109. 役者は出揃う
「あーもう! うっとおしい!」
『苛立つなアキハ。私の方が忙しいんだ』
私の苛立ちにレプリカがしなくてもいい返答をする。私は自分を取り囲む魔物の群れにうんざりしていた。
私の不正スキルは[スキル結界]と[補助人格]。魔法を同時かつ精密に使えるのが強みだけど、威力と持久力はそこそこ止まり。だから一対多に対応できるけど、対応し続けるのは難しかったりする。MPが無くなるから。
森からは魔物が次から次へと押し寄せてくる。私に向かって。なんなん? 私何か悪いことした? してるけど何か?
「レプリカ! 残りMPは?」
『5割を切ったところだ。先に[万物吸収]を狙った方が良いのではないか? 我々の能力なら有利だ』
「だったらこの魔物を早く何とかして!」
私のステータス値はそこまで高くない。多分日本人の中で一番低い。魔物に体当たりされるだけでも結構きついから、死んだ魔物を障害物にして必死に攻撃を回避する。それ以外は全部レプリカに丸投げだ。
魔物に混じって神父服が見えた。さっきからナイフ片手に斬りかかってきてはレプリカに吹き飛ばされている。あの神父、なんか防御力がめっちゃ高くて倒したと思ってもすぐに復帰して来る。最初に戦った時もレプリカの魔法を何回も耐えて、時々こっちの攻撃を反射したりもして来た。うざいけど攻撃力は大した事ないから脅威じゃない。
魔物の合間を縫って魔石が飛んできた。レプリカが魔法で撃ち落とすと爆発する。
この攻撃、神父と一緒に来た女の人が撃ってきてるらしい。弾が魔物を避けて飛んでくるし、私に十分ダメージがある威力だし、神父よりこっちの方が脅威だ。
他の異世界人はスキル結界の範囲に入ろうとしないし。そのせいで不正スキルを狙いに行けない。
ほんと、うっとおしい。
私は早く日本に帰らないといけないのに。
だってもうこっちに来て数か月だよ? そんなに無断欠勤したらバイト全部クビになってるし!
日本に帰ったら、新しいバイト探さないとなあ。
『跳べ! アキハ!』
そんなことを考えていると、レプリカが指示を出してきた。私はとっさに言われた通りにする。
私の足元から氷の杭が飛び出した。近くにいた魔物が串刺しになって凍り付いた。
『トールの攻撃だ。魔力が少し回復しているな』
レプリカからの情報に私は思わず舌打ちをした。トールの限界超越は小手先の工夫や戦術が通用しない脳筋スキル。私との相性は最悪だ。
あーもう! うっとおしい!
「おらおら! 逃げてばっかじゃつまんねえよ!」
テツジがルークを追いながらそう言った。襲ってくる魔物を無視し、ただまっすぐ走るだけで魔物を貫通しいく。
「そうだね。君を殺す決心はついたし、僕も反撃させてもらうよ」
「出来るもんならやってみやがれ!」
「じゃあ遠慮なく。アースニードル」
ルークは人差し指をくいっと上に立てた。テツジの足の甲から石の杭が飛び出してくる。足裏から刺さり貫通したのだ。
「がああああっ!?」
テツジが絶叫する。テツジにとってはこの世界で初めて受けたダメージだった。
「君のその防御は絶対じゃない。例えばその足の裏。そこから吸収をしたら、君は立つことができずに地面に穴を開けて落ちていくだろうからね」
「てめえ! やりやがったな!」
テツジが杭を折って足から引き抜いた。その足でルークへと走る。怒りで痛みを忘れているようだ。
「フラッシュ」
ルークが閃光を放った。テツジはその光をもろに見てしまい目を塞ぐ。
「光も有効だ。君は目で見て行動しているし、体が肌色で見えている。光は吸収していないことの証拠だ」
「どこだ!? どこに居やがる!」
テツジが無闇やたらに腕を振りまわす。一時的に視力を失っていた。
「グラビティ―フィールド」
ルークはさらに追い打ちをかけた。テツジに30倍の重力が押しかかる。通常なら立つ事も意識を保つ事もできない高重力である。テツジは身体強化スキルでなんとかそれに耐えていた。
「重力の影響も受けるよね。地面に立ってるし」
「これならどうだ!」
テツジが宙に浮いた。重力を吸収し無効化したのだ。だがそれはルークの想定通りである。
「風魔法以外の空気は吸収してない事も分かってる。そうじゃないと空気を吸い続けちゃうからね。だから君は重力を吸収すると、空気の浮力で浮いてしまう」
ルークの言う通り、テツジは宙に浮かび上がっていった。手足をばたつかせながら空に落ちていく。
空気は非常に軽いため通常なら大した浮力は得られない。だがルークは重力魔法を駆使することで浮力を上げ、テツジを一気に数十メートル上昇させた。
「重力の吸収を止めたければ止めるといいよ。その時君は高重力に引っ張られて猛スピードで地面に激突する。君のステータスでもミンチになる速度だ」
テツジは歯を軋ませる。地面を吸収すれば落ちても死なないが、その場合テツジは地下を落下し続けるだろう。地面に激突しなければ落下は止まらない。
テツジは詰んでいた。
その時、ようやく視力が戻りきったテツジの目に、遠くで光る何かが映った。そこから放たれた極太のビームが大気を突き破りながらテツジに直撃する。
テツジはそれを吸収することで無効化しようとした。そしてビームの持つ魔力量に目を剥く。テツジの魔力量がみるみる満タンに近づいていた。
[万物吸収]は吸収したものを魔力に変えている。その魔力はテツジの魔力となるが、ある限界が存在した。
テツジの魔力保持限界量以上は吸収できないのである。簡単に言えば、MPが最大まで回復したらそれ以上吸収できないという事だ。
だからテツジは常に魔力を放出することで魔力量の空きを維持しているが、ビームはその空き容量をどんどん食いつぶしていた。
「ぐあああああああああ!!」
空き容量はなくなっていき、テツジは光に飲み込まれた。
「なによ、あれ!?」
ビームが飛来した方向、遠くの空に人影を見つけたアキハはレプリカにそう尋ねた。限界超越の攻撃でもないのにあの威力。尋常ではない。
『確認中……あれは!?』
珍しく驚いたレプリカにアキハは顔をしかめた。そしてろくでもない知らせを聞くことになる。
『あれはこの世界の魔王が一体、竜魔王ブレスだ』
「一体何が……」
その場にいた面々の中で一番驚いたのは、テツジと戦っていたルークであった。テツジの消息が分からず周囲の気配を探る。
そして、すぐ後ろに何者かが立っていることに気づいた。危険察知スキルが警報を鳴らし、回避スキルが発動する。
とっさにしゃがんだルークの頭上を斬撃が通り過ぎた。避けなければ首が斬られていた軌道だ。
ルークは跳んで距離を取りつつ、異空間に格納していた予備の剣を取り出した。追撃してきた何者かの斬撃を剣で受ける。
その何者かは額から2本のツノを生やしていた。武器は刀。赤髪の男である。
「俺は鬼魔王オグニという者だ。訳あって異世界人には死んで貰う」
その男はルークにそう名乗った。
「今のは、竜魔王のパラドックスブレス!?」
クルツは頭上を通過したビームの正体に思い至り身震いした。竜魔王のブレスは食らった者の現在過去未来に同時にダメージを与え、同時にそれにより発生したタイムパラドックスによるしわ寄せをデバフとして対象に押し付ける。
そのブレスが放たれたという事は……。クルツはそう思い周囲を探る。そしてルークと対峙する鬼魔王を見つけた。さらに上空に悪魔王を発見する。
「魔王が集まってきている……!」
クルツはその事に勝利を見出した。これ以上心強い援軍は他にはいないと断言できる。
「あら、あなた教会の人ね?」
そんなクルツに声をかける者が居た。クルツはその姿を見て誰なのか確信する。
「あなたは……!」
「私は淫魔王ナイトメアよ。今までお疲れ様。後は私たちに任せなさい」
ナイトメアは妖艶な笑みを浮かべながらそう言ったのだった。
こうして役者は全て出揃った。
後は、脱落していくのみである。




