の配属は依頼管理課。依頼の受理、発行、記録が主な業務です。決して現場で指揮を執るような業務ではありません。そればっかやらされて来ましたけど。
ヨハンは常に人材不足。自然、一人当たりの仕事量が多くなります。それでも人である以上は休憩が必要ですし食事もします。昼休憩は私たち職員にとって貴重な休み時間です。
「お待たせしました。すいません、仕事が多くて」
私は街中の定食屋にやってきました。そこには既に待ち合わせていた相手が座っています。
「いえ、それほど待ってません」
そう返事をするのが待ち合わせの相手、ニーモさんです。私とニーモさんはここ最近毎日のように一緒に食事をしていました。
「今日は鳥の定食がおすすめらしいですよ」
「ニーモさんはそれを頼むのですか?」
「はい」
「じゃあ私もそれにします」
そうして私はニーモさんと食事をしつつ、なんてことない話を楽しみました。
食事を終えてギルドに戻る時、知らない男性が声を掛けてきました。どこかの貴族の使いでしょうか、こぎれいな服をぴっちりと着こなした人物です。面倒だったので気付かないふりをして素通りしました。声を大きくして追いかけてきますが無視。ギルドに逃げ込みます。
外の様子を窺ってみると、男性は諦めたのか去っていきました。とりあえず一安心ですが、このところ毎日こんな事が続いていました。
いつまでこんな生活を続けないといけないのでしょうか。
「背後関係を調べてきます」
ニーモさんがそう言って姿を消しました。先ほどの男性を追跡しに行ったのでしょう。ご苦労様です。
「せんぱーい、またストーカーに付きまとわれたんですか?」
そこに新人受付嬢のレイが声をかけてきました。
「ええ、まあ」
「エルーシャ先輩が寂しがってましたよ? 最近あんまり話せてないって。早く何とかしてあげて下さいね?」
レイは自分が言いたい事だけ言うと受け付け業務に戻っていきました。相変わらず生意気な後輩です。
さて、一体何がどうなっているのか説明しないといけないでしょう。それは簡単に言えば神級スキルの奪い合いでした。
事の始まりは10日前。王都のとある貴族から私宛に手紙が届きました。曰く、私を側室として迎え入れるから準備をしておけとのこと。何様でしょうか。貴族様です。
どうやら異世界人の一件で私のスキルの事が知られてしまったらしく、その後私は複数の貴族から接触を受けました。
神級スキルの価値はその力だけではありません。この国を興した初代の王は神級スキルを持っていたと言われています。他の国も似たようなものです。王権神授説の由来ですね。つまり神級スキルを持つという事はそれだけで権威であり政治的な価値を持つのです。
さらに、人がどんなスキルを修得できるかの素養は親に多少影響を受けます。貴族の血が尊いとされるのは、強力なスキルを持つ人物の血を何世代も取り込んで来たから。ですので貴族の家系は強力なスキルを得る者が多いのです。貴族にとって私はこの上ない母体に見えるのでしょう。
私はギルマスにこの事を報告し保護を願い出ました。私は平民。貴族の命令には逆らえません。例外は、他の貴族が後ろ盾についている場合です。私には自由を保障してくれる存在が必要でした。
ギルマスは私の願いを聞き入れ即座に対処してくれました。ギルマスは貴族の家系。そしてヨハンの他の貴族ともパイプを持っています。そしてギルマスの働きかけにより、領主を筆頭にヨハンの貴族合同で私の保護体制が構築されました。
ギルマス曰く、
「平民は貴族の財産である以上、ヨハン市民のお前を守るのは当然だ。ましてそれが神級スキル所持者なら尚の事だ」
だそうです。街の共有財産扱いされる私……。
とにもかくにも、こうして私は他所の貴族に命令されて側室に召し上げられる心配が無くなったのでした。
ですが事はそれで終わりませんでした。命令がだめなら任意で、と私に恋文なり使者なりを送ってくるようになったのです。やれ家柄だの、やれ贅沢な暮らしだの、そんな餌をチラつかせて私にアプローチをかけてくるのです。
迷惑です。迷惑ですが、それだけならまだその程度で済みました。
事態が重くなったのは5日前。私に暗殺者が仕向けられました。
私が仕事を終え家に帰っている途中の事でした。人気のない道に差し掛かった所で突如襲撃を受けました。幸い、敵の実力はAランク冒険者程度だったので苦もなく倒せました。
しかし、襲われたこと自体が問題です。首謀者が誰かは分かりませんでしたが、暗殺に失敗したとなればさらなる刺客を仕向けてくるでしょう。私には護衛が付けられました。
ギルマスから護衛を紹介されてびっくり。なんとその護衛はニーモさんでした。彼女がギルド直属の暗殺者だという事を私はこの時初めて知りました。
ニーモさんの助言から、私はエルーシャと距離を置くことにしました。仲の良い人を人質に狙われる可能性があったからです。私はエルーシャにその事を説明し、それ以降はニーモさんに友人役として振る舞ってもらっていました。
というのが今日までの流れです。私はもちろん、ニーモさんを人質に狙った襲撃も何度かありました。どうも複数の首謀者が別々に暗殺者を放っているらしいです。政敵の手に落ちる前に排除するという考えなのでしょう。ああ、私の夢見る平穏ライフが遠のいていく……。
私を守るヨハンの貴族と手に入れたい外の貴族。今ヨハンでは神級スキルを巡って水面下での争いが繰り広げられているのでした。
「マリーンさん、手紙でーす」
ギルドで仕事をしていると、私宛てに手紙が届けられました。私は配達員さんから手紙を受け取り机に戻ります。
届けられた手紙は計5通。華美な封書です。私はそれだけで貴族からの手紙だと察しました。だって毎日届くんですもの。いい加減うんざりです。
もちろん読みません。いつもニーモさんに渡しています。どこの誰が私を狙っているのかを把握するのもニーモさんの仕事だからです。
「おや」
届いた封書の中に一つ、シンプルなデザインの物が紛れていました。貴族からではなさそうです。蝋印を確認すると教会からでした。
私は即座に封を切り中を確認しました。そこに入っていたのはフルーさんからの手紙。辟易していた私はテンションが跳ね上がります。
フルーさん、死んでいるにもかかわらずスキル【フルー】の効果で生きているかのように振る舞っている人物です。アンデッドと勘違いされウォッチ教国に亡命した後もこうして手紙を送りあっている関係でした。
出した手紙が届くまで1ヶ月ほど。それほど離れた所にフルーさんは行ってしまいました。
へえ、向こうで開いた雑貨屋繁盛したんですね。フルーさんセンス良いですからね、納得です。ほう、教国ではエルフや獣人も生活してるんですか。え、店にお得意さんの女性客が? むう……。おお、向こうにも手芸コンテストがあったのですか。優勝? さすがですフルーさん!
「うわっ!? 先輩がニヤニヤしてる! キモっ!」
後輩のレイが手紙を読む私を見てそんなことを言いました。こいつ後でシメてやりましょうか。
睨み付けてみたら顔を真っ青にして受付に戻っていきました。これが先輩の権威というやつでしょうか、悪くないですね。溜飲も下がったので見逃してあげましょう。上に立つ者には寛容さが必要なのです。
「エルーシャ先輩。マリーン先輩がキモイんですー」
「せいっ!」
私の手刀がレイの頭頂部に直撃しました。