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112. アキハ

 アキハがテツジを殺した。それによりアキハは計4つの不正スキルを手にした事になる。アキハにとっては歓喜すべき事だが、他の者からすれば悪夢のような事態である。


 そしてその時、悪夢の名を冠する魔王ナイトメアが危機に陥っていたのは皮肉だろう。テツジを阻止するため後を追っていたナイトメアはスキル結界に深く入っていたのである。


 引き返す時間はない。そう判断したナイトメアは死を覚悟し、最期の足掻きとばかりにアキハに攻撃を仕掛けた。


 直後ナイトメアを襲ったのは万物吸収。スキル結界との組み合わせにより、結界内の物はいつでも万物吸収により吸収可能となったのである。


「実幻覚、不滅!」


 ナイトメアが実幻覚を発動した。対象はアキハではなく自分自身。自分が不滅だという自己欺瞞を現実のものとする事によりどんなダメージも無効化する、ナイトメアの切り札である。


 そしてその切り札は、万物吸収の効果をわずかに遅らせることに成功した。


「はあっ!」


 ナイトメアが突きを放つ。テツジに対しても有効であった万物吸収の発動をすり抜ける攻撃は、アキハに当たると同時に吸収されてしまった。


「うわ、殴ってきた!? こわっ!」

『万物吸収の防御判定の抜け穴を狙ってきたか。私が手動で吸収しなければ殴られていたな』


 ナイトメアの右腕は消滅していた。結界越しの吸収には一時的に耐えた不滅化だったが、直接触れられての吸収は無効化できなかったのだ。


 それをきっかけに実幻覚の効果が失われる。自己欺瞞がとけたのだ。


 ナイトメアは全身を吸収され、髪の毛一本残ることなく消滅したのであった。






「レプリカ!? なんで殺したのよ!」


 敵の女の人が目の前で消滅するのを見た私は、それを行ったレプリカを思わず責めた。


 殺すのは日本人だけ、それが私が今まで守ってきたルールだ。そしてそのルールは当然レプリカにも言ってある。


『あれは今まで倒してきた現地人とは訳が違う。どんな奥の手を隠し持っているか分からん以上殺さないのは危険だ』

「それはそうだけど……」


 私はレプリカの返答に言い返そうとして、でも言い淀んだ。レプリカの言っていることは間違ってはいない。私は心の中でそれを認めてしまっていた。


『ここまで来て失敗したくは無いだろう? ならば最善を尽くせ』

「でも」

『お前の目的はなんだ?』


 レプリカが問い質して来る。私は、同じ日本人を殺してまで叶えたい願いを口にする。


「日本に……家族の元に帰る事よ」




 私のお父さんは私が幼い頃に事故で死んでしまった。小さかったからよく覚えていないけどトラックの運転手をしていたらしい。そして仕事中に交通事故にあったとお母さんから聞いた。


 お母さんは私と弟を育てるためにずっと働いていた。それだけでも忙しかっただろうに、私たちの世話も欠かさずしてくれた。


 子供を育てるのには結構なお金が必要だ。服はすぐ小さくなるし、学校にはお金がかかる。


 もともと裕福じゃなかった私の家は大した貯金もなかったし、父さんの残してくれた保険金も心許なかった。


 私がお母さんの手伝いをするようになったのは自然な事だった。私は小学校を卒業する頃には、一人で家事をこなすほどになっていた。


 そして中学からは新聞配達を始めた。少しでも家計の足しにするために中学卒業までの3年間、毎朝欠かさず配達した。


 中卒では出来るバイトが限られていたし給料も低かった。だから私は必死で勉強した。返済不要の奨学金を貰える事が決まった時は家族で泣きながら抱き合ったほどだ。私は高校生になった。


 高校に通いながら私はいくつもバイトを掛け持ちした。毎日シフトが入っていた。そしてバイトから帰ると勉強。奨学金制度の対象で居続けるためにはトップの成績を維持する必要があった。


 毎日大変だった。でも私は幸せだった。


 高校を卒業したらできるだけ給料がいいとこに就職して、お母さんを楽させてあげようと、そう思っていた。



 そう思っていた矢先、私はこの世界に転移していた。マジありえない。



 全くの未知の世界で、日本の常識が通用しないこの世界で私が生き残れたのはレプリカのおかげだった。


 レプリカがこの世界の知識を持っていたのは幸運だった。そして私が日本に戻るための手伝いをしてくれた。


 転移した直後はほんとに危なかった。私は草原で危うくウサギに角で突かれて死ぬところだった。正直この世界で一番危機に陥ったのはあの時だ。恥ずかしい事にね。


 この世界に転移した時に得た唯一の手がかりは、全ての不正スキルを集めると願いが叶うという事。不思議な事にその知識が頭に流れ込んできた。


 レプリカは他の不正スキルの情報を知っていたし、近くにいれば分かるという機能も持っていた。


 転移してから一月くらいしたころかな、私がこの世界の過酷さとか非情さに慣れてきたころに、私はついに日本人を見つけた。


 そしてその時初めて、日本人を殺すという事と向き合うことになった。覚悟は決めてたつもりだったけど、結局つもりでしかなくて、私は実際に殺すという段階になってようやく本当の覚悟を決める事になった。


 相手はカエデという名前の女の子だった。少し年上の男の人と一緒に冒険者をやっていて、楽しそうに笑っていた。


 そのカエデをレプリカに殺させた。夜一人になった所を、遠くから魔法で狙撃させた。一撃で終わった。



 私は吐いた。


 そりゃそうだ。命令したのは私。私が殺したんだから。


 一緒にいた男の人があの後どうしてるかは知らない。私はすぐに別の街に逃げた。


 私は罪を犯して、代わりに[スキル結界]を手に入れた。自分のステータスを見るたびに不正スキルの数が自分の罪深さを表していると感じるようになった。



 そして私は今4つの不正スキルを手にした。残りは一つだけ。



 ここまで来て失敗なんてできない。私が言うのは絶対間違ってると思うけど、これまでに死んだ人の死が無駄になるのは嫌だ。……うん、こんなの口が裂けても死んだカエデに向かって言えないわ。今のは無しで。



 要するに、私はどうしようもなく悪人って事だ。それを再認識した。



『アキハ、覚悟は決まったか?』


 レプリカがそう聞いて来た。私は今度は言い淀まずに答える。


「決まったわ。日本人も異世界人も関係ない。邪魔する奴は全員殺して」

『了解した。必ずお前を勝ち残らせて見せよう』



 私は前を向いて、悪の道へと踏み出した。


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